清塚信也 OFFICIAL BLOG: 2007年04月

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2007.04.30

そう、今こそ信じよう。

神童を観て、僕も救われた事がたくさんある。
ワオのように、才能や力がなくとも、奇跡を信じる事によって、生まれる力が人間にはある。
ウタのように、不幸や苦しみを耐え抜いてこそ、その先に奇跡のような幸せが待っている事がある。
本当に、たくさんの事を教えてくれる映画だ。
BBSやメールを通じて、「感動しました」「もう一度頑張ってみます」と、僕に勇気をくれた皆様、
本当にありがとうございます。
ピアニストや俳優は、夢を売る職業だと言われる事があるけれど、全然逆。
僕らが皆様から勇気と夢を与えてもらっているのです。
本当に、ありがとう。

「人間は、大いなる復讐のために生きている」

独りじゃ何もできない赤ちゃんの頃、人は皆誰かのお世話になって生きている。
騒いでも、泣き喚いても、大人は赤ちゃんのためなら我慢するし、あやしてくれさえする。
母親のみならずとも、世間の殆どの大人(あかの他人でさえ)は、赤ちゃんの事を優先にして考える。

「みんな、僕のために生きてるんだ」

当然赤ちゃんはそう思い込む。
僕はどんなワガママ言ってもいいんだ。
そう思い込む。

だけど、3~5歳くらい、悲劇は突然訪れる。
コアアイディンティティが確立されてゆくとき、急に周りは冷たくなってくる。
今まではワガママ言ってれば何でもしてくれたのに、その時をもって、急に何もやってくれなくなる。
「自立」という名の洗礼だ。
これが、まだ「裏切り」を知らない純粋な赤ちゃんには、かなりのダメージなのだ。

それは、赤ちゃんにとって、大人からの「大いなる裏切り」。
その時点で、殆どの人間には「大人への復讐心」が芽生えるという。

「よくも、僕を裏切ってくれたな」

それが、人生を生きる人間の、根本であり、誰もが持っている「トラウマ」なのだ。

・・・・。
・・・。

本当にそうなのだろうか?
確かに、理屈としては通っているかもしれないけれど、僕の中にも、そういう復讐心があるのだろうか?
ん~、ない、とも言えないかな?

そうだとしたら、人は本当に悲しい動物だ。
復讐心を原動力に動くなんて。

僕は、憎しみや苦しみ、復讐心などからは何も生まれないと思う。
宗教戦争だって、確かに、僕らが生まれる、いや、キリストが生まれる以前からもうやっていて、
今更停めることなんて出来ないっていうけれど、本当にそうかな?
どうして信じないんだろう。
奇跡をどうして起こそうとしないんだろう。
大人になればなる程、物事を初めから諦めてしまう。

憎しみ合い、恨み合い、そんなところからは何も生まれないと思う。
人はいつかは死んでしまうけれど、それは、よく生きるためだと思いたい。

満員電車の中、大混雑の都会、、、
最近、人々の瞳には生気がなくなって来てる気がする。
確かに、本当にイヤな事があったとき、苦しい事を抱えているとき、人生は辛いよね。

僕だって、子供の頃、コンテストに出されたとき、試験で試されているとき、
ただ、人々の娯楽のために走り続けなくてはいけない「競走馬」のように、自分を感じていた。
走れなくなったら、「ハイ、終わり」って捨てられるのではないかって、いつもビクビクしていた。

でも、いつだったか、やがて訪れる「死」という存在に気付いた。
「死」という限界は、誰のもとにも訪れる。
限界があるからこそ、人は美しいんだ。
終わりがあるからこそ、優しく出来るのではないか。

『バカの壁』の養老先生も、
「死はすぐそこにあるのに、誰もちゃんと見ようとしていないのが日本の現状。これは深刻な問題だ。」
と言っていた。

別に、死ぬ事を恐れて生きなきゃいけないという訳じゃないと思うけれど、
「明日事故で死んでも『あぁ、いい人生だった』『僕は幸せだった』ととっさに思えるかどうか」
それが大切じゃないだろうか。

ベートーヴェンやショパンが生きていた頃は、平均寿命がまだ60歳満たないところだった。
戦争も色々なところ、身近なところで起きていた。
だから、20~25歳も過ぎれば、人生大体半分終わったようなものである。
そんなに早く大切な人々が死んでいくのは、僕には耐えられないけれど、
でも、それだからこそ、早くから「生きる大切さ」を知っていたのかな、とも思う。

でも、どうしたって今の世の中を快適に生きていくために、「優劣」を気にしつつ人は生きてしまう。
誰が誰より上なのか、下なのか・・・。
そんなの下らないって思っている人も、どこかでこの現実に影響されているだろう。
それが現代だ。しょうがない。
時代の流れには逆らえないから。

だけど、僕の尊敬するドクターが言っていた。
「人生は、死ぬ時が勝負。どれだけお金を得ても、地位や名誉を得ても、
最後死ぬ時『幸せだった』って言えなかったら負けだよ」

北野武さんもこんな事を言っていた。

「僕は人生をサウナだと思ってる。中にいるときは苦しいけれど、
我慢して我慢して、ずっと中にいて、イヤになっても苦しくても中で耐えて、それから外に出れたとき、
『あぁ~やっと出れた』って本当に気持ちいいと思う」

うん。
だから、皆、遠い過去に背負ってしまった裏切りの思い出は、リュックのポケットに閉まって、
自分の存在と、生きてきた軌跡を信じて、自分を誉めてあげようじゃないか。
自分が何をしなくてはいけないか、という事じゃないんだ。
別に、競走馬のようにいつも、誰よりも速く走っていなくてはいけないワケじゃないんだ。

あなたが生まれてきた事

それだけに大いなる価値があるのだから。

僕は、そんな思いを音楽に出来たらと思う。
どんなに苦しくても、自殺したいくらい辛くても、
「いいんだよ。自然のままの君を愛してくれる人が、未来に待っているんだから。」
という思いを皆に伝えたい。

自分のレッスンをそっちのけでまで、うたの事を思っていたワオのシューベルト。
先生が眠ってしまうくらい下手だったけれど、僕は、いや、ワオは心を込めて弾いた。

バカみたいかもしれないけど、ダサいかもしれないけど、

「ねぇ、もう一度、愛や勇気の力を信じて、奇跡を起こしてみよう?」

って僕は投げかけたい。


・・・そう、今こそ信じよう。


ワオが、行方が分からなくなった、うたを探し出した奇跡のように、自分を信じよう。
美しい人生を期待したいから。

「信じる」

それだけで、2人は、あの、ピアノの墓場が天国に変わってしまうような、美しい連弾が出来たんだ。
僕らはその事を、忘れてはいけない。

人には理解できないような、美しい奇跡が、僕らの世界には、あるんだ。

そう、今こそ、信じてみよう。

2007.04.28

愛とショパン

「直接言葉にはしないけれど、僕はこんなに君を想っているんだよ。」

・・・僕がショパンの曲からよく感じる言葉である。
ただ病弱で、繊細で、女性的なだけではなく、
凛とした紳士的なプライドの高さと、内向的ではあるがしっかりとした頑固さを持ち合わせている。
それがショパンだと思う。

あれ程愛したジョルジュ・サンドとの破局も、殆どその辛さを語らなかったショパンだが、
彼のそのピアノを弾くと、どれだけ愛に満ち溢れ、そして、どれだけ悲しみに満ち溢れていたか、
それが伝わってくる。
これ程の情熱を持った作曲家を僕は他に知らない。

愛がないと、彼の曲は弾けない。
悲しみがないと、彼の曲は理解できない。

「直接言葉にはしないけれど、僕はこんなに君を想っているんだよ。」

僕がショパンに感じる言葉だ。

2007.04.27

登山人生

「丁度、山へ登る人が、高く登るのに従つて、妙に雲の下にある麓が懐しくなるような感覚。」

上の言葉は芥川龍之介さんが手紙に書いた言葉ですが、
何がそうさせているのか解らないけれど、僕にも同じように思う事がしばしばあります。

人生という険しい山を登っているけど、時々登ることを休んで、崖から下を見下ろす。
そして、、、

「随分遠くまで来てしまったな」

なんて呟いてみたり。

時々同じ山を登っている大切な友人にすれ違ったりなんかして、

「同じ山を違う道で登っているんだ。
・・・ということは、頑張ったら頂上で会えるのかな」

なんて思ってみたり。

時々、何のために登っているのか解らなくなったり、
ただただ無償に走ってみたくなったり・・・。


頂上に到着したら、何が待っているのだろう?
人を愛せるようになる?
夢が叶う?希望の光が見える?
それとも、何もなかったらどうしよう。
いや、それもいいかも。

札が立ってて、

「ここまでの道のりが、あなたの宝物です」

みたいなオチ。(笑

今の僕はどうだろう?
ちゃんと歩いているかな。
うーん、まだもうちょっと歩けるかもな。
いや、まだまだだな。(笑

2007.04.23

きせき~神童より~

神童が公開になって、かなりの反響があるようです!!
嬉しい限りです。本当に。
僕のもとにも、かなりの感激おレターがきました!本当にありがとうございます!!
ケンちゃん、成海さん、監督、スタッフの皆様、こうして皆様に喜ばれることは、
本当に嬉しいことですね!!
今となっては、泊り込みでロケにいったのが、とても良い想い出です。

僕が吹き替えをした、松山ケンイチ演じる「菊名和音」は、おちこぼれの音大受験生。
それが、成海さん演じる「うた」という天才少女に影響されて、すごい熱情を受験で弾いてしまう。
しかし、その後ワオは奇跡を起こした事を後悔するほど、音大の厳しさを知ることになる・・・。


ピアニストにとって、本当に「奇跡」とは起こるものなのでしょうか。


僕は、ここまでずっとクラシックの世界に生きてきました。
コンクールやら試験やらで、今までの全ての人生を捉われてきたと言っても過言ではありません。
ワオやうたは、時々弾く直前に「吐いてしまう」くらい緊張してますが、あれは本当です。
僕も小学生の頃から、吐いてしまうくらい緊張した経験が多数あります。
幼かった僕は、
「1番じゃなきゃ人間じゃない」と吹き込まれ、「いつも勝たなきゃいけない」と刷り込まれていました。
音楽は「勝ち負けじゃない」って心では思っていたけれど、
実際に、実力の世界は「誰かと比べられて」育っていくのです。

今から考えると、そのせいで失った音楽性もたくさんあったなぁ。

1ミリでも打つところをずらしたら「ミス」になってしまう世界で、
10こ同時に音を弾いて、そのうちの1つでも間違っていると指摘(減点)される世界。
しかも、半年~1年くらいかけて練習してきた曲を、

たったの1回で全力を出し切れという過酷な条件。

子供には到底無理です。
だけど、先生や親が無理矢理にでもやらせる。
時には虐待的なまでに。。。
それでやっと千人に1人、「ピアニスト」が誕生できるかどうか、というワケです。

そんな人生を歩んできて、色々なことを僕は落としてきてしまった。
ピアニストにはなれたかもしれないけれど、純粋な音楽ファンとしては死んでしまった。
ケンちゃんのワオを観ていて思った。
僕は彼より経歴があるかもしれないけれど、彼は僕にないものを持っている。
それは、、、

「人と音楽を恥ずかしくなるくらい愛していること」

ピアニストがピアノを好きでいるのは当たり前だと思うかもしれない。
でも、上記したような生き方をしていて、果たして本当に好きでいられるか、といえばそうでもない。
殆どの音大生は、「ピアノは好きだけれど、色々と複雑」と答えると思う。
だから、僕も同じだった。

「どうしてこんな思いまでしてピアノ弾かなきゃいけないの?」って思ったこともたくさんある。

子供の頃、ピアノの中には、
愛や希望、夢や自由がたくさん詰まっている宝石箱のようなものだと思っていた。
でも、それはいつしか「ただの木と鉄のかたまり」になってしまった。
木と鉄を使って人が作ってるのに、なんで奇跡が起きるんだよ。
そんなことを思ってしまっていた。現実的になってしまったのだ。
夢からさめるときは、必ずくる。
あぁ、ついに僕の中の音楽が枯れてしまったのかなぁ。

そんな風に思っていた矢先の映画「神童」だった。

串田さんが「音楽は生きるためにあると思うんだ」としみじみ言っていた。

成海さんが「大丈夫。私は音楽だから」と不思議な輝きを放つ瞳で言っていた。

僕は、子供の頃を思い出していた。
あの頃は、本当に音楽がただただ大好きで、ピアノを愛していたなあ。
色々知ってしまって、色々背負ってしまって、今となっては純粋に愛していない。
経歴や地位なんて捨ててもいいから、あの頃の自分に戻りたい!
そう強く思いました。

そして、あるロケでケンちゃんが言っていたセリフ。

「帰るべき、場所か・・・」

しみじみと、独白として呟く。
物悲しく、切なく、孤独なその言葉に、僕は涙していました。
帰るべき場所。
僕が帰るべきは音楽。
今は、音楽家でいて音楽家じゃない。

人や音楽を愛せなくて、どうしてピアノから奇跡がおきようか。

一番大切なことを忘れてしまっていた。
そう。信じることなんだ。
確かに木と鉄の塊かもしれないけれど、そこから奇跡が始まるってことを、最後まで信じること。
これが、ピアニストの勇気だ。
バカにされようが、批判されようが、最後までピアノと音楽のことを信じてやっている。
これが、芸術家の心得だ。

ありがとうワオ。

僕は心の中でそう呟きました。

これからも、神童で得たことを活かして、僕は音楽を作っていきたいと思います。
どうか、皆様と一緒に、人を愛するという力を信じて歩いていきたい。

「しんちゃんの音はさ、なんだか孤独だよ」

ケンちゃんに最初言われました。
それで、ハっとした。
僕は独りになってしまっていたんだと気付いたから。

今は、大切な親友を得て、子供の頃以来、音楽を純粋に愛しています。

親友とか、愛情とかって、「失うモノ」だから、作るのが怖かった。
コンクールや試験の結果だけで、付き合うかどうかをきめるバカな大人がたくさんいたから、
これ以上背負うのがいやだった。
だから、孤独になってしまっていたけれど、

僕はもう一度信じてみる勇気をもらったんだ。

ピアノが奇跡を起こすのではない。

僕が、奇跡を起こすんだ。

今は、世界中のみんなに勇気と愛を伝えたいと思う。

その思いを、まずはワオが弾く熱情で感じて欲しい。

ピアノソナタ「熱情」は、奇しくも、ベートーヴェンが自殺するほど追い込まれたところから這い上がった、
「復活の作品」。
これはただの奇遇だったのであろうか。

今、ワオの純粋な笑顔が、僕の頭に浮かんでいる。

彼もきっと、勇気を振り絞って、奇跡を起こしたに違いない。

2007.04.17

・・・ありがとう、ありがとう。

もうすぐ映画「神童」が公開を迎えます。
僕は、松山ケンイチ君が演じた「ワオ」という音大受験生の吹き替え演奏を担当しました。
のだめカンタービレでの「千秋真一」の時の吹き替え演奏では、
やたらと「上手い」とか「凄い」演奏をしなくてはいけなかったのですが、
神童ではその逆で、ワオ君は、割と出来損ないなピアニスト・・・(笑
なので、やたらと「下手」だとか「眠くなる・・・」というような演奏をしました。
ピアノを目の前に、中々「下手に弾く」というのは難しいものだったのですが、
これが、意外と病みつきになる。
あんまり下手なので、

「清塚さん、下手に弾くのも上手いですね」

なんて監督さんから褒められました。(笑

それにしても、松山君は、ピアニスト顔負けの美しいフォームで、ピアノを弾いていましたヨ。
是非、皆様も、劇場にてご覧くださいませ。

ワオが受験で弾く曲は、ベートーヴェンのソナタ「熱情」の3楽章です。
普段はだめだめなワオくんも、受験当日は奇跡の熱情を熱演してしまうのです。
このベートーヴェンですが、誰もが一度は耳にした事のある偉大な作曲家。
でも、何がそんなに凄いか、そこまでは知られていないのが事実。

ベートーヴェンの父親は、とんだ飲んだくれで、自分の子供でお金を稼ごうと、
ベートーヴェンを厳しく教育しました。
子供の頃から何時間も何時間もピアノを練習させたり、
ある時は、部屋に楽器とベートーヴェンを閉じ込めたまま放置したり、という虐待ぶり。
唯一の優しかった母親も、10代の頃亡くしていて、ベートーヴェンの若い頃は、
それはそれは不幸でした。
父親が働かないために、10代の頃から2人の弟の面倒もみていて、
明日食べるためのパンを買うお金も、彼が必死に工面していたそうです。
20歳頃になって、ようやく父親から自由になり、恋もして、やっと人生を取り戻すかにみえた矢先、、、

耳の調子が悪くなってきてしまいます。

しかも、永遠の恋人であるテレーゼとは婚約を破棄され、彼は益々不幸のどん底に陥れられます。
ここでベートーヴェンは、自殺をしようと「遺書」を書きます。
遺書は2人の弟に向けられており、本当に、心臓を掻き毟られるような、そんな内容です。

「良い人である事を望んでここまで生きてきたのに、耳が聴こえなくなっている事を悟られたくないから、
人にわざと冷たく接しなくてはいけない私の苦しみを理解してほしい・・・」

遺書には、そんな事が書かれており、ベートーヴェンの人柄を鮮明に表しています。
結局彼は自殺を食い止めて、自分の中に鳴っている音だけで、余生を暮らすことになります。
しかし、ベートーヴェンの本当の名作の数々は、これ以降に書かれたものが殆どです。
交響曲「運命」「田園」「第九」、そしてピアノソナタ「熱情」。

彼の作った名曲の数々は、その頃の、形式に捉われた音楽の壁を打ち壊し、
自由な表現、作曲者の持つ哲学やロマンの表現など、新しいスタイルを生み出しました。

あれほど敬謙なキリスト教信者であったベートーヴェンが、
神の行いに背く大きな罪である「自殺」というところまで追い込められて、追い詰められて、
そして、その地獄のような人生から、音楽だけの力によって這い上がってくる、、、
そんな激動の人生を送ったベートーヴェンが、最後の交響曲として書いた第九。
この曲の初演は、彼自信が指揮を振ったといいます。
彼の背負った運命や宿命の重さを、重々しく感じさせてくる1楽章から、歓喜の最終楽章まで、
それは正に彼自身の人生を物語っているかのような曲。
これまでのスタイルを打ち壊し、オーケストラのバックに更に合唱を入れる。
感動のフィナーレを合唱とオーケストラが合奏して、そして、遂に最後の音を打ち鳴らしたとき、、、

彼は、耳が聞こえない事を忘れていたのだろうか、自分の後ろから客の拍手が聴こえないから、
「この曲は失敗に終わった・・・」と、うなだれてしまった。
しかし、うなだれているベートーヴェンを、歌い手の一人が優しく振り返らせてあげると、
そこには、会場中のスタンディングオベーションが、ありました。
全ての聴衆は彼の音楽に涙し、感激し、そして歓喜しました。

「音楽の巨人、ベートーヴェン」を救ったピアノソナタ「熱情」。
そんな話を知ってか知らずか、ワオは、受験当日に熱情を弾き終えたとき、
勢い余って、ピアノから立ち上がってしまいます。
その時の、ワオ、いや、松山君の迫真の演技を、是非ご覧下さいませ。

ベートーヴェンが、最後まで生かせてくれた神への感謝のために「歓喜の第九」を書いたように、
松山ケンイチ君は、「ありがとう、という言葉や気持ちが大切だと思う。」と、いつか言っていました。

当たり前のように聞こえるけれど、全ての人に、ちゃんと感謝して、心から「ありがとう」って言う事が、
最近減ってしまったかな、と僕は思いました。
松山君の演技も、僕の演奏も、ベートーヴェンの作曲も、
全て「ありがとう」の気持ちから始まっているのかもしれないですね。

皆さんも、今一度、大切な人に

    「ありがとう」

って心から言ってみて下さい。
暖かく包み込むように、優しく、優しく。。

2007.04.15

美の探究

今日は朝から夕方まで豊橋の方まで行っていたので、
芦田先生のピカソ特集は再放送を観させて頂きました。
皆様はご覧になられましたか?如何でしたか?
僕は、ピカソが10代の頃に描いた絵と、最後の方に出てきた牛が好きでした。
芦田先生のコメントでは、「リズム」という言葉と、「取り除いていく」という言葉が印象的でした。

①リズムについて

ピカソの絵にはスピードがある。
ピアノに例えると、ぐたぐた練習ばかりやってたってしょうがないという事でしょう。
その時、その瞬間にしか降りてこない霊感が芸術家にはある。
その霊感が降りてきている時間なんて、一瞬なのでしょう。
だから、そのタイミングをみすみすと逃してしまう人は、「表現する」という才能がないのかもしれません。

②シンプルさについて

芦田先生とコレクションの打ち合わせをしているとき、何の曲を使うか、という話になったときのこと。
「黒のお洋服のときは、情熱的なのがいい」と先生がおっしゃったので、
僕は、自分のレパートリーでもある、「熱情」をプレゼンしてみました。
しかし、先生はイマイチお気に召さなかった様子・・・。
あれ?おかしいなぁ、この曲で批判はあまりされたことないのだけれど、、、

少し時間を置くと、先生は落ち着いた優しいお声で静かにお話しになられました。
「芸術における美というのは、
『ホラ僕ってこんなに弾けるんだ!すごいだろ!!』って見せ付けるところにはないんだよ。
むしろ、誰よりも技術を持っているハズの人間が、ちょっと引いたところで表現するところに、
本物の美しさがあると思うんだ」

・・・。
僕は、これ程の格言を他に聞いた事がありませんでした。
そして、どこの音楽大学のどの教授にピアノを習うより、ためになるお話でした。
先生は今回の番組で「お花束」に例えて、これと同じ様なお話をしていましたが、
つまり、、、

「良さが簡単に説明できてしまう、誰でも時間をかければマネできてしまうような所からは、
本物の美は生まれない」

という事なのでしょう。
うん。確かにそうだ。
名だたる巨匠達が残してきたこれまでの「名演」の数々は、
涙が止まらないくらい感動するのだけれど、
「どこがそんなに良いの?」と訊かれたところで、言葉で説明できるものではない。

どうしてだろう、なんだか、とってもいい感じ。

という、そんな深い表現ができるように僕も努力したいと思います。

ベートーヴェンは言い残しました。

「我々芸術家にとって重要なのは、不幸や苦難を乗り越えて、『真に心から偉大であること』であって、
『自分を偉大に見せること』ではないのだ」

と。
きっと、本当の美を追求するためには、まず人として偉大である事が要求されるんだな。
芸術家は、本当に美しい心を持っていないと、ただの小手先の器用さだけで終わってしまうんだな。
うん。
とっても納得できる。

まごころ

僕はスポーツが大好きです。
特に好きなのは野球とサッカー。
あまりTVは観ないけれど、スポーツ中継は出来るだけ観てしまいます。

僕は、ファンである浦和レッズや西武ライオンズが勝っているところもいいけれど、
どちらかというと、ボロボロに負けているところから、色々なところを学びます。
オリンピックのときの安藤選手(フィギアスケート)とか、
ボロボロになっても、絶対に逃げ出さない、そんな孤独な姿から、勇気を学びます。
サッカーチャンピオンズリーグでは、
僕の大好きなトッティ選手が所属するローマが、「歴史的大敗」を喫しました。
7点もマンUに得点されてしまったけれど、
最後まで耐え抜いているその姿から、たくさんの勇気をもらえました。

僕もステージでボロボロになってしまった事があります。
音楽家人生を左右するような、大切な舞台(コンクールなど)でもやってしまったことがあります。
もう誰がどう見たって全然ダメなのに、最後まで弾ききらないといけません。
あぁ、あの瞬間、未だに夢に出てくる。(笑
本当に孤独なステージ。
「もうだめだ」って心の中で叫んで、もう後少しで演奏を中断して帰っていこうかと思うような、
そんなギリギリの精神状態のとき、僕の心のどこかに、
安藤選手の姿や、トッティ選手の勇気が、支えになってくれます。
そして、いつも応援して頂いている方々の励ましが、力となってくれます。

孤独なステージだからこそ、人の暖かい心がよく感じられるのです。

2007.04.14

ピカソ特集 NHK

明日、日曜日は、NHK3チャンネル、新日曜美術館に芦田淳先生がご出演されます。
ピカソの特集だということ。
朝9時からと、再放送の夜20時の2回、
ピカソの芸術性はもちろんの事、僕が人間的にも芸術的にも深く影響を与えられた、
芦田先生の魅力にも触れて見てください。

こういう番組を、日本の若い世代の方たちに、興味を持って観てもらいたいですね。
渋谷や原宿あたりで戯れるのもいいけれど、
1度しかない人生、芸術というものに触れてみるという経験も、
若いうちからたくさんしてみてほしいです。

ピカソといえば、
僕の大好きな俳優である「アンソニー・ホプキンス」さんが、映画で演じていました。
あの映画も、すごく深かったなぁ。
ピカソのようなマネは僕にはできないけれど、彼の芸術にかける真摯な姿は、
本当に尊敬できます。

美術館に久しぶりに行きたいナー。

maths

数学者曰く、人間の脳のピークは23歳だそうだ。
と、いうことは、僕は24だから、もうピークは過ぎてしまった。
そうだとしたら、とても残念だな。。


それにしても、数学者と音楽家は似ている。
他の人から見たら、全然つまらないところに、最大の興味を見出せるところとか、
そのことだけを考えて、人生の全てを費やしてしまうところとか、、、

でも、数学と音楽とで、一つ大きく違うところは、「表現する」という所にあると思う。
数学の証明は、本来、自分以外の人を感動させたり、心に影響を与えるために用いる物ではない。
(数学者からすれば立派な表現なのかもしれないが)
しかし、音楽というのは、あくまで「表現」であって、世の中のためになるような数式ではない。
音楽は、人が聴いて「美しい」と思わなくては、意味がないのだ。
数学のように、すごい数式のようなものを曲の中で打ち出したところで、
音楽には、世の中の産業に革命を起こせるだけの力があるわけでもない。
しかし、音楽には、数学にはない、「表現」という曖昧な武器があるのだ。
その曖昧な武器は、人の心臓の奥深くを突き刺し、永遠に忘れることができない、
「美しい一時」を刻むことができる。

バッハのフーガや、モーツァルトやベートーヴェンのソナタを見ると、確かに数学的だ。
それでも、音楽は数学ではない。
似ているところもあるし、同じ考え方じゃなければ理解できない事もあるけれど、
それでも、最終的に、曲の数学的な「凄さ」を演奏したところで、音楽としての価値は

「ゼロ」に等しい。

だから、
クラシックアーティストはどうしても頭でっかちになりがちだけれど、音楽を数学として扱ってほしくない。
音楽家が、数学者になってほしくない。
音と音の間に、数字では表せない、奇跡のような時間があって欲しい。
その奇跡があると信じてほしい。

脳のピークが23歳でも、それは数学的な脳のことであろう。
きっと、音楽を考えるための脳、いや、「心」は、一生ピークを迎えることなく、成長していくに違いない。

僕は、数字で表せない、奇跡を信じる。

2007.04.13

ニジュウヨン

24という数字に、音楽は深いつながりがある。

バッハの平均率の曲数。
及び、1オクターブの中の鍵盤の数。
ショパンのプレリュード、エチュードの数。
パガニーニのカプリースの数。
まだまだ、まだまだたくさん24に関連するものはある。

1日が24時間だということで、人類全てが24に関連していることもある。
こないだ、この話を映画「神童」の監督でもある萩生田監督にしたところ、映画の中でも、

「1秒24コマ」

らしい。
ちょっと寒気がした。
ダヴィンチコードのように、24に隠された秘密があるかもしれない。

因みに、僕が好きなジャックバウワーも、「24」に出てくる。(笑

考える悪魔

思った以上にBBSに書き込んで頂けて嬉しい限りです。
もっと、ただの僕の儚いお願いになってしまうだけかと思っていたのですが、嬉しい想定外です。
ありがとうございます。


ベートーヴェンやリストなど、名芸術家たちは、
いつも何かに脅迫されているような、そんな印象を僕は受けます。
その脅迫とは、

   「良い人であること」

どうしてだろうか、僕には、彼らが本当は悪魔の心を持っていて、それでも神に憧れているような、
そんな儚ささえも感じます。

以前、僕の親友が「考える力は、悪魔の力かもしれないな」なんて言っていました。
今になってその言葉が僕の脳を強烈に刺激します。

「考える」
という事が、僕たち音楽家にとってどういうことなのか。
「感じる」
という事と、どう区別すればよいのか。

考えなきゃ分からない僕は、もしかしたら無能なヤツなのかもしれないな。(笑

2007.04.12

お願い。

「ピアニストがしたいこと」

「聴衆がしてほしいこと」

この二つが噛みあっていない事ほど辛いことはない。
だから、このHPをみている方々、よければBBSに僕にして欲しい舞台の内容を書いてみてくれませんか。
せっかく通じ合えるのですから。
新しいアイディアから、弾いて欲しい曲まで、何でも要求してみてください。
全てに応えられるかは分からないですが、僕のこれからの道しるべにしたいと思います。

2007.04.11

聖なるショパンを僕に。

今、僕の最も尊敬する芸術家の1人である、故ハリーナ=チェルニー・ステファンスカ先生の、
ショパン「ピアノ協奏曲1番」のCDを、勇気を振り絞ってかけてみた。
どうして勇気がいるかというと、それはショパンコンクールを思い出すのがイヤだからである。
しかし、勇気を振り絞って出向いた先には、必ず感動が待っているもので、
ハリーナ先生の指から奏でられるショパンの愛の詩は、
まさに、彼が行きぬいた時代を物語るかの如くロマンティックである。

今日の東京は雨。
気温も低めで、空もグレーに染まっている。

こんな日は、雨だれの調べを伴奏に、ショパンを聴くのが一番である。
まったく、芸術家とは、本当に贅沢な時間を知っている。
どんな食べ物も、どんな快感も、この瞬間の幸福感には及ばない。

ショパンといえば、先日、彼がロンドン公演に持ち込んでその時実際に弾いたピアノが発見されたというニュースがあった。
ショパンのピアノが見つかったのはこれで数台目であるから、それほど大したニュースではないが、
問題はロンドンで見つかったということである。
これは、彼がロンドン公演を終えて、そのまま持って帰らずに、ピアノを貴族に売って帰ってきたということを意味している。
ショパンがロンドン公演に行ったのは1837年の事だから、彼が27歳くらいの頃である。
ジョルジュサンドとマヨルカ島に行く直前だ。

彼がどうしてそのピアノを売ったのか、確かな理由はどうせ残っていないのであろう。
何しろ、あの、秘密主義のショパンである。
もしかしたら、もうピアノなんか弾けないだろう、という程体が悪かったのかもしれない。
もしかしたら、ピアノなんか、いくらでも手に入ったのかもしれない。
(当時プレイエルというピアノメーカーとの親交も深かったのもあるし)

それとも、彼にはそういう習慣があったのか。
あるいは、お金に困っていたとか。
いずれにしろ、真意はわからないが、彼はわざわざ持ち込んだピアノを売って帰ってきたのである。
ロンドン公演ではバラードの1番などを演奏していたらしい。
マリアという、愛した女性との仲も破局して、段々と人生も下り坂になって行く頃である。

僕は、自分自身がすごく孤独なとき、彼がどういう思いでいたのか、時々ふと感じることが出来る気がする。
自分の体の中で、心臓を引き裂かれそうなくらい強く生きている「不安」という名の寄生虫。
愛や希望に時々助けられては、その都度不安に足を引っ張られる。
そんな葛藤の中にも、誇りと勇気を持って突き進んでいく頑固さ。
彼は、どんなに苦しくても、他人には絶対に弱音を吐かなかったという。
そして、どんな事情を聞かれても、口では絶対に答えなかった。
だから、正確な誕生日さえ判っていない、秘密主義のショパン。
彼の謎を解く鍵は、もう僕たちピアニストの中にしか残っていないのである。

ピアノ曲を弾いているはずなのに、チェロを弾いているような気にさせるくらい、絹のように滑らかなメロディを書くショパン。
「左手が指揮者なんだ」
「ピアニストは手首で息をするんだよ」
なんて粋なことをレッスンで生徒に話していたショパン。
彼の永遠の謎を、大切な宝箱をそっと紐解くような、そんな気持ちで、これからは弾いてみようと思う。

ここまでブログを書いていたら、いよいよハリーナ先生のコンチェルトも終わりのコーダに差し掛かってきたようだ。
コンチェルトを聴くと、本当に色々な思い出が蘇ってくる。
僕がまだ高校生の頃、ショパンコンクールの書類選考から外れて、
周りにいるたくさんの大人が、平気な顔をして他人行儀にそっぽを向いて立ち去って行った中、
ハリーナ先生だけが優しく言ってくれたあの言葉が、僕の心を淡いブルーのような空気で満たしていく。

「いいのよ、貴方にはまだ支度する時間がたくさんあるわ。
 旅行鞄には、モーツァルトもベートーヴェンも、ドビュッシーも、
 ラフマニノフもプロコフィエフも入れて行った方がいいわよ。ショパンだけじゃ軽すぎるでしょ。」

大きいホールでのレッスンだったせいで、
僕とハリーナ先生以外の人はかなり離れたところにいたから、きっと気付かなかっただろう。
彼女は、そう助言すると、かわいらしいウィンクを僕に見せてくれたのである。
その姿に、僕は若かりし日の青年ショパンのような、いたずらな愛を見た気がする。
そのハリーナ先生も、もう僕の演奏を生で聴いてくれる事はないのだと思うと、
あの時のあのウィンクのあと、楽屋で独りで大泣きしていた時以上に、涙が溢れてくる。

いや、しかし、ハリーナ先生はこうも言っていた。

「ショパンの音楽は、私のものでも、貴方のものでも、お客さんのものでもないわ。あれはね、聖なる神のものよ。」

きっと、僕の演奏が聖なる神のものになれたとき、ハリーナ先生も一緒に聴いてくれるのだろう。

・・・ワルシャワから約50キロの小さな町、ジェラゾヴァ・ヴォーラ。
そこにあるショパンの生家からは、僕がこうしてブログを書いている今も、
知的なグレーに染まった品のいいショパンの音楽が奏でられているのであろう。
その裏に、人知れずヒッソリと咲いていた薄ピンクの花のように、ショパンの音はけなげである。

先日、今世紀と我が国日本を代表する芸術家の、山岡優子先生が言っていた。

   「パリの夜は、ショパンなのよ」

目を瞑ると見えてくる。
パリの社交界の賑やかで、煌びやかなサロン風景が。
心やすらぐと感じれる。
「体はパリに、心臓はワルシャワに」
と言った、ショパンの品のある、繊細な声が。

ショパンは、聖なる神のものなんだ。

2007.04.10

魂の感動を

今世紀を代表する演出家であり、僕が尊敬する芸術家の一人である蜷川幸雄さんが、

「舞台を観るという事は、大変なことだ」

と、何かの本で語っていた。

その通りだと思う。
舞台だけでなく、クラシックのコンサートや、美術館、博物館など、
今まで人類が創り上げて来た「文化」を「本気」で観賞するのは、とても大変な事だと思う。
ゲーテの詩や、ベートーヴェンの交響曲など、人類の巨匠たちが残した芸術は、物凄いパワーを持っている。
それを本気で観賞するというのは、演じる側より、むしろ大変なことなのかもしれない。
それくらい、エネルギーを使う。

最近の流行っているものは、大体「受身」なものばかりだ。
派手なアクション映画。
爆音を鳴り散らすポップス音楽。
それらは、ただ流しているだけでも、なんとなく観賞した気になってしまう。

でも、僕は、それは本当の芸術による感動ではないと思う。
それは、遊園地でジェットコースターに乗っているのと、何ら変わりないのではないか。
感動ではなく、アドレナリンの分泌できる「スリル」である。
まぁ、批判的な見解ばかりせずに、それが「今の文化」と言うなら、100歩譲って良しとしよう。
例えそれが今の流行だとしても、
その一方で、今まで人類が創り上げてきた文化や芸術を愛するという事は、
人類にとってこれからもずっと大切な事だと思う。

僕は、ただのスリルでなく、本当の感動を心の芯から感じた時、いつも優しくなれる気がする。
肩の力を抜いて、嫌な事や不安な事を忘れて、
昔の巨匠たちが残した芸術を心から感じようとする事は、魂を美しくすると思う。

人間にとって、クラシックのコンサート会場のように、
顔も知らない人と密着して、咳払い一つできない窮屈な場所に閉じ込められるのは、
かなりのストレスだという事は理解できる。
だって、それは僕も同じだから。
けれど、そうやって「苦労」して、何かを掴みに行った先に、本当の感動が待っているという事を知って欲しい。
そして、それらの感動からは、大切なメッセージを受け取れる。

文化を愛するという事は、人間を愛するという事だ。

こんな考えを、日本の多くの若者が持ってくれたなら、いよいよ日本は安泰であると僕は思う。

2007.04.09

感謝してます

ブログのBBSに書き込みして頂いて、本当に力づいています。
帰りが遅くなったりして、ぐったりとしている時にBBSの書き込みを見ると、本当に勇気をもらいます。
応援していただいているみなさま、本当にありがとうございます。

2007.04.06

ルバート

人は生まれたその時から、「死」にむかって生きている。
1秒1秒、残酷なまでに、正確に時は人生を刻んでゆく。
この「時間の正確さ」には、どんな力をもってしても、到底かなわない・・・。

しかし、美しいメロディが、残酷なまでに正確な時間と衝突すると、そこには一瞬の「無」が生じる。

それは、アンビバレンツな美学であって、全ての音楽における、最高の瞬間といえよう。
唯一、この地球上において、時を越えれる瞬間かもしれない。
このことを、クラシック音楽用語では「ルバート」と呼ぶ。
イタリア語でルバートとは、「盗む」という意味。

「時間を盗む」なんて、流石に粋な言葉を使うものだ。
しかし、ルバートによって盗まれるものは、時間だけでなく、人の心も同じように盗まれるということが、また美しい。

因みに、よく外国の音楽家たちは、「盗んだものは、ちゃんと返さなくてはいけないよ」と言って、お弟子さんたちに教えている事があるが、ルバートによって盗まれた時間は、必ずそのメロディ内のうちに、プラスマイナスがゼロになるようにしなくては、音楽的に辻褄があわなくなってくる事が多い。


明日から大阪→群馬と行って来ます。
素晴らしいルバートを披露できるよう、頑張ります。

2007.04.04

心の旅

今日は4月最後のゆっくりできる日と言っても過言ではない。
そんな日に何をしようかとソワソワする僕。
忙しい時はあれだけ「ゆっくりしたい」と思っていたのに、いざこう堂々と休めると、本当に休んでいいのか不安に・・・
でも、色々考えた挙句、やっぱりゆっくりする事に決めました。

なので、とりあえず、何も考えずに歩いてみた。

歩きながら、何も考えないようにしようと思うのに、これが全然だめ。
いつもよりむしろ仕事の事を考えてしまう。

「あそこの音はああがいいかな」
「この左手はもっと強くだな」
「最後はやっぱりかっこよく終わらなきゃな」

ん~、重症だ。
考えないと言う事が出来なくなってしまったのだ。
これは本当にヤバイと言う事で、無心になるまで帰ってはいけないルールを決めて、歩いてみた。
ひたすら歩いて、みた。

すると、1時間くらいで方の力が抜け、頭がスッキリしてきた。
スッキリした頭の中に、ショパンが鳴って来た。
これは考えているのではない。
このショパンは、僕の中で流れているBGMなんだ。
あぁ、なんと美しいメロディだろう。
こんな風に音楽を純粋に感じることが、いつしか出来なくなっていた。
もっと、もっと自分を解放しなきゃ。

・・・と、突然の雨。
あたりは真っ暗な雨雲に囲まれ、雷は轟音をうならせ、雨の重みは一層にましてくる。
まさしく、キリストの受難のような、そんな雰囲気だった。
何年ぶりにこんなに歩いただろう?
いく人来る人、嵐におののいて、まるで怪物から逃げるように走り出す。
何かに追いかけられているように。
僕も、仕事に行く最中であれば、同じ気持ちになっただろう。
衣装が濡れてしまう、手が冷えてしまう、、
色々なことを考えて、雨を怖がってしまっただろう。

でも、今日の僕は違うんだ。

自分を解放して、どんな事でも感じていられる余裕がある。
僕はリストのダンテを読んでという曲を頭で流しながら、両手を悪魔のような雨雲にかざしてみた。
目を瞑って、顔を雨にさらして、じっと自然のままに感じてみた。

  本当に、気持ちよかった。

まるで、心が芸術で満たされていくように、回復していった。
ほんの数時間だったけれど、心の旅に出たようだった。
こんな、身近にも、簡単に回復できる事があったんだって気付いた一日でした。
そして、僕の頭に流れていた心地よいBGMのような音楽を、色々な人と共有したいと思いました。

でも、両手を広げて雨に打たれて、リストやショパンを口ずさんでいる僕。。。
誰にも見られていない事を祈ります。
っていうか、まるでシャインのヘルフゴットじゃないか!(笑

2007.04.03

愛するエネルギー

今日、静かな休日を使って、心の中の旅に出た。

バッハのイギリス組曲と平均律、モーツァルトの幻想曲、ベートーヴェンのテンペスト、ショパンのバラードとエチュード、リストのダンテを読んでとソナタ、ムソルグスキーの展覧会の絵、、、

全部弾いたらちょっとした美術館に行ったような充実感と幸福感があった。
今の僕の気持ちなら、世界のために祈ってあげれる。
世界をこの気持ちに出来たら、きっと愛が地球を抱きしめてくれる。

昔、小さい頃、先生によくいわれた。

「ここは作曲家が愛を込めて作ったメロディだから、もっと大切に弾いてね」

僕はずっとこの言葉を疑問に思ってきた。

ピアノは木と鉄で出来ているただの塊。
僕はただの愚かな人間。
その二つが組み合わさったからって、そんな奇跡が起きるはずがない。
いくら作曲家が凄かったとしても、愛を込めたからって、なんでピアノや作曲が変わるんだろう。
そんな奇跡みたいな事ってありえるんだろうか。

僕は現実的な人間なんでしょうか?
子供の頃からこんなに冷めていました。
でも、今ようやく解った。

「ピアノを弾こう」なんてパワーじゃ表現できないところがたくさんあるんだ。

人を愛するような、そんな強い気持ちじゃないと、表現できないところがたくさんあるんだ。

と。
愛するような強い気持ち。
人を愛さなくては解らない気持ち。
人を憎まなくては解らない気持ち。
人間のもつ強いエネルギーを表現に使うことで、初めて成立する音楽がある。

違うんだよね。
僕らが聴きたいのは技巧じゃない。
僕らは音楽によって、泣きたいんだ。

雨の休日

ピアノの練習がイヤでイヤで仕方なかった子供の頃には、遊びたいのに練習しなきゃいけない日々を呪っていました。
だから、考えると辛いから、現実逃避をよくしていたものです。

最近、音楽家としてのアイディンティティーと誇りを持てるようになってきて、それが大きく変わりました。
自分がどんな場所にいて、今日はどんな一日なのか、よーく感じていられるのです。

今日の僕は休日。
しかも雨。
バイクにも乗れないし、サッカーもできないし、一見残念な雨ですが、そうではありません。
外に出たいという願望を優しく諦めさせてくれて、いつもは向き合うのに勇気がいるピアノさんと、真摯に向き合えます。

休日の雨って大好きです。
優しく諦めさせてくれた外への憧れが、ほのかな春を思わせる暖かい恋心のように、霊感となって僕のピアノを力付けてくれる。

勇気

苦しみや悲しみを感じている人は、それを受け止めて自分の力とするチャンスを持っている。

いじめで悩んでいる人も、自分が好きになれない苦しみを抱えている人も、みんなある一つの力を持っている。

それは、「勇気」。

初めから強い人には必要ない力。

弱い人であればあるほど、勇者になれる素質を持っている。

苦しければ苦しいほど、悲しければ悲しいほど、その人は、優しくなれるんだ。

2007.04.01

孤独な心

僕は18歳の時、モスクワへ2年間留学に行っていました。

何故か、何の準備もなく、「そうだ、京都へ行こう」みたいなノリで単身モスクワへ。
ホテルも予約せず、70キロくらいの荷物を両手に、とりあえずモスクワの空港へ降り立ったとき、
はじめて「なんてバカなことを僕はしているんだ」と思いました。
外に出た時、21時ごろでしたでしょうか、あたりはもう既に真っ暗で、9月なのに相当寒かったです。
誰に何を聞いても煙たそうな顔をされ、答えてくれたとしても、殆どたらいまわしに遭うだけ。

「自分で強く生きていかなきゃいけないんだな」

と確信して、それからモスクワでは自分の力試しをしていこうと決意しました。
しかし、自分だけでやってみようと思えば思うほど、他人に迷惑をかけてしまう。
そんな事を学びながらも、孤独と寒さと闘っていた2年間でした。

僕がモスクワで学んだ事は、音楽だけじゃありません。

「人間が、孤独にどれだけ弱いか」

という事も学びました。
自分の身をもってわかったこと。
人間が本当に孤独に陥った時、それは救いようもないような絶望感に見舞われるのと同じ事。
僕は、いつもそんな孤独感に負けそうになったら、最後の力でピアノの鍵盤を一つ押しました。
その一音の染み入ること染み入る事。
心が解凍されていく感じです。
曲になってなくたって、一音だけ耳をすませて目を瞑って聞き入ると、
心に暖かい春のそよ風が舞い込んで来るようでした。

留学できていいね~、幸せ物だよ君は

本場ロシアに行ってるんだから、それはそれは楽しいでしょう!

君は若いのに贅沢だね~

なんて、色々といわれました。
確かに、18歳でピアノ留学なんて、贅沢で華やかだと思われる方もたくさんいらっしゃるでしょう。
でも、人は外枠だけでは出来ていないのです。
一見華やかで幸せそうにみえても、中では「もう死んでもいい」とさえ思っているくらい孤独で苦しんでいることもある。
僕はそのことに気付きました。
以来、作曲をして、言葉では解凍できない孤独な心を、音楽で、
そう、あの時僕も同じように助けられた、ピアノの音で解凍してあげたいと強く思いました。

「音楽なんかなくても生きてゆける」

なんて、僕は微塵も思いません。
音楽を含めた、芸術が、僕ら人類を支えてきたのだから。

もし、勇気を出すのが怖くて閉じこもってしまっている方がいたら、少しでもいいから、美しいものに浸ってみてください。
自分が、この世に生まれてきただけで価値のある人間だということが、きっと解ると思います。
芸術や美は、いつも貴方と一緒なのですよ。