ファッションショー本番。
客入れに45分ほどかかるのですが、
本番15分前あたりから僕がそっと出ていってピアノを弾き始めます。
ここで弾いたのが「ラベンダーの咲く庭で」と「風と共に去りぬ」のテーマ音楽です。
どちらも映画音楽ですが、ラベンダーの方は、最後の打ち合わせのときに、
芦田先生のお宅でちらっと観せて頂いた映画でした。
芦田先生が「本当に涙なしではみれない」と痛く感動なさっていらした映画なので、その場で少し弾いてみました。
それから急遽このショーに入れようという事になりました。
本当に、素晴らしい曲です。
そんな事を思い出しながら弾いているうちに15分が経ち、
耳元でおかぴい(レイヴンジャム)さんが「そろそろお願いしま~す」とキューを出してきました。
ステージ暗転。
各国の大使など、VIPのお客様のご紹介が終わり、いよいよショーの始まり。
僕の耳元で、ラヴェル作曲、松浦さんアレンジの「道化師の朝の歌」がはじまりました。
「カカカカカカ」←クリックの音。
8分の6拍子を1小節聴いてから、軽快なリズムと共に始まりました。
一気に明るくなるステージ。
モデルさんたちも心を込めて歩き出します。
道化師の後は、リストの「愛の夢」。
そして、ショパンの「エチュード25-12」を経て、最後はベートーヴェンの「月光」。
順調に進んでいる様子でしたが、月光の終わりに差し掛かったとき、
耳元で「まだ2人いるので、伸ばしてください」と言う悪魔の声。笑
ほら、やっぱり足りない。
僕は必死で考えました。
この後、黒の衣装に変わる時、プッチーニのトスカの「星は光りぬ」という悲劇音楽が出てくる。
それに被ってはいけないし、だからといって、コンピュータは先に終わってしまうから一緒にはもうできなし。。
と、考えていても、どんどん曲は終わりに差し掛かって、遂には終わってしまいました。
あの恐怖の一瞬ときたら、普段はあまり味わうことのできない一時です。
そのパニックのとき、僕の目に飛び込んできたのは、芦田先生の姿でした。
斜め左前方に、先生の真剣な眼差しがありました。
それは、本当に凛々しくて、優しくて、
このショーを絶対に成功させるんだという意気込みがひしひしと伝わってくるものでした。
気がつくと、僕は月光をソロで弾いていました。
その先生の姿が、ベートーヴェンをかもし出したのかもしれません。
月光は8小節くらいで充分長さが足りました。
今考えても、どうしてあそこでとっさに月光をソロで弾いたのか、わかりませんが、
先生のお姿が見えなかったら、きっと詰まってしまったかもしれません。
最後のモデルさんが2人帰ってきて、再び暗転。
トスカから始まって、今度は僕のピアノソロ。
前日に言われてもってきたメンデルスゾーンの「無言歌~ベニスのゴンドラの歌」と続いて、
ショパンの「バラード1番」の抜粋、「舟歌」の抜粋、と締めます。
モデルさんたちの着る服も、どんどん夜になっていきます。
そしてショーの最大の見せ場である、ブライダルです。
花嫁さんの登場です。
明るくなっていたステージをサススポットライトにして、僕がバッハの「アヴェ・マリア」を弾きだします。
花嫁さんがゆっくりと歩いてきます。
会場から湧き上がる拍手。
花嫁さんが僕の横をゆっくり歩いて通り過ぎ、ステージのライトアップも感動的なものになります。
そこで曲をアレンジ。
アヴェ・マリアも盛り上がりを見せ、花嫁さんはステージの先端へと到着します。
帰っていく花嫁さんに合わせ、曲も段々終わりに差し掛かります。
この曲はカットのしようがないので、2分弱はかかります。
それに合わせて早すぎず、遅すぎず、花嫁さんを絶妙なタイミングで出していく。
スタッフ全員のチームワークの見せ所でした。
この時点で、僕の心は感動に包まれていました。
1ヶ月だったけど、コンサートの移動中から、寝る時間を惜しんで曲のイメージを作ったり、長さを考えたり。
芦田先生の力の入れ方を見て、僕も負けずにと意気込んできました。
全てのスタッフの皆様と作りあげたステージ。
数々の試練と感動を与えてくれた、このステージに、僕は心から感謝していました。
アヴェ・マリアが終わって、耳元でおかぴいが囁く。
「最後、どうぞ」
その言葉を合図に、ラフマニノフの「ピアノコンチェルト2番」の最後の部分を弾き始めます。
のだめでは千秋もシュトレーゼマンとのお別れのところで弾いていた感動的作品。
僕の全ての力を振り絞ったフォルテと共に、モデルさん達が全員出てきます。
リハーサルの時に覚えておいた、「モデルさんがどの位置に来たときに、どこを弾いていればぴったりか」、
という事も既に頭から消えていて、一心不乱に弾きました。
そうなんです。
考えちゃいけないんだ。
音楽は、音楽。
流れていく水のようなもの。
考えて弾こう、ぴったり合わせて弾こう、なんて欲張ったのが初めからいけなかった。
心と心で作りあげるから、音楽はハーモニーになるんじゃないか。
僕は、勇気を出して、考える事をやめました。
視覚に入ってくる全てをハーモニーにして、僕のピアノを弾き続けました。
僕より後ろにモデルさんたちが歩いていってしまえば、もう視覚からは消えてしまいます。
合わせようがない。
だからこそ、心の目でみていました。
曲の最後に差し掛かったとき、「いやだなー、もう終わってしまう」。
千秋が思ったことと本当に同じことを思いました。
そんな事を考えていると、今にも涙がこぼれそうで、複雑な気持ちでした。
そして、勢いよくラフマニノフを弾き終えると、会場の拍手。
それはそれは暖かい拍手でした。
こうなれば、もう音楽は要らない。
この拍手がハーモニーとなり、リズムとなり、メロディとなり、芦田先生を迎えてくれる。
そして、芦田先生の登場です。
その姿は、僕のピアノより、モデルさんより、美しいものでした。
皆の感動を一身に背負って、このショーのリーダーとして、
今までの苦労や努力を両手に、そこに堂々と、かつ穏やかにお立ちになられていました。
僕は、つい出演者だということを忘れ、おもいっきり両手を叩いて拍手していました。
お客様に何度もお礼をして、僕の目の前に来ると、僕を先生が両手で優しく促してくれました。
僕はその場に立ってお礼をしようと思ったのですが、先生が「こちらへいらっしゃいよ」と、
本当に優しいお声で僕に話しかけてくださいました。
先生と同じ舞台に上がるなんて、恐れ多いことだと思ったのですが、近づいていくと、
先生は眼に涙をいっぱい溜めて、僕の手を両手で覆い、「本当にありがとう」と暖かくおっしゃいました。
僕も、何かしゃべったら涙が溢れそうで、「ありがとうございました」とちゃんと言えませんでした。
こうしてショーは大盛況のうちに締められました。
本当に、色々な感動をいただけた。
日頃たまっていたストレスも、一気に発散されて、芸術家として「回復」できた気がしました。
美しいものに囲まれて、美しい人たちに囲まれて、素晴らしい一時を過ごす事ができました。
24歳の若造を、あれだけ大変なステージに起用していただけた事、
そして数々の素晴らしい方と知り合えたこと、全てに感謝しています。
芦田淳先生、奥様、それからこのショーに関わった全ての皆様。
本当にありがとうございました。
これで、また前進できそうです。
あの感動を、世界中の色々な人に感じさせてあげられる日を夢に、走っていける力を頂けました。
美と平和。
美が世界を救うと、僕は本気で思っています。