清塚信也 OFFICIAL BLOG: 2007年06月

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2007.06.28

親友。

ショパンとリスト

親友でありライバル。

同じ時代を生きた、人類史上まれに見る偉才。

そんな2人には対照的な事がたくさんある。
まずは、手の大きさ。
ショパンは10度が届くか届かないかの大きさに対して、
リストは12~13度も軽く届いていたそうです。
身体も、
ショパンは身長170cmくらいで、亡くなる時の体重は50キロも満たないくらいだったのに対して、
リストは、筋肉質で大柄な男らしい体系だったそうです。
性格も、ショパンはミステリアスで少し内向的な性格で、
リストは、明るく元気なジャニーズ系。笑
好んで使ったピアノも違う。
ショパンは、繊細で美しい音の出るプレイエルというメーカー。
リストは、ダイナミックで活力のある音が出るエラールというメーカー。
(因みに、僕はヤマハが好きです。世界で一番いいピアノだと思います。)

そんな2人は、生きた人生まで対照的です。

ショパンは、8歳の頃から結核に蝕まれており、血を吐きながらも、咳き込みながらも、
ピアノを弾き続け、曲を作り続けました。
そして、苦しんだ人生の幕は、39年という短い年月で下ろされます。
リストは、病と言えば「恋の病」ばかりで、敬謙なカトリック信者ながらも、不倫や浮気を繰り返し、
色々なところに逃亡したり、駆け落ちした先の国で新しい芸術と触れ合ったりして、
76歳まで生き続けました。

2人は、親友であり、好きライバルでもありました。

パリで出会った二人。
対照的だからこそ、お互いを高めあい、お互いを尊敬しあっていたのではないのでしょうか。
ジョルジュ・サンドをショパンに紹介したのも、このリストだと言われています。

76歳まで生きて、半分くらいの39歳の時、最高の親友を失ったリストは、
晩年に、よくショパンの話をしていたと言います。
「懐かしいなぁ、君はまだ生まれていなかった頃だけど、僕には最高のライバルがいたんだ」
年老いたリストが、自分の生徒に話している姿が、目に浮かびます。

ある日、ショパンの「別れの曲」を聴いて、リストはこう言いました。

「この曲を作れるようになるのなら、僕の今までは全て投げ捨てられる」

あぁ、美しい友情だなあ。
僕でいえば、ケンちゃんにあたるのかなぁ。
うん、そうだろうなぁ。
でも、早く死ぬ方は、僕だろうなぁ。笑
それもそれでいやだなぁ。。。

な~んて考えていた今日この頃でした。

明日の藤沢、皆様にお会いできる事を、僕も心待ちにしております。

因みに、リストの書いた名曲「愛の夢」は、ショパンが亡くなった直後に書かれている曲です。
なぜか、ショパンの大好きだったノクターンを書いたリスト。
何か、心の内に秘めたショパンへの友情があったのかもしれません。
その事が、明記されている資料が何一つないところが、また、いいじゃありませんか。

明日は某有名テレビ番組の取材カメラも入るそうです。
僕たちの愛の力を、見せ付けちゃいましょう^^/

2007.06.27

遥かなる舟歌の旅

ショパンが殆ど亡くなる直前に書き上げた曲。
その頃には既にコンサートなんて出来る状態じゃなかったから、
きっと、頭の中で色々な想像をして書き上げたのだろうと思う。
左手は、しっとりとした緩やかな波を、
右手は、ショパンの大好きだった、イタリアカンツォーネのような響きを、
切なく、そしてロマンティックに表している。
そう、「切なく」表している。

普通、「長調」というのは明るい調の事を言う。
悲しい、切ない、暗い、などの表現は「短調」で行う事が多い。
でも、この舟歌は、長調だ。
明るいはずの長調なのに、ショパンに表現させると、なぜか切ない。

どうしてだろう?
笑ってはいるけれど、どこか寂しそうに見える。
そんな風に感じられる。


僕は、中学1年生の時、初めてコンクールに落選した。
それも、予選で、だった。
それまで、音楽教室の試験でも、そのほかのオーディションでも、コンクールでも、
「敗北」を味わったことがなかった僕には、本当にショックなことだった。
子供は、すぐに調子にのる生き物である。
だから、僕もそうだった。
1位にならなくても、必ず3位以内には入っていたし(運が良かっただけなのですが)、
子供ながら、「ピアノって簡単だなー」なんて生意気な事を考えていた。

それが、中一の時、突然の落選によって、全ての夢が打ち砕かれてしまった。

「僕は天才じゃなかったんだ」

全てが上手く行き過ぎていたせいで、自分を「天才」だと信じ込むほどバカになっていたのだが、
このショックのせいで、僕はスランプに陥る。
いや、スランプというか、ピアノが嫌いになる。
「もう、音楽なんてこりごりだ」
そんな風にさえ思っていた。
だから、得意だった野球で生きていけないかと必死で模索した。
でも、音楽から目を背けようとすればするほど、自分がまた嫌いになった。
だから、苦しかった。

苦しんで苦しんで苦しんだ挙句、もう一度だけ、音楽を好きになる努力をしてみようと思った。
最期のチャンスだと思って。
それで、自分で弾くのはまだ無理だったから、他の人の演奏を聴こうと思った。
色々な演奏を聴いた。
コンサートはもちろんの事、人のレッスンまでも立ち入って聴いていた。
僕の中で、落選した同じコンクールにリベンジしないと、先へは進めない事がはっきりしていたので、
焦っていた。
早く、早く取り戻さなくては、もう間に合わない。

でも、やらなきゃと思えば思うほど、音楽やピアノは僕から遠ざかって行った。

「こんなに好きになろうと努力しているのに、どうして歩み寄ってくれないのか」

僕は疑問でならなかった。
「努力は必ず報われる」と信じていたから。
でも、いつまで経っても、音楽を好きにはなれなかった。
もはや、落選したことは、ただの「ショック」ではなく、「コンプレックス」となっていた。
僕は、心を閉ざした。
希望を持とうとすればするほど、いつも傷つく結果になるから。
そして、僕の心の中の灯火は、完全に消えてしまった・・・。

肩の力がふと抜けていった気がした。
それまで僕に取り憑いていた「音楽」という悪魔が、どこかに逃げ去って行った気がした。
初めは清々していたけど、その脱力感は、ただの虚無感だということがすぐに分かった。
人間の心なんて、最終的には単純なんだと分かった。
たまねぎの皮をむくように、一つ一つ丁寧にはいでいったら、最終的に残った感情はすごくシンプル。

そう、結局は、「大好き」なんだ。

大好きなのに、努力しても振り向いてくれないから、「好き」が「憎い」に変わってしまった。
愛というコインの裏にはいつも憎しみという強いエネルギーが存在しているのだ。
それがコイントスのように、入れ替わってしまうような事が、僕にも起きていた。

「このままじゃいけない」

そう思って、やっぱりピアノを弾いてみる事にした。
一度だけ、一度だけ挑戦してみよう。
そう思った。
そして、レッスンへと出かけたある日、僕は「舟歌」と出逢う。
けして素晴らしい演奏ではなかったかもしれない。
でも、この曲が持っていた、あの「切ない笑顔」。
ショパンが作った曲だということすらその頃は分からなかったけれど、
でも、舟歌の旋律は、孤独だった僕を抱きしめてくれるようだった。
暖かい波の伴奏は、僕をゆっくりとどこかへ運んでくれるようだった。
ロマンティックに、ドラマティックに、繊細に、優しく、僕と一緒に泣いてくれているようだった。

僕は、レッスンを待たずに、独り夕暮れ時の街を歩きに行ってしまった。

先生は心配したことだろう。
でも、僕にはそうするしかなかった。
泣いてるところなんて、誰にも見られたくなかったし、独りになりたかった。

そして、あの美しい曲をいつか弾くんだ、という大義のもとに、もう一度歩き出した。

あの曲は何の曲だったか、必死で探し回った。
でも、わからなかった。
僕の最愛の舟歌は、まだ僕のもとには訪れてはくれなかった。
だけど、絶対に探し出すという気持ちが、僕を歩かせた。
もう、命さえ惜しくないと思った。
だから、歩くのではなく、走り続けた。

次のコンクールまで、一日12時間は練習していただろう。
中学も殆ど行かずに、ただただ、ひたすら何かに取り憑かれているように練習した。
そして、次の年、中学2年生の時の同じコンクールで、優勝した。

でも、悪魔に心を売ったように練習した僕には、何も残らなかった。

第1位  清塚信也

という張り紙を見ても、何とも思わなかった。
皆がその張り紙をみて喜んだり怒ったり、笑ったり泣いたりしている。
予選落ちの落ちこぼれだった僕からしてみれば、
皆が一心に僕の名前を見ている光景が不思議だったけれど、そこに「感動」はなかった。
バカらしくて、笑いさえこみ上げてきた。
大の大人たちが、こんなかみっぺら一枚で、何をしているのだろうか。

「茶番だ」

そう呟いたのをよく覚えている。
それから、僕は色々なコンクールやオーディションで優勝や入賞を繰り返した。
悪魔に心を売って得た力は、思いのほか強かった。
「音楽に心がこもっていなくても、人が喜ぶ演奏をすればそれでいい」
コンクールという戦場が僕に教えてくれた言葉だ。

そんな日々を繰り返していたある日、あの、運命の「舟歌」と再会することになる。
やっと、あの曲が、僕のもとに訪れてくれるのだ。
それは、また、誰かのレッスンで弾かれていた。
あの時の感動は今でも忘れない。

あの、純粋だった頃の心が蘇ってくるようだった。
結果なんか出なくても、必死で音楽を追い求めていた時の僕。
どんなに険しい道でも、歩くための理由が、「好きだから」というだけで充分だったあの頃。

僕は、舟歌を何年かぶりに聴いて、いや、その曲がショパンの「舟歌」という曲だった事を知って、
優しい気持ちになった。

でも、心が痛かった。
まるで、昔の恋人にバッタリ出会って、今の廃れてしまった自分を見せたくないような気持ちになった。

そうだ。
ずっと忘れていた。
この曲が弾きたくて、僕は悪魔に心を売り飛ばしてしまったんだ。
今まで、何をやっていたのだろう。
何のために、僕は歩き続けてきたのだろう。

戦場から帰ってきたら、音楽という恋人は違う誰かのもとに行ってしまっていて、そのショックから、
僕は何のために戦って還って来たのか、忘れていた。

放心状態のまま家に帰って、何かを思い出したかのように、
いや、あの時の続きをやっているように、大なきしたことを覚えている。
気付けば、舟歌の楽譜は、ずっと僕のもとにあった。
やたらと難しそうに見えるから、この楽譜があの曲だとは想像もできなかった。
でも、舟歌は、ずっと僕の傍にいてくれたんだ。
大切なものを追いかけることに夢中になりすぎて、本当に大切なものがすぐ傍にいることに、
気付けなかった。

僕は落胆した。

自分が情けなかった。

でも、一音ずつ、ゆっくり、はじめて、この「舟歌」に触れてみた。

それは、宝石の数々が鍵盤から零れ落ちるかのように、ステキな曲だった。

その後、すぐに先生に「舟歌をやりたい」と言ったが、「まだ早い」という理由で却下された。
でも、僕を止めるものは何もなかった。
先生に教えられてたまるものか。
と、すぐに、僕は舟歌を練習し始めた。

離れていったと思って恨んでいた舟歌。
だけど、舟歌の楽譜は、いつも傍で僕を見守っててくれた。

そんな事実を知って、その愛しい楽譜を手にしたとき、僕は、はっきりとあの感情を抱いていた。

「切なく、笑う」

ほのかに笑っているけれど、それは、悲しみや苦しみ、全ての切なさを「受け入れた」信号。
けして楽しいからではない。
でも、人生で一番自分が優しい気持ちになれた気がした。
それまでの、あの中一の落選から、全てが狂った瞬間からの出来事が、走馬灯のように駆け巡った。
そして、受け入れた。
そして、僕は、笑った。

    「ごめんね、もう、大丈夫だよ。僕は戻った。」

そんな気持ちだった。
そんな、優しい、気持ちだった・・・。


ショパンは、一体死に際に何を思ってこの曲を書き上げたのだろう。
自分では殆ど弾けない状態まで身体は弱っていたのに。
どうして、こんなに優しい曲がかけたのだろう。
いや、その応えはもう出ている。
あのときの、僕の気持ちは、それに近いものだったかもしれない。
ただ、それは、言葉ではあまりに無力なほど、繊細で、神秘的な心の状態だということは確かだ。

あれから10年以上経って、僕は舟歌を弾き続けています。

    「いいんだよ。思い切り泣きなさい」

そんな気持ちで、いつも弾いています。
そして、祈っています。


「今度は、どうか、僕の舟歌によって、誰かが救われますように」

と。

2007.06.26

質問DIARY

僕は休日にぼーっとするのが苦手です。
昔から、同じ場所に留まっているのがすごく苦手で、
小学生の頃は、5分と自分の席についていませんでした。
もちろん、通信簿にはいつも「席につきましょう」が書かれていました。
でも、ぼーっと河川敷に座ってる人なんかを見ると、結構憧れたりします。
「ぼーっとできて、いいなぁ・・・」

でも、音楽家にとってのリラックスは、結構重要な問題になってきます。
なので、日頃から色々な人に「どんなストレスの解消の仕方をしてますか?」「リラックスの仕方は?」
などと訊いてまわっています。

今日はブログで尋ねてみよーっと。^^
皆さんはどんなリラックスの仕方をしていますか?

2007.06.22

愛が壊れるとき

ショパンとサンド
音楽家と小説家
女性っぽい男と男装した男勝りな女
一見不釣合いなこの2人は、恋人同士だった・・・


ショパンがパリに移ると、そのミステリアスな気品がご婦人方に大うけして、一躍人気者となる。
ショパンが活躍していた社交界の中には、
ゲーテ、ドラクロワ、バルザック、リスト、シューマン夫妻などなど、
後に何百年も名を残すような大物が揃っていた。
その中でも一際輝いていたのだから、やはりショパンの才能はすごい。

あるパーティでショパンはサンドと一緒になる。
そして2人は出会った。
その時ショパンは「男装趣味の不気味な女がいた」と親友に手紙を送っている。
しかし、2人はやがて惹かれあう運命にある。
男勝りで有名なサンドも、ショパンと2人になると1人の女性。
彼の結核を優しく包み込むように看病し、彼女の連れていた2人の子供と供に旅行などに出かける。

しかし、療養と思って出かけたマヨルカ島がよくなかった。

ショパンの弱っている身体には、マヨルカの気候は湿気も含めて全てが裏目に出る。
そして、パリほど教養のなかった島住民たちは、彼の結核を煙たがっていた。
一度寝たベッドを必ず買い取らなくてはいけない始末。
お金も段々と減ってゆき、ショパンは半ば狂気になっていた。
そこで作曲したのが「雨だれ」である。
一見綺麗な曲だが、本当は、狂気的なエネルギーの働いた、恐ろしい曲だ。
そして、サンドの2人の子供もショパンには懐かず、二人の仲を険悪なものにしていた。

それでも、サンドはショパンを優しく包んでいた。
ショパンも、音楽によって、その愛に応えていた。
2人の愛は永遠かと思われた・・・

しかし、マヨルカから帰ってきて間もなく、2人の距離が段々と広がっていってしまう。
サンドはフランスの革命に興味を持ち始め、
ショパンは相変わらずこの世で一番美しいノクターンやマズルカを作っていた。
そんな2人の距離は広がっていく。
そして、やがては破局へと進んでいってしまう。。。

2人ともすごく頭のキレる人だし、人の心をちゃんと理解している人だった。
だから、2人にはきっと「破局」という道が見えていたと思う。
だけど、2人はそれを阻止しなかった。
できなかったのであろうか?しなかったのであろうか?
でも、ショパンにしてもサンドにしても、
「このタイミングで意地を張ってしまったらもう離れ離れになってしまうだろうな」
という瞬間があったに違いない。
その時、あと一歩踏み出せれば、破局にはならなかったかもしれない。
それでも、2人とも、近寄らなかった。
歩み寄らなかった。

ショパンは後で後悔したのだろうか?

僕は、ショパンのようにはなりたくない。
もし、今自分の一歩で、未来が変わるのならば、それが解っているのであれば、
僕は何が何でも「一歩」を踏み出したい。
守るべきものは、プライドか未来か。
これはそれぞれの価値観に委ねられているかもしれません。

ショパンはサンドと破局してから、急激に身体の具合を悪化させます。
そして、あっという間に亡くなってしまう。
最後は、170センチの身長に50キロも満たない体重だったそうです。

マヨルカ島で夕日を見ながら、サンドの入れてくれたホットチョコレートを飲みつつ、
プレリュードやノクターンをピアノで弾く。
お互いの背中を合わせながら、もたれあいながら、至福の時間を味わったのでしょう。
そんな思い出を思い出しながら、独り孤独と闘いながら死にゆくショパンの最期。
それを知っていて、すぐ近くにいるのに、絶対に会いに来ないサンド。
結局、ショパンのお葬式にすら、顔を見せなかったそうです。

何が2人をそうまで引き離したのか。

僕には解りません。
でも、自分から動けば、それが道となる「一歩」。
それを踏み出す事、それが大切なのだと教えて貰いました。

フレデリク・フランソワ・ショパン。

ポーランドのワルシャワが生んだ、人類の宝。
僕は、あなたが出来なかった一歩を踏み出してみようと思います。
そして、貴方が最期に、病気のせいで出来なくなったコンサートをたくさんしようと思います。
マズルカや舟歌、ポロネーズやソナタ、貴方が弾けなかった曲たちを、僕は受け継ごうと思います。

孤独に死にゆくとき、あなたは何を考えたのでしょうか。

自身の死期を悟った時、あなたにはどんな音楽があったのでしょうか。

それを、僕はこれからゆっくりと考えていくことにします。

幸せにも、それを、一緒に考えてくれる方々が、僕の周りにはたくさんいるのです。

それもこれも、あなたが美しい音を残してくれたおかげなのです。

ありがとう、ショパンさん。

あなたの美しい曲を、安らかにお聴き下さい。

2007.06.19

人生の道しるべ

過去を振り返るという事は、悪い事じゃない。

僕はそう思う。
尊敬するイチロー選手は、「僕は、今はまだ過去の栄光には振り返らない」と、言っていた。
振り返るのは、現役を引退してからだそうだ。
うん、これにはとっても共感できる。
僕も、コンクールで賞を獲ったり、大きなコンサートを成功させても、その功績に浸るという事はしない。
それらは、その行事が終わったときから、もう既に僕の中で「過去」になってるから。

でも、そういう意味じゃなくて、良い思い出の数々を思い出すという事は、僕はいいことだと思う。
辛かったことや、今でも引きずっているような悪い思い出を思い出すのも、時にはいいかな、とも思う。
それを、最低限自分が壊れてしまわないくらい受け止められているならば。
そういう思い出を思い出して、これから前へと進む力にしようとしているならば、
それは「衰退」とは言わないのではないでしょうか。

僕にとっての思い出は、いつも音楽と供にあります。

大体がクラシックだけれど、中にはジャズやポップスも。
色々な音楽が、僕の思い出を鮮明に思い出すことを手助けしてくれます。
ただの記憶としては中々思い出せないことも、その時聞いていた音楽が流れる事によって、
その時の香りや肌触りまで思い出せるようになる。

そう、言わば、音楽は、心の中の日記帳のような役割。

家族で一緒に行った旅行。車でかかっていた音楽。
運動会で流れていた曲。思い出の場所にいつもかかっていたあの曲。
本当に、世界は音楽で満ち溢れている。

今でも、仕事や人ごみに疲れて心が塞いでしまったときに、ふとそういう音楽を聴くと、
その時の幸せな気分に戻れる。
「あぁ、音楽にはこんな力があるんだ」そう思える。

だから、どんな音楽でもいい、幸せな時間に音楽を流してあげてください。
幸せな時間に流す事によって、その音楽には「幸せな条件付け」がされるのです。
それを、いつか道に迷ったときの自分や大切なあの人のために、ストックしておいてくださいね。

音楽家は、夢を売る商売なんかじゃないのかもしれない。
音楽家は、幸せな感覚を思い起こさせるスイッチみたいなものかもしれない。
少なくとも僕は、そうありたい。

感動する心。
それは皆様のお力です。
けして僕の力だけじゃない。
僕の力だけでは足りません。
どうか、皆様自身が、前へ進むために、道しるべとなっている音楽を思い出してください。

前進しようとしない者が、追憶の日々に浸っても仕方ありません。
薬だって、体内の麻薬作用だって、「ケガや病気を治すため」に使うから、正等なのです。
ただ、浸るだけに使ってはいけない。

今日の僕の道しるべは、ショパンのバラード1番。
美しくも切ないメロディーが、僕を前へと進ませてくれます。
29日の藤沢の演奏会で弾く予定。
是非僕と一緒に体感して下さいね。

後ろを振り返ったからって、あなたは弱い人じゃない。
いや、弱い人だからこそ、「勇気」という力を得る権利を持っているのです。
少し休んだら、ちょっとだけでも、前へ進んでみましょう。^^

2007.06.18

DIARY

何かを我慢した後に得る幸福感や達成感は、どの感動にも負けないパワーを持っていると思う。
クラシック音楽や、映画館での映画鑑賞、生の舞台演劇など、
いわゆる、「集中して、辛抱して見続けないといけないもの」の人気が落ちてきている。
これは、これからの日本にとって、少し危険なことではないのかと思う。
スリルや刺激でアドレナリンを分泌させて、目先の快感を味わうことが「感動」だと取り違えては、
絶対にいけないと思う。
確かに、ストレス発散などの効果はあるかもしれないが、後の人生に大きな影響を与えない。
何も残らないのだ。
僕は、芸術を鑑賞するということは、仕事や勉強をするのと同じくらい、大変な作業だと思う。
そんなに、簡単なことじゃない。
集中しなきゃいけないし、生の舞台は、ひとつ見落としてしまったら、まき戻しなどできない。
全てをこぼさずに記憶するために、かなりの集中力を使うと思う。
それは「疲労」に繋がってしまうが、しかし、それを乗り越えてこそ得られる深い感動があると思う。
こちらから、耳を立てて、かすかに鳴っている細い音を聞き入った事が、最近ありましたか?
五感をフルに使って、生きている心地を実感したことが、最近ありましたか?

僕は、感性を取り戻す事で、幼少の頃に持っていた素直で暖かい心を思い出すことが出来ると、
信じています。

僕の音楽がそれに値するように、毎日を大切に生きてゆこうと思います。

2007.06.14

皆で泣きましょう。そして、感謝しましょう。

僕は大切なものを失くした事があります。
僕は大切な人を亡くした事があります。
その時は、「もうこれ以上は歩む事をやめてしまいたい」と思ったけれど、
今は、僕を大切だと思ってくれている人のために、一生懸命生きていられます。

夜の飛行機で、遠くに東京の光が見えたとき、
心に染み入る美しい音楽を聴けたとき、
香りだけでもとろけてしまいそうな美味しい食事をしたとき、
凍りつく冬が明けて、春のそよ風を頬で感じたとき、
人から、暖かい愛を受け取ったとき、

僕は泣きます。

その時の涙には2つの意味があります。
一つは、「生きていて良かった。なんて幸せなんだろう。」
もう一つは、「あぁ、あの人にもこの幸せを同じように感じさせたかった。」

ステキな飛行機でのフライトも、美しい最上の音楽も、いつかは終わりがきます。
そう、全ての感動には「終わり」が必要。それは、人生でも同じ事が言えるでしょう。
でも、いつかは終わるけれど、自分で終わらせることは出来ない。
人生だって、自分で終わらせてしまったら美しくない。感動できない。
美と幸せの前では、「終わり」という存在は皆に平等なのです。

僕にも、こんなに大好きな音楽でさえ、ただの騒音に思えるほど苦しい時がありました。
ショパンでさえ、一年間殆ど何も作曲できなかった時期があります。
あの、鉄人と言われるベートーヴェンだって、一度は自殺を決意しました。
でも、彼らは自分では絶対に幕を下ろさなかった。だからこそ、彼らの人生は美しく輝いている。

僕は、後で解ったけれど、死にたいとさえ思った苦しい感情は、ただ「泣きたかった」だけの間違い。
「死にたい」と「泣きたい」は似ているのです。でも、思い切り泣くのは、すごく勇気がいることです。
だけど、自分から幕を下ろしてはいけないのだから、何とか先へと進まねばなりません。
だから、勇気を振り絞って泣いていました。それ以来、本気で泣ける人を尊敬しています。

大切な人を失くしたり、大切な人から裏切られたり、自分の人生から「信用」という二文字が消えても、
歩き続けるのです。半歩だけでもいいから、歩みを止めてはいけない。
それは、貴方のためではありません。それは、あなたを密かに大切に思っている人のためです。
あなたを大切に思ってくれる、まだ逢ってもいない、未来のあの人のためです。
自分にとって本当に大切なものとは何か、それは苦しい時にはわかりません。
半歩でもいいから自力で歩いたら、その先に大切なものは待っています。
辛いときには、苦しい時には自分を思いっきり表現してください。
それが無理なら、大泣きしてください。それが、「半歩」にあたります。

僕は大切なものを失くした事があります。
僕は大切な人を亡くした事があります。
その時は、「もうこれ以上は歩む事をやめてしまいたい」と思ったけれど、
今は、僕を大切だと思ってくれている人のために、幸せに生きています。

今は、もういないあの人のために、「ありがとう」と告げて、泣く事が出来ます。
そして、泣いた後に、幸せそうに、「ありがとう」と小さく微笑む事が出来ます。
今は、失った大切な人に、感謝をする事ができるのです。
人の大切さを教えてくれたから。愛情の美しさを教えてくれたから。
今、僕は、僕の周りにいる全ての人に、こうやって告げることが出来るのだから。

     「みんな、生まれてきてくれて、本当にありがとう」

2007.06.12

半歩先の未来

「王子、ピアノが上手くなるにはどうしたらいいですか?」

この質問が殺到しています。
しかし、残念ながらこの答えは中々簡単には答えられません。
よければ、何日も徹夜でお話ししましょうか・・・^^;
しかし、ひとつだけ言える事と言えば、「続けるための努力をする」ということです。
つまり、ピアノや音楽を「好きでいる」という事。

ひとつの事を突き詰めてずっとやっていると、何かと楽しめない現実が出てきます。
その現実と理想との衝突によって、やめてしまう程の苦を与えられる事があります。
なので、いつも好きでいるという事は、意外と難しい。

まず、ピアノを好きでいるということは「ピアノを弾いている自分を好きでいる」という事と一緒だという事。
それを理解してください。
その上で、うまく自分に達成感を与えていくこと。
僕の場合、どうしても作曲する意欲が出ないとき、真っ白な五線紙に、
章節線だけ永遠と書いていきます。
すると、翌朝、相変わらず意欲は出なくても、
「章節線だけでも書けた」という達成感から、ピアノや五線紙に向える勇気が持てます。
それで一度動き出せれば、段々とサイクルが出来てきます。
とにかく、初めの一歩、いや、半歩だけでも動いておく事が大切なのです。

僕も、コンクールや仕事に追われて自分を見失った時には、
鍵盤の上に手を置いてから、後数mmだけで音が出せるのに、それが出来なかった経験があります。
その数mmが遠いのですよね。
挑戦する事が怖い。
そんな気持ち、本当によく解ります。
でもね、

人生の価値を高めてくれるもの。

そんな素敵なもの、お金で買えないものを、少しでも誰かに分けていきながら生きてゆけたら、
ステキじゃないですか。
僕もそうだったけれど、自分のために頑張れなくなったら、誰かのために頑張ればいい。
特定の誰かが探せなかったら、それは、未来に託すしかない。
でも、必ずいます、あなたの愛を待っている誰かが。あなたの勇気を必要としている誰かが。
そう信じて頑張る。そう信じて、一歩だけでも、半歩だけでも、動いてみる。それが大切なのです。
半歩だけでもいい。何かをやってあげれば、必ず自分のエンジンはかかります。
あなたの頑張りを待っている未来の大切なあの人のため、そして、
明日を生きる、自分自身のために、

さあ、動きましょう!

2007.06.11

邦門くんへ。  海より。

僕は東京で生まれ、育ったのも所沢や東京なので、「海」というものをあまり見て来ませんでした。
だからか、海に行くと今でも「憧れ」よりも「恐怖感」が先立ってしまいます。
「怖い・・・」
率直にそう思ったのが、高校生の頃にコンサートで行った鳥取からみた日本海でした。
何か前世であったのかな(笑
でも、嫌いじゃありません。
そんな「海への憧れ」から、僕は、空想の中でよく「大きな海」を曲にします。
そして出来た曲、「束の間の眠り」。
題名にあまり意味はありません。本当に束の間の眠りのときに一瞬で閃いたからそういう題名です。

この曲を、僕の親友の一人である、渡邉邦門(わたなべくにと)さんに献上させて頂きました。
彼はとても気に入ってくれて、彼のHPで流してくれています。

HPはコチラ→ http://www17.ocn.ne.jp/~kunito/

彼は石原軍団の看板を担っていくだろう、素晴らしい才能と美貌の持ち主です。
松山ケンちゃん共々、是非応援して下さいね!^^

それにしても、どうして海が怖いのかなー。
この感覚共感できる方いらっしゃいますか?
水が怖いのとは違うんですよ。何かの生き物が僕を喰いつくそうとしているような、そんな感覚。
でも、それが心地良いのです。
自分が絶対に勝てない相手を目の前に、すごく脱力感がある。
むしろ、そのまま喰いつくしてくださいって感じです。(笑
海といえば、ドビュッシーにそういう題名の交響曲がありました。
とってもいい曲です。
さ、今日はそれをテーマ曲にして一日頑張りますよ。
皆様にも、どうか美しい一日を。

2007.06.09

DIARY

今日もたくさんの方から暖かいエールを頂きました。
本当にありがとうございます^^!
明日は青森~。
初めていきます。ケンちゃんの故郷。
何でも、霧が濃いから危険という理由により新幹線移動です。
ちょっと長いけど、その時間を、神様から貰ったと思って有意義に使います!
明日も僕を見かけたら一声下さいね^^
おやすみなさい。

2007.06.08

今日からの贈り物

今日のコンサートの後、自作のドキュメントDVDを頂きました。
難民における、日本での生活がテーマでした。

「裕福すぎて、自殺するんだ。僕の国ではゴミを拾って食べてでも、一生懸命生きている」

そう語っていたのが印象的です。
世の中には、自分の苦しい部分を出さないために「笑顔」という仮面を被っている人がたくさんいる。
お金を分けても一番大切な部分をあげられなかったら意味がない。
人が幸せに生きていくのに必要なのは、まずは、愛なのです。
もちろん、それだけでは生きていけないけれど、それがなくては意味がないと思います。

DIARY

今日は、僕の尊敬するチェリスト、先輩、お姉様である水谷川優子さんと合わせ練習をしました。
四谷の紀尾井ホールからすぐのスタジオでの合わせでした。
水谷川さんは、本当に同じ日本人とは思えないほど感性の鋭い方で、
一緒に練習していても、そのお言葉からは、詩を聞いているかのような印象を与えられます。
「そこの音は強く弾こう」
とか、そんな、ありきたりな言い方をする音楽家もいますが、水谷川さんは違う。
きっと、公開練習なんかしても面白いんじゃないかな、なんて思います。
そのうち、皆様にも僕と水谷川さんとのデュオを聴いて頂ける機会があるかと思います。
是非、聴いてみてくださいね。
水谷川さんのチェロは、とても包容力のある、暖かい響きです。
ショパンやラフマニノフが、チェロが大好きだった訳が、あらためてよく解ります。

2007.06.07

矛盾、葛藤、そして芸術。

本当に寂しい時
本当に孤独な時
どうしようもない苦しみが人を取り囲む。
誰も助けてくれない、誰も周りにいない暗闇。
孤独感は、人から希望を盗みとっていく。
「もう、だめだ・・・」
そう諦める時は、大抵の場合周りに自分の苦しみを理解してくれる仲間がいない時だ。

そんな思いをしている人が、世の中には本当にたくさんいる。
いや、たくさん、というか、みんなそうなのではないだろうか。

多かれ少なかれ、みんな、そういう思いを、人生で一度以上は経験するだろう。

僕はそんな時どうしていたかなぁ。
うん、やっぱりピアノを弾いていたかな。
大体がピアノが原因で孤独になる事が多かったけれど、
その、「孤独」の原因を作っているピアノで、また、「孤独」を癒されていた。
本当に、ピアノは僕にとってやっかいな恋人みたいだな。(笑
その人が原因で寂しくなったり、その寂しさを、その人自身が癒してくれたり・・・。


人には大きく分けて2タイプあるらしい。
ひとつは、
悲しかったり孤独だったりするとき、「忘れよう」として、楽しい時間をおもいっきりはしゃぐ人。
もう一つは、悲しさや孤独を連想するような音楽などを聴いて、
もっとどっぷり寂しさにはまっていこうとする人。

僕は明らかに後者。

孤独なときは、思いっきり孤独な自分を表現する。
もちろん1人で。
それが気味悪いほど音に表れてくる。
もしかしたら、そんな時に弾いているのが、僕の作曲した曲に生まれ変わっていったのかもしれない。
神童でお世話になった手塚さんにも、ケンちゃんにも、串田さんにも、

        「孤独な音だね」

って言われたことがある。
もちろん、音の感じ方は人それぞれだから、いろいろな意見があると思います。
だけど、可能性があるとすれば、僕の曲は孤独な時に生まれる事が多いという事。

仕事が大変な時は寂しさなんて感じていられない。
本当に孤独なときは、人生の戦いを生き抜いて帰還してきた後のホッとした時間だ。
その時初めて自分が連れ帰ってきた「孤独」と対話することになる。
そんなとき、僕は慰めるためにピアノを弾いた。
時折、雨が降ったり、風が吹いたり、色々な環境の変化を感じながら、じっと、座って、音を感じる。
一音だけでも、充分なときと、メロディがなってくれてなきゃイヤなときと、色々ある。
黄昏時に響く音は、歌詞もないのに、いや、歌詞がないからこそか、自分の心の中まで浸透してゆく。

「がんばれ」「君ならできるさ」「あともう少し」

誰かの決まった言葉では、心が壁をつくるだけ。
本当の孤独とは、そういうものだ。人からの優しささえ、孤独に力を加えてしまう。
だけど、音は違う。
音は、今一番欲しい言葉に形を変えて、心の中に入り込んできてくれる。

それは、

     「もう、大丈夫だよ」

                という言葉に似たものだったかもしれない。

ピアノのやつ、自分で孤独にしておきながら、よく言うぜ(笑
でも、ファウストの序章に書いてあった。

詩人:僕は、自分が納得できる、心から溢れ出る、掛け値なしの、この世で最上の言葉をつむぎ出せれば、屋根裏でねずみだけが聞いている環境だろうと、満足です。それが芸術だと思います。

道化師:それは違うよ。心から溢れてこなくとも、人の心に響く言葉ならば、それでいいんだ。人が感動してくれる。それが芸術さ。

・・・。
難しい問題だと思う。
僕が孤独なとき、誰かのためではなく、僕のために音を鳴らしている。
確かに、その時はその場だけで生きていける気がする。
だけど、芸術家としてあるために、誰かにこれを聴いて欲しくなる。
しかし、人に聞かせる以上、何かの技術は必要となってくる。
困るのは、その技術と音が、矛盾する関係の時が多いのだ。

でも、ケンちゃんと対談したときも2人でその意見に達したけれど、

「きっと、葛藤し続ける事が大切なんじゃないかな」

と思う。
詩人にも、道化師にもならずに、2人を心の中でいつも対談させている状態。
ある意味宙ぶらりんで不安定かもしれないけど、その状態でずっといなきゃいけない。
そう、矛盾を両手に抱えて生きることこそが芸術家としての性分なのかもしれない。
いや、人として生きる事自体、矛盾をいつも抱えなきゃいけないんだと思う。

ピアノや音楽だって、いつも矛盾。
矛盾だらけ。
何のためにやっているか、どうしてピアノを弾くのか。
考えれば考えるほど矛盾だらけ。
人と人との関係だって同じだ。
だから、いつも上手くいかない方が多いのかもしれない。
世間は、厳しいもんね。

だけど、僕は、僕のように孤独を感じた人、感じている人にとって、
心のガードが通じないような細かい粒子になりたい。
そう、僕の音をもって。

「もう大丈夫だよ」

って優しく抱きしめてあげたいと思う。
それには出逢いとタイミングが重要だと思うけど、でも、きっと音楽にその力があるって信じてます。


ヤマアラシのジレンマというお話を知っていますか?

2匹のヤマアラシのカップルがいます
彼らはお互いの身体に刺をもっています
ある日、寒さをしのごうと二人は体を寄せ合います
しかし、お互いの刺でお互いを傷つけあってしまう・・・
慌てて離れてみるが、今度は離れすぎて凍えてしまう・・・

というお話し。
これはしばしば現代における男女の心理になぞらえて紹介されすお話です。
僕がヤマアラシだったら、どうするかな。
相手を考えて離れるかな。
それとも我慢できなくて傷つけあってでも一緒にいるかな。

・・・うーん、もし、相手が許すなら、どんなに痛い思いをしても、一緒にいたいな。

人生は、戦場だ。
そんな言葉をしばしば耳にします。
あなたが戦場から無事に帰還してきたその日、もし孤独感に襲われていたら、
僕の音楽はそこに寄り添っていきたい。
こんな奇麗事だけれど、僕の歩いてゆく活力なのです。
お赦しを。

今日はラフマニノフのチェロソナタ第3楽章にのせて、このブログを書いています。
最後まで読んでくださいまして、ありがとうございました。

2007.06.05

月刊エレクトーン

今日は新宿で「月刊エレクトーン」の取材でした。^^
エレクトーンプレイヤーの冴咲賢一さんこと、「冴さま」との対談でした。
何だか、対談や取材で、同じ周波数のお話しが出来たのは初めてじゃなかったかな。(笑
とにかく、意気投合してしまい、同じ音楽家として大切な仲間ができたと思います。
雑誌は7月発売だそうです、是非みてくださいね!
エレクトーン、中々魅力的な楽器です。
ピアノとも色々できないかなぁ。

冴さまもケンイチというお名前で、何だかけんちゃん仲間が増えました(笑
そうそう、そういえば、
サッカー日本代表のコロンビア戦を観ていたら、ケンちゃんのCMが!
みんな、こぞってあのビールを買いにいきましょうね~。

心理に負けるな!

「あの人、私がピンチだったあの時、全然何にもしてくれなかったから、私も絶対何もしてやらない。」

「あいつ、俺の誕生日に何もくれなかったし、俺だって何にもあげたくない。」

「ほっといたらメールも電話も全然くれないし、私も電話やメールするの、もぅやめよっかな。」


自分しか相手にアプローチしてないと感じる事は、人間にとってかなりのストレスです。
相手が自分のアプローチに見合ったものを返してきてくれないと、
優しさを贈り続けるのは難しくなってきます。

何だか、いつも自分だけが頑張っているような・・・

そんな気分を味わう事は、「孤独」という最悪な後味を残します。
人間の歴史上、本当の「孤独」で生きてきたことはありません。
つまり、人間は独りでは生きていけないのです。
それは、誰もが認めなくてはいけない事実。

マナーや気遣い、法律などは、「孤独に陥らないための決まり事」と、言っても過言ではないでしょう。
そうです、集団で生きていくために、僕らは秩序を守らなくてはいけないのです。
災難が、自分に返ってこないように、自分も誰かに災難を起こさないという事です。
先日あるTVで小学生が、「どうして殺人はいけないの?」と信じられない質問をしていました。
本来、集団を守ることで生き抜いててきた人間は、
「仲間が減る」という事自体が危険を意味してきたため、
「同じ種の仲間が亡くなってしまう」という事に、「どうして?」という疑問を持つ事自体がおかしなこと。
でも、時代が変わり、環境も変わり、そういう事を疑問に思う子供たちが増えてきたようです。


どうして殺人はいけないか、といえば簡単です。
「自分の大切な人に返ってこないように」、です。


人は、自分のアプローチに相手が見合ったものを返してきてくれないと、とても悲しみます。
そして、相手がしてくれるアプローチに見合ったくらいのものに、自分もレベルを下げようとします。
もしくは、相手の優しさより、下回るくらいに、自分の優しさを設定してしまいます。

つまり、自分が10優しさを上げてるのに、相手が8しかくれていなかったと感じると、
相手と同じ8の優しさか、もしくは「8未満」の優しさにしてしまうのです。
そして、「8未満」の優しさに対して、相手はまたそれ以下に下げてきます。
そうして、お互い下げあって、いつかは「0」に・・・

しかし、これはあくまで「心理」です。
心理は自分たちで変えられる。
心理は「運命」ではありません。「宿命」でもありません。
誰も、そういう風に生きなきゃいけないなんて決めてない。
その心理に従うかどうか、自分の奴隷になってしまうかどうかは、僕たち次第。

僕は、そんな心理に負けたくない。

親でも、兄弟(姉妹)でも、親友でも、恋人でも、
とにかく一番といって良いほど大切な人を思い浮かべてみてください。
絶対に失くしたくない、自分にとって、自分より価値があるかもしれないあの人の人生を。
その人が、「誰かに殺される」なんていう事、あなたは耐えていられますか?
大切なあの人の笑顔が、ガラス窓に石を投げ込まれるように無残にも壊される事を、
そんな危険性のある生活を、あなたは想像できますか?

そう、あなた自身の大切なものを守る事。
それが優しさなのです。
人は、やられたことをやり返そうとします。
だから、自分から誰かに嫌なことをしてはいけない。迷惑をかけてはいけない。

確かに、人間には今まで生きてきた歴史でもある、「心理」と言うものが存在します。
それは、DNA単位で刻み込まれている、深いものかもしれません。
でも、それを上回るのは、あなたの「意志」だ。
そんな心理なんかに負けるな!
自分の中にいるもう1人の自分の命令なんかに使われるな!

僕は、相手の優しさが「8」だろうと「0」だろうと、自分のあげられる優しさ全てを献上することで、
本当の幸せが生まれると信じています。
いつもいつもってワケにはいかないかもしれない。
そりゃ、人には気分の波がありますし。
でも、いつも「10」の優しさをあげようとする努力をすることこそに、
本当の意味があるのではないでしょうか。

相手が自分より冷たいと思ったら、黙って、怒りや悲しみをかみ殺して、受け入れましょう。
そして、微笑みながら、喜んで相手を抱きしめてあげましょう。

心理学者は言います。
「いや、それが人間の心理なんだから、それに従うしかないんだよ」
そんなの違う。
僕らは「意志」で生きているんだ。
あなたの意志を止めることができるものがありますか?
そんなもの絶対に存在しません。
もしあるとすれば、あなた自身の中に寄生している、もう1人のあなただ。

肉体や本能の奴隷になってはいけない。
1人の優しさから、世界は変わるのです。

さ、僕らで少しずつ変えて生きましょう。^^


「心理」になんて、絶対負けない!

2007.06.04

ピアノ上達法

・・・どうして駄目なんだろう。
この1章節だけで、もう百回はとっくに越してるくらい練習してるのに。
前からの流れが不自然かな?
音がちゃんとはっきり出てないかな?
手首が硬かったかな?
・・・う~ん、どうしても駄目だ。


努力しても努力しても報われないと、人は「諦め」というまやかしに魅力を持つ。
諦めれば、楽になるに違いない。
そう勘違いする。

逆に、少しずつ上手くなってる時は、また次の努力がしたくなる。
「達成感」という名の原動力。
この力を手にしたものは、もう何も心配いらない。
動き出した船は、そう簡単には停まらないから。

だから、ダメ男(ダメ子)とデキ男(デキ子)との差がぐんぐん開いてゆく。

出来る人は、何をやっても人より輝いている。
彼らは、「達成感」という力を武器に動いているのだ。
一方、出来ない人は、いつも、出来ない自分を責めて、何をやるにも自分で首を絞めている。
「劣等感」という病気だ。

だから、ピアノも、少しずつでも達成感を味わうことが大切。

そうじゃないと、いずれ嫌いになる。

そう、ピアノが上手くなる秘訣は、「好き」であること。
これ以上の上達法を僕は知らない。
僕がピアノで詰まったとき、大抵は「心から弾けてない時」である。
根本的には、テンポのせいでも、手のせいでもない。
その章節を、心から歌ってあげていないからダメなのである。

でも、いくらアプローチしても振り向いてくれなかったら、段々自信なくなってきちゃうよね。

でも、そんな時にこそ愛は必要なんだ。
「好きでいること」
これが全ての根本。

何か、どうしても上手く行かない事があるとき、「好きでいるか」って自問自答してみてくださいね。

そして、「好きでいられるにはどうしたらいいか?」っていつも考える事。

心や感情は脆くて不安定なものだから、どうしても頼りにしにくいけれど、
知識や技術が人を支えているのではないのです。
頭で計算できる事は、心からあふれ出て来る「気持ち」に属してなくてはいけません。
そして、その「気持ち」は、誠実で、謙虚で、素直であると尚いいですね。

あなたのためにいつも頑張ってくれているあの人に、時には「好き」って心から言ってあげて下さいね。

その一言だけで、前進する力は大きく変わってきます。

さて、先日の岩手でのコンサートで、またまたとっても素敵なイラストを頂きました。
ピアノをかたどった表紙を開けると、僕とケンちゃんがと~っても素敵に描かれていました。
えびさん、ありがとう!!

「すごいね~、嬉しい。わぃも感謝しなきゃな~」

って、ケンちゃんもと~っても嬉しそうにしていましたヨ。
神童で初め出会った時は、そんなこと微塵も言いそうになかったのに・・・
今となっては、本当に優しい目をするようになった気がします。
きっと、周りにいる全ての人の愛で、変わったんだろうなぁ。
彼は劣等感や不安に負けないで、みんなの事を愛してあげれたんだろうなぁ。

僕も、心暖まる皆様の応援と愛のおかげで、いつも本当に助かっています。
心から、ありがとう。


卵があったから、ニワトリは生まれたのか。
ニワトリが卵を生んだから、卵があったのか。

人を愛するために、自分が愛さなきゃいけないのか。
自分が愛するから、誰かが愛してくれるのか。

どっちが先かなんて分からないけれど、

でも、愛されるという希望がある限り、僕は自分から愛していこうと思います。

その一歩が、大切なんだもんね。^^

2007.06.01

DIARY

BBSに感想を書いていただけること、たくさんの方からの励ましのメールやお手紙、
コンサートのサイン会での「ブログ読んでますよ」の一言。

「あぁ、なんて暖かいのだろう」と、いつも感動しながら感謝しております。
本当にありがとうございます。

今日は某スタジオにてレコーディングでした。
僕は、皆様に支えられて、元気一杯いつもどこかでピアノを奏でていますよ。
明日からは岩手です。
今回はどんな出逢いがあるのでしょうか。

「人生の交差点」
僕のコンサートにはこんなテーマがあります。

人生は「失えるものをどれだけ得れるか」が勝負。
失えるものの数ほど、幸せも増してゆきます。
そして、「出逢い」だってそのひとつ。
すれ違いと出逢いは紙一重ですものね。

一言だけでも、僕に声をかけてくれれば、そこから「出逢い」が生まれるかもしれません。
その一言がなかったために、ただの「すれ違い」になるかもしれません。
一度しかない僕らの人生。
せっかく交差点でばったり出くわしたのですから、どうせなら、僕は、皆さんの笑顔がみたいなぁ。
なんて、いつもワガママな僕です(笑

さぁ、明日も愛を込めて、世界に届く音を奏でるぞ~。