清塚信也 OFFICIAL BLOG: 2007年10月

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2007.10.27

誰ピカ

たけしの誰でもピカソが昨日放送になりました。
サオティとタカピーとまたコラボりたいなぁ。
「夢をかなえる」というのが最近の僕のブームなので、是非またコラボしたいと思います。
新しい芸術を生み出すという夢に向かって爆走です!^^
番組を観てくれた皆様からたくさんのメッセージやご感想を頂けました。
TVの力はやっぱり強大だなぁ。

まぁ、それにしても、けんちゃんのメッセージですよね…笑
実際収録の時けんちゃんのメッセージが流れるまでは僕は知りませんでした。
サプライズだったのでちょっと感動してたのですが、
初めから最後まで、一度も褒めず。笑
まさに「いつも通り」でした。
スタジオでは「王子」というテーマを盛り上げようと、何かと王子というキャラを立てて
下さっていたのですが(特にまりなさんとか)、けんちゃんのメッセージでそれも全て

            水の泡(-_-#)

                    に。笑

「ふん(鼻で笑う音)、王子…」
「まったくもてない」
「残念ですよね」

スタジオの客からまりなさんから、びっくりしていました。笑
僕も心の中で(このやろう…(メ-_-))と。笑
メッセージの後のまりなさんのリアクションが、ちょっとどもりながらも、
「な、仲良いんですね〜!はははははー」
という完全なる「フォロー」でした。笑
けんちゃんめ。

でも、とても嬉しかったです。
ただでさえ「ソロピアニスト」という孤独な商売。
舞台ではいつも自分を信じるしかない。
僕は今までの人生、色々な意味で「独り」でしたから、
こうやって、「公の場で悪口まで言える親友が出来た」
と思うとなんだか心が温かくなりました。
ありがとうねけんちゃん、忙しいところ、いっぱいコメントしてくれて、
いっっぱい愛の籠もったメッセージをくれて、…いっぱい暴露してくれてよ!(`_´)ゼエゼエ

あ、そうそう、番組を観た方からの一番多い質問で、けんちゃんが言っていた、
  「女の子と一緒に遊ぶ機会があった」
というやつ、あれは合コンとかじゃないですよ。^^
それに、けんちゃんがフルから僕は1人で乗りつっこみをしてるのです。
決して病気のように独りだけでやっているのではないです。
ふったらふったで、面白くないと放置するやろうなので、結果独りになる事は多々ですが…

でも、ピアノを抜きにして人と(特に女の子と)話すとかなり顔が赤くなります。
それは事実ですね…。
言葉より先にピアノでの表現を覚えたので、
ちょっと言葉で自分を表現するのが恥ずかしいのです。ほっとけ!笑

まぁとにかく、誰ピカ、観てくれた皆様、ありがとうございました!
そして、昨日、雨の中上大岡のサロンまでコンサートに来てくれた皆様、
                       ありがとうございました!

誰ピカでも使っていたヤマハのグランドピアノ「CFⅢS」。
僕はこのピアノが無くては生きていけません。
本当に、ヤマハは日本の誇りだと思います。
ヤマハとレクサスは、日本の誇りです!!
全部全部にありがとう!!\(^O^)/


誰ピカ収録語、即けんちゃんに苦情の電話。笑
しかし、いつものようにさらっと受け流され終了。笑
ちくしょう…( -_-)
いつか復讐を…( -_-)
待っておれ…( -_-)
 
 僕:けんちゃん、今誰ピカ収録終わった。あれはどういう事だ(-_^:)
けん:…ふん(鼻笑)。最高の褒め言葉だろっ!(`ヘ´)
 僕:…。
けん:ところで暇出来たからご飯でも付き合って。
 僕:…はい。(・_・)

いつもこんな感じです。笑

2007.10.25

深夜の更新

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【劇場の客席をステージから見た写真】


遂に帰国してしまいました。
行ったばかりの頃はまだ暑いくらいだったのに、帰る時は寒くて寒くて…
でもスイスでの冷たさは心地よかったです。
帰り、あえて劇場を通って帰ってきたのですが、涙は出ませんでした。
なんだか随分「別れの涙」を流した事がなかったので、それを体験したかったのですが、
どうしても「お別れ」という感じがせず「ちょっと行ってくるね」という感じがしました。
とても勇ましい気持ちで帰ってこれた僕です。^^

そういえば、帰りの飛行機で隣にドミニカの方が座っていて仲良くなりました。
英語がまったく話せず、スペイン語しか話せないのですが、
それが逆に僕の気持ちをふっきらせてくれて、僕も日本語で話ししました。
周りからみればかなり奇妙だったでしょうね。笑
でも、ちゃんと意志疎通していました。
日本語とスペイン語で。
多分…。

東京は秋ですね。
2度も秋を体験したようで得をした気分です。

2007.10.22

人生という電車

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【プロスペロー役のヘンリーとその奥様に囲まれて】


遂に僕にとって初めての劇が終わってしまいました。
達成感やらお別れの悲しさやら、色々な感情が入り乱れました。
何でもそうですが、一生懸命創れば創る程、本番の時間があっという間に感じます。
プロスペローという男、その波瀾万丈な人生の最後を語っている劇。
何十年という月日が、ほんの数時間で垣間見えているようで、
儚くも、切なくも感じました。

でも、人生なんてそんなものかもしれないな。

中学生や高校生の頃まで、いや、つい最近までは、「人生って長い」と思っていました。
でも、僕は今25歳になるところで、今までの25年間はあっという間でした。
もちろん、色々な事があったし、色々な思い出が沢山詰まっている25年間だけど、
一つ一つ思い出していけば、気が遠くなるような長さにも感じるけど、
でも、全体の印象としては、「あっという間」です。
そして、この「あっという間」を後2回ほどしたら、もう人生は最後の時期です。
いや、もしかしたら後1回もないかもしれないけど…^^;

僕の尊敬するドクターはこう言っていました。

「人間25歳までは人間じゃないと僕は考えている」

25歳になってようやく生まれるのだ、と言っていました。
確かに、25歳って人生の転機だと思う。
僕もこの何年かで色々な事が変わったし、自分が誰なのか段々とわかってきた。
でも、後1,2回で終わりって思うと、短いなーと思います。

「電車の中にいると、隣の電車が動いているのか自分が乗っている電車が動いているのかが
 わからなくなる錯覚に陥る事があるけれど、外で見ていればそれはすぐに判断出来る。」

こんな言葉を聞いた事がありますが、若い内というのは中々「人生という電車」を外から見
る事が出来ないものですね。
後どれくらいでどこに着くのか、今自分の電車は動いているのか、それとも動いているのは
隣の電車なだけなのか。
でも、電車にはどうせ乗って行かなきゃいけないのだから、
それは若さのせいだけではないかな。
たまには、こうして「外」で電車を見る事もしなくてはいけないですね。

大切なものを忘れたくない。
でも、外にいては忘れ物に気付かない。

人生て本当に分からないけど、でも、こうやって大切な仲間が出来た事が本当に嬉しい。
     「さよならだけが人生だ」
五木寛之さんの小説で旅する青年が言っていた言葉だけが、僕の心をこだましています…

2007.10.19

やだな〜

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嫌だ嫌だと言うのに、
「信也、ファンを大事にするという事は嫌な事をする努力も大事よ!」
「絶対写真載せてね。あ、載せないつもりでしょ?あ〜ぁ、信也勇気がないな〜」
と、明らかに思ってもいないのに言葉巧みに僕の写真を撮るクリスティーナさん。
嫌がるから面白くなって、言葉をたたみかけてきます。

彼女僕にも勝って「どS」かもしれない…。

女性の押しには勝てません。
なので、スイスで一度限りの僕の写真です。
笑顔の裏にも迷惑そうな感じが出ているでしょう?;;
僕は元気にやっています。
沢山の激励や応援をありがとうございます!^^
明日、お陰様でやっとプレミアショーを迎える事が出来ます。
僕にとって初めての舞台上での「共同作業」。
きっと、また新しい発見がある冒険になるのだと思っています。

人生とは、冒険です。
愛とは、空気です。

2007.10.18

満場一致の法則

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【ミランダとファーディナンド。舞台とは全く違う二人の顔です。二人は僕と同い年!】


満場一致の法則というのが集団心理にはあります。
多数派の意見に押し流されたり、権力者の意見に押し流されたりして、
本当は定かではないような意見が「満場一致」で肯定されてしまう事です。
集団の中があればどこにでも生まれる心理で、皆さんも体験した事があるでしょう?
僕ら「芸術」の世界にもこれと同じ現象があります。
というか、芸術のように、多くの人に意見してもらう仕事をしていると、特にこういう心理
がよく見られます。
人の価値観が入ってくると、否定と賛成とを決めなくてはいけない時が来るからです。
今回のように大勢が関わっている舞台をやっていると、必ずといっていい程この事が問題に
なってきます。
一緒に創り上げていく内に、いつしか満場一致の法則でみんな「良い」としてきたことが、
改めて第3者に見て貰うと、「全く良くなかったり」なんて事も…

そんな集団の中で、仲間からのブーイングも顧みず、ちゃんと自分の「意見」を表せる人は
とても貴重です。
ちょっと間違えると「はみ出しがち」になりますが、それでも、実はその人がいるからこそ
良いチームとしていられる場合が殆どです。
リーダーと同等に必要な人だと思います。
こっちにきて集団の中で仕事をしてきて、
「日本の方が少し満場一致の法則が多いかな」なんて思いました。
こっちの人の方が当たり前に意見する。
ちゃんと自分を表現する。
でも、みんなその権利を等しく持っているから、ちょっとやそっと傷つくような事言われて
も、けんかになったり気まずくなったりしません。
言われても、自分も言うからね。^^
「言うね〜」なんてジョークっぽく言ったりして、とても気持ちいい雰囲気です。
ちょっと、ここは見習うべきかなとも思いましたが、日本人の国民性は、それはそれで貴重
な事もあります。
どっちが良いか、は解りませんが、時に音楽を、芸術を気付きあげて行くには、
少し「満場一致の法則」は邪魔になります。


僕は仕事柄、「ポピュラーとは何か」というのを日頃から考えています。
時にはそれと「葛藤」したりして、悩んだりもします。
「この方が一般受けするかな」「でも本当はこの音が欲しい」
そんな葛藤です。
これは別に作為的になっているのではなく、自己満足との葛藤をしているのです。
技術と感性との葛藤…とも言えるかもしれませんね。

集団というのは時に本当に怖いものです。
本当は思っていない事でも、別に自分はどうでもいい事でも、周りが言ってるからって
自分も言ってしまったり、多数派が少数派を攻撃しようとしたり…。
いじめだってそうやって始まる事が多いでしょう。
だから、集団でいじめた人の多くは、別に特に恨みとかないけど…っていう意見。
でも、その「少し」の出来心が、大変な傷を生みます。
一生忘れられない程の傷を…。

こんな事改めて僕がここに書かなくても、多くの大人達がちゃんと把握している事と思いま
すが、でも、集団で流されている時は、自分では気付かないものです。

ちょっとした気持ちだけなら、本気で思ってないなら、人の事は否定してはいけません。

そんな事、小学生でも知っています、よね。
でも、ちょっと今の日本ではその事が忘れられている気がします。
芸能人への批判、スポーツ選手への批判、色々な情報が入り乱れていますが、
本当に思ってもないのに、その事件が1ヶ月も経てば「忘れてしまう」ようなどうでもいい
ことなのに、周りと一緒になって猛烈に批判や否定をしている事はありませんか?
もちろん、プロとしてお金を貰って、色々な人からの期待を背負っている以上、彼らには
批判や否定を一身に背負わなくてはいけない義務があります。
ですが、だからといって、その周りの人に彼らを否定する権利がある、とも言えません。

否定する権利…そんなもの、初めから誰も持っていないと思います。

もちろん犯罪や罪を犯した場合は例外ですが…。
亀田くんも、朝青龍も、沢尻さんも、
自分でまいた種、と言ってしまえばそれまでですが、
改めて僕らが「攻撃」しなくてもいいでしょう、と思います。
それらの情報や集団の動きを裏で「操作」している奴がいるかもしれません。

とにかく、
一緒になって流されているより、ちょっと浮いて見えるけれど、

     「それは本当に真実ですか?」

と集団に立ち向かっていける、勇気のある貴重な存在になれた方が美しいと思います。
少なくとも僕は。
でも、芸術における「評価」というのとは違いますよ。^^
評価は決して批判ではありません。
僕らは「評価」を食べて大きくなるのです。
良い評価も、悪い評価も、とても嬉しいものです。
本気での意見ならば。

プロを甘えさせてはいけないけれど、満場一致の法則のように、集団心理に飲み込まれてし
まうような社会は、もっと危険ではないかと思います。

いじめがなくなる世の中。

僕は信じています。

2007.10.16

バランス

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僕が落ち込む時。
そんな時は沢山あるけど、中でも一番簡単に落ち込むことが出来るのは、
「自分が誰なのかわからなくなってしまった時」だ。


人の人生にはバランスがある。
左に行きすぎたから頑張って右に体制を整えた、と思えば、
今度は右に行きすぎて左に戻るための努力をしなくてはいけない。

僕は、よくこんな夢を見ます。
すぐ両隣は奈落の底で、片足分しかない細い細い道を、
              強い風に吹かれながら歩かなくてはいけない夢です。
ああいう時、どうしてまっすぐ歩く事が出来ないのかな。

でも、それは夢だけの話じゃない。
実際、「まっすぐ歩かなくてはいけない」と思って歩くと、右に左に大きく体が揺れる。
僕は、それを経験する度に「あぁ、人生とは歩くことだな」と思います。
まっすぐ歩くことが難しい。
すぐ隣にはいつも奈落の底が。
強い風が吹いていて、いつでも歩く邪魔をする。
それに吹かれて、体を大きく揺らして、それでもバランスを取りながらゆっくり歩く。
少なくとも、僕の人生はいつもそんな感じです。

僕は、僕にしか出来ないことを見つけるんだ。
それを誇りにして生きていく。

幼い頃から、僕はそんな事を思っていました。
今でもそれは変わっていない。
何か新しいものをみつけたい。
バッハやベートーヴェンが残したものをただ「再現」するのは嫌だ。
自分しか出来ないことを探すんだ。

僕はいつも、自分を冒険者だと思っています。
その「探求心」があるからこそ、やっぱり「再現」が大事だと思うこともありました。
新しいものを創る時、そこには「古いもの」という要素が沢山ある。
それは「伝統」という掛け替えのない文化であり、愛しく、美しい、人々の足跡なのです。
それを含めない「新しいもの」というのは、ただのアイディアなだけで、
人々に衝撃を与えることは出来ても、「価値」として残っていく事は出来ません。
バッハより、ベートーヴェンより、何百年も後に生まれて、国も違って、
生きている環境も、演奏した楽器も全く違う。
そんな僕が、「再現」しようなんて、無理なんだと気付いた事もありました。
僕が僕である限り、バッハやベートーヴェンを再現する事は出来ない。
もう、生まれてきた事で、人間というのは「新しい」ものなんだ。

探していた宝物は、「自分が生きている」という事だったのです。

僕はそうやって、色々なものをいつも探しています。
一つの答えが出た時は、それは幸福なものです。
でも、そうやって手に入れたものが、いつしか色あせてしまっていることがあります。
「こうだ!」と出した答えに留まりすぎていると、そっちに行きすぎているのです。
「自分が生きているだけで新しいんだ」と思っている内に、
いつしか、それだけになってしまって、それを盾に新しいものを探そうと歩き出さない自分
が出来てしまっているのです。
そして、ある時、危機感を覚えるのです。
「あ!これではいけない!」
それで、また新しいものを探す旅へ。
人生とは、その繰り返しです。

崖っぷちの道のように、まっすぐ歩くことは難しいのです。
「あ、このバランスだ」と良い具合を見つけたと思ってても、
知らない内にその体制は段々変わってきていて、気付いたときには落ちそうになっている。
その危機感に気付いた時、僕はいつも落ち込みます。
誰だって落ち込みますね。^^
でも、そこで歩みを止めたら、それこそ奈落の底に真っ逆さま。
絶対に歩みを止めてはいけません。
なんとしても、歩くのです。
前を向いて、徐々に、徐々に、体制を整えればいい…


今回、スイスのルツェルンという美しい湖の街で、シェイクスピアのテンペストの劇音楽を
ディレクターとして作っていられる幸福感を感じています。
僕はピアニストだから、舞台の上ではいつも「独り」。
いつもは何かと「独り」で作業をしていることが多い。
自然や霊のような、心で会話する者としか一緒に作業をしない。
でも、今回は違います。
役者さん達がいるし、クリスティーナさんも、他のスタッフもたくさんいる。
毎朝挨拶して、毎夜挨拶する。
そう、仲間がいる。

一緒に創り上げるという作業を中々体験してこなかったから、感動も人一倍感じています。
先日リハーサルで、通しの稽古をやりました。
「やっと出来上がった。」という感じです。
そして、この劇のスタッフの1人としてその場にいれた事に、本当に幸せを感じました。

思えば、僕は「普通の音楽家になりたくない!」とずっと思っていました。
「クラシックはこのままではいけない!」とも思っていました。
だから、冒険して、新たなる何かを探し求めていました。
それに執着して、執着して…
でも、それに執着し過ぎて、いつしか体制が寄り過ぎていた。
その事に、今回気付きました。
あの時、あの場所で、僕はみんなと一つになっていました。
そして、最期のプロスペローのシーンでは、自然と涙が湧き出てきました。

「もう何も要らない。僕は、ただの音楽家でいい。
           皆が一つになって感動してくれれば、それ以上何も要らない」

「僕は音楽なんだ。体がなくなったっていい。
        空気のように、愛のように、目に見えなくても、
                 確かに人に感動を与えることが出来る、
                          僕は、そんな存在になりたい。」

そう思えたのでした。
何か、一つの答えが出た気がしました。
この一ヶ月が走馬燈のように駆けめぐり、温かいものが僕の体中を駆けめぐりました。
クリスティーナさんが、
「プロスペローの最期の時、全ての人生が精算される時、たったの1分間だけど、
                          奇跡のような音楽が欲しいわ。」
そう言われたとき、僕は一晩中寝ないで作曲しました。
でも、出した答えは「静寂」という名の音楽でした。
この曲の最期にふさわしい、あの男の最期にふさわしい、そんな音楽。
それは、「無音」という世界。
勇気を出してそれをクリスティーナさんに言いました。

「僕にはこの時音を出すことが出来ない。どうか解って下さい。
               この曲が、この劇中で一番美しい音楽なのです。
                           題名は…  静寂、です…。」

音楽家として無音を曲にするのは中々勇気がいりました。
でも、クリスティーナさんは涙を浮かべて喜びました。
そして、僕をあの教会に連れて行ってくれました。

色んな色んな思い出があるけど、
それも20日で終わり。
それらが全て合わさって、僕の中でも、この劇においての「最期」が訪れる。

今回、また宝物が見つかりました。
一つの答えです。
それが、

      「僕は音楽家」

                という誇りでした。

でも、この答えをまた一つの「始まり」と考えて、僕は新たなる冒険に出かけます。
こうやって、僕はいつまでも「バランス」を取って生きていきたいなぁ。
何かに固定されることなく、自由に、大空を舞い、遙かなる冒険の旅へ。
いつでも、人の心は、自由な冒険と共にあるのです…

何かに執着しすぎて当初の目的を忘れてしまい、自分が誰だったかも忘れてしまう。
そんな時、僕は落ち込みます。
自分を見失ったからでしょう。
でも、それは新たなる冒険の始まりなのです。
だから、歩みを止めず、バランスを取りながら、少しずつ歩いて行きます。
「僕はこの世に生まれたんだ」
という誇りを忘れず、強風にも流されず、愛を忘れず、人々への感謝も忘れず…

そんな宝物の数々…。
死ぬとき、それらを眺めて人生を思い出す。
きっと、幸せな最期だろうと思う。
決して笑ってなくても、人には分からなくても、きっとそう出来る人は幸せです。

今思えば、プロスペローの最期も、そんなものだったかもしれないなぁ。

遙かなる冒険の旅は、終わることを知らない…

2007.10.12

昼下がりのカフェより

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【家の近くにこんなカフェがあったら、いいなぁ〜】


湖の畔で、夕方前の早い夕食を1人でとっていると、ついついいつもの癖が出てしまう。
僕は、行く人来る人、じーっと見入ってしまう癖がある。
よく「人間観察」というけれど、僕のはそんな格好良いものじゃない。
ただ、ひたすら、「あの人にはどんな人生が…」と想像してしまうのだ。
大いなる宇宙のように広がっている1人分の人生。
その氷山の一角でしかない「体」という情報だけで、その人生の事を想像する。
それが時にロマンティックであり、時に何かを覗いているような、ドキドキした気になる。
そして、人間が、酷く愛しい存在になる。

昨日、テンペストの通し稽古が行われました。
本番の舞台の上で、本番のそのままの形で。
最期の時、プロスペローが全ての人生を愛しく思って、ため息を一つつきます。
きっと、走馬燈のように自分や愛娘の人生を思い出していたのでしょう…。
その姿は、愛しくもあり、すこし儚くもありました。

でも、氷山の一角には見えなかった。

最期の姿は、彼の宇宙そのものでした。
全てを包み込む優しさ、それを感じました。
人は、最期の時に「解放」されるのかもしれません。
全ての呪縛から解放され、体からも解き放たれる。
それが、彼のあの大きさを出しているのかもしれません。

…と、そんな事を思っていると、店員さんが、「飲み物聞くの忘れてました」と来ました。
「あぁ、ワインと言いたいところですが、これから仕事なので、ガス入りの水で。」
ふと、現実に戻されて、心地良い秋の風が僕の首のあたりをくすぐるように過ぎ去って行く
のを感じたのでした。
湖に面したカフェ。
こんなところが、家の近くにあったら、いいなぁ。

2007.10.09

最期の時

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魔法を捨て、アリエルとも別れ、ただの男となったプロスペローは、
術が解け、正気を取り戻し、身動きも出来るようになった皆に、心から話しかけます。

プロスペロー:アロンゾー。
       ナポリの王よ。
       見るが良い、踏みにじられたミラノ大公の今の姿を。

 アロンゾー:あぁ、また私は幻覚をみているのか…。
       しかし、あなたは本当にここに存在する人間のようだ。
       もしあなたが本当にプロスペローなら、どうして生きていられたのですか?

プロスペロー:それは、そこにいるゴンザーロという慈悲深いご老体のおかげなのです。

 ゴンザーロ:あぁ、プロスペロー様。
       生きておいでで…。
       このゴンザーロ、涙が止まりませぬ。
       こうしてまたお会いできようとは、夢にも思いませんでした…。

プロスペロー:あぁ、気高きあなたのお体を、またこうして抱きしめる事が出来る…。
       それがどれだけ幸せなことか!
       あなたは、いつまでも変わらず誠実で、慈悲深いお人柄だ。
       それに比べてお前達は…

と、プロスペローはセバスチャンとアントニオの方へ歩み寄る。

プロスペロー:お前達の悪事、ここで全て暴いてもいいのだが、しかしやめておこう。
       そなたらがしっかりと改心したものと信じて、もう一度チャンスをやる。
       我が弟よ。極悪非道なお前は、決して許されるような男ではない。
       しかし、私はお前を許そう。
       そのかわり、私の国ミラノは返してもらう。
       魔法がなくとも、抵抗するなら全力で取り返すからな!わかったな!!

おどおどするアントニオとセバスチャン。
どうやら二人は負けを認めたらしい…。
そして、アロンゾーが悲しそうに話し出す。

 アロンゾー:あなたの国はあなたに返還しましょう。
       もう、私には生きる望みがないのです。
       あの嵐で、私の大切な息子ファーディナンドを亡くしてしまった…。
プロスペロー:それはお悔やみ申します。
       しかし、私も同じ苦しみを味わっています…。
 アロンゾー:あなたも同じ目に?
       それはなんと言っていいか…。
       今二人とも健全に生きていて、ナポリとミラノの統一と共に王と王女になれ
       ば、どれだけ私たちは幸せだったでしょう…。
       あぁ、神よ、もう一度だけチャンスを下さい。
       全ての過ちを悔いて、今はただ彼らの冥福を祈ることしか出来ない…。
プロスペロー:うん。
       あなたのそのお心、このミラノ大公プロスペロー、しかと受け止めました。
       あなたのそのお心と、ミラノ返還のお礼に、いいものをお見せしよう。
       さぁ、涙をぬぐって、私についてきなさい。
       奇跡にも等しいこの光景を、喜んで下さい…。

と言って、プロスペローは今いる所と隣の部屋を区切っているカーテンを開きます。
そこには、楽しくチェスをするファーディナンドとミランダがいます。
愛する者同士、輝くほどの純粋な笑顔を見せ、幸せそうにしている。
…死んだと思っていた息子、王子、ファーディナンドがそこに健在しているのです。
やがてファーディナンドも死んだと思っていた父の存在に気付きます。
驚きのあまりファーディナンドは持っているチェスの駒を落として…

ファーディナンド:父上、あのとき死んでしまったと思いこんでおりました…。
         またこうしてお会いできるとは…。
   アロンゾー:あぁ、これが幻想ならば、二度息子を失うことになる。
         ファーディナンドよ、お前は本物なのか?
         そうであれば、今私の所へ来て、抱きしめさせておくれ…。
ファーディナンド:父上、本当に良かった。
         これほどの幸せを今まで感じたことはないです…。
         さ、ミランダ、父上にご挨拶しておくれ。
         こちらはミラノ大公の娘で、私の妻となる女性です。
   アロンゾー:そうか、しかし、奇妙だろうな…。
         父である私が、娘に許しを請わなくてはいけないのだから…。
  プロスペロー:いや、ナポリの王よ。
         お互いの思い出に過ぎ去った悲しみを背負わせるのはもうよそう。
         これからは、彼らの時代だ。
         さぁ、皆で語らい合いましょう。
         あぁ、そうだ、もう一つ忘れていた。
         王の仲間で、半端者だからお忘れかもしれませぬが、
         まだここに集まっていない人がおいででしょう?

キャリバン、ステファノーとトリンキュローがここでけばけばしい盗んだ衣装を着て登場。

セバスチャン:はっはっは!
       なんだお前らのその格好は!
       なぁアントニオ、あの生き物は一体なんだ?
 アントニオ:あれはどうみても腐った魚だ!
       珍しいな!見たこともない魚だ!腐ってるのに生きている!
       これは間違いなく街で高く売れるぞ!
 キャリバン:あぁ、やっぱりあなたがご主人様ですプロスペロー様。
       もう、悪いことはしないで言うことをちゃんと聞きますから、
       どうか、お命だけは…。
プロスペロー:わかったなら、さっさと薪を運べ!
       お前の仲間達も連れてな!

全てが終わったプロスペロー。
彼は、お別れしたアリエルに話しかけます。

  「アリエル、本当はそこにいるのだろう?
   もう私にはお前の姿が見えないが、解っている。
   お前のことだから、そこにいるのだろう?
   最後に命令ではなく、大切な友人として、頼みを聞いておくれ。
   私たちがミラノへ帰る時に、嵐に遭わず、平穏な海を航海できるようにしてくれ。
   よろしく頼むぞ…。私のかわいいアリエル…。元気でな…。」

そう言って皆を広間へと案内した後、独りで椅子に座ってプロスペローは独白する。

「魔法も捨て、アリエルとも別れ、復讐も終わり、憎いものは全て許した。
 もう、私には微々たる力しか残されていない。
 そんな老いぼれの私をここに残そうと、ミラノへ返そうと、それは皆次第だ。
 もう抵抗など出来る余力はない。
 しかし、私はもういつでも死ぬことが出来る。
 何も悔いることは残っていません。
 最期になって、人間というのは祈ることによって、希望を持つことによって、
 人を許す事が出来るようになる、と言うことを学びました。
 今、私はアリエルのように自由です。
 憎み、恨みといった呪いから解かれて、自由を手に入れました。
 そう、全ては、死という目標に向かっていた…。
 こうして、私は安らかに、死ぬことが、できる… 」

劇の最期は、彼が死んだとも、ただ長かった復讐劇を振り返っただけともとれる、
意味深な、深いため息で締めくくられます。
しかし、どちらにしても、プロスペローの中にはもう平和と安堵があるのです。
ミランダとファーディナンドに未来を託し、安らかな気持ちになったのです。

この頃、シェイクスピアは、段々と歳をとってきて「新しい劇」に自分の芸術感が合わず、
現代の芸術のあり方に違和感と疑問を感じ始めていました。
そう、プロスペローの「魔法の杖を折って、書物は全て海に沈めよう」というのは、
シェイクスピア自身の、「ペンを置き、本を書かないようにしよう」という引退宣言でも
あるのです。
この「テンペスト」を境に、彼はもう自分だけのオリジナル作品を書かなくなります。
そんな、芸術家としての儚い誇りが、この物語を生んだのでしょう。

僕は、日頃からピアノの訓練をしています。
幼い頃から沢山してきて、中学の頃は12時間練習していました。
1曲に1年もの時間を費やすことだって多々あったし、命を削って1曲に集中してました。
でも、いざ迎える本番なんて、何分かで終わってしまう。
あっという間です。
何を考えていいやら、あまりにあっけなく終わってしまうから、寂しささえ感じられます。
でも、それくらい本気で準備するから、一回勝負の本番を楽しむ事が出来る。
感じることが出来る。
思い出として残すことが出来る。
いざ「一度きり」という舞台に立たされると、相当な準備がない限り、大体失敗に終わる。
人間なんて、そういうものです。
僕は、僕の練習が「コンサート」のためにあるように、
生きていること自体が、「死ぬとき」のためにあるような気がします。
「どうして頑張って生きなきゃいけないのか?」
その答えが、このテンペストにあったのではないでしょうか。
「やっと死ねる」
プロスペローが言い放った言葉に、深い感動を覚えました。

どれだけ苦しいことでも、もう生きていたくないと思うほど苦しい事でも、
それは、「よく死ぬ」ために乗り切らなくてはいけないのです。
そうでないと、いざ死んでしまうと言うときに、何を考えて良いかも解らないほど、
パニックになってしまうでしょう。
最期の最期、僕たちには人生の成果を見せる「死」という舞台があるのです。
その時のために、今から妥協なく、よく生きてゆきたいなと思います。

今思えば、プロスペローが使ったどの魔法より、最後の「心からの言葉」の効力が強かった
ように思えます。

遙かなる復讐劇の答え、それは、、、

    「許す」  ということと  「よく死ぬ」

                      ということでした。

プロスペローが、安らかに最期の息を引き取る時、そこには「幸せ」が存在します。
きっと、自由になったはずのアリエルが彼の魂を天国へと運んでいったに違いありません。
二人仲良く、今度は友人として、生きてゆくことでしょう。

僕たちの心の中に、いつも二人は存在しています。
あなたが本当に運命の重さに耐えきれなくなってしまったとき、
自分の中にいる2人に話しかけてみてください。
きっと、「許す」という美しさと、「死」という目標を掲げてくれるでしょう。

「偉い人間にならなくてもいい、善い人間になりなさい。」

僕の中のプロスペローは、いつもこう僕に語りかけてくれます…

嵐のあとの静けさ

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憎き弟アントニオとナポリ王のアロンゾー、そしてその仲間達。
プロスペローは彼らを自らの魔法で「改心」させることに成功しました。

ステファノーとトリンキュロー、そして怪物キャリバン。
彼らの悪事を防ぎ、迎え撃つことに成功しました。

そして、ファーディナンドとミランダ。
二人を深い深い愛の世界へと導く事に成功しました。

事は、プロスペローの思惑通りに進んでいます。
そして、自由を交換条件に働いてもらっているアリエルに、皆を自分の元へ集めるよう命令
しました。
これが、最後の仕事だ、と言って…。


アリエルが皆をプロスペローの周りに集めると、プロスペローは最後の力を振り絞って、
呪文を唱え始めます。
まずは、怪物を目の当たりにして正気を失いかけているアントニオとアロンゾー一行の正気
を取り戻させます。
次に、彼らの身動きが出来ないよう、術の力で縛り付けます。
そして、彼ら1人1人に心の中で話しかけます。

聖者の如き高潔なゴンザーロ。
お前のおかげで私たち親子は命を救われた。
あの温かいご慈悲、優しさ、私たちは決して忘れはしないだろう。
お前にかかった術は速やかに解け、失っていた活力を取り戻すだろう。

アロンゾー。
お前は私たち親子に酷い仕打ちをした。
だから、愛する息子を失ってしまった。
心から悔いるがいい。

そして、その弟セバスチャン。
お前は王がした仕打ちの推進役。
その悪事の責で今こうして苦しんでいるのだ。

…アントニオ。
我が弟。憎き弟。
お前は私たちから幸せと地位を奪った他、この島で王を殺そうとしたな。
全ての善なる行為から見放されたお前だが、私はお前を殺そうとしているのではない。
…許そう。
そう、お前を許すためにやったことだ。
だから、お前も改心してくれると信じている。

さぁ、私のかつての姿を取り戻そう。
アリエル、手伝っておくれ。
ミラノ大公の時の衣装を着けようと思う。
これは命令ではないぞ。友人としての、心からの「頼み」だ。
お前がいなくなると思うと、淋しい。
今となっては、日々の思い出が、煌めく音楽のように一瞬だ。
…さぁ、もういってよい。
アリエル、自由だぞ。

アリエル:あぁご主人様、私のことを愛しくお思いで?
     蜂が飛び、花が咲き、私はその中で自由に暮らしていきます。
     幸せに、幸せに、生きてゆきます。
     さようなら、さようなら、さようなら…

行け!というプロスペローに、本来なら空気の如く風に乗って消え去ってしまうアリエルで
すが、この時はなぜかとぼとぼと後ろを確認しながら勢いの無い姿を見せます。
いざ自由を手にしたとき、アリエルの心にはきっと寂しさが表れたのでしょう…。
それを見かねて、プロスペローはアリエルを押し出します。
行け…、行くんだ!ほら!行け!!
追い出すように押し出しますが、アリエルがいなくなった時、

    「強く生きていけ。私のかわいい妖精、アリエルよ…」

と悲しそうに呟きます。
プロスペローもまた、この別れに心を痛めていたのでしょう。
涙の、お別れです…。


アリエルとの別れを終えた後、プロスペローはかつてのミラノ大公の姿に戻ります。
そして、皆の前に姿を現し、今度は「人間」として話し始めます。

私の魔法で、ここにいる全ての妖精は私の使いとなった。
野花や草木も、全て私の味方だった。
しかし、この強力な魔術も、ここで全て捨てよう。
天からの音楽で皆を正気に戻し、人としての話を始めるときは、
魔法の杖も折り、これらの書物は全て海に沈めよう…。

完全に元の正気を取り戻した一行。
プロスペローは魔術の力を捨て、彼らに1人の男として話し始めます。
かつての威厳のあるミラノ大公の姿を取り戻し、
アリエルの力も借りず、心から話し始めます。
急に、彼が弱々しい老体に見える瞬間でもあります。
そう、彼がここまで執着してこの「復讐劇」を企てた本当の目的、
それは、「許す」という大いなる門の向こう側にある、彼自身の「死」でした。

「これで、私は死ぬことが出来る…」

彼は小さく呟きます。
彼は、人生を終えるために、娘の未来を作り、ミラノとナポリの未来を作りました。
彼の、人間離れした執着心は、真に人間らしい目的を持っていたのです。
「死」という目標に向かって、歩いていたのです。

そんな彼の心からの話が、最後にあります。
一行に向けて、彼の人間としての話が、この物語を締めくくります。
そこには、シェイクスピア自身の物語があります。
次の更新を最後に、このテンペストの紹介を終わらせたいと思います…。

2007.10.07

クライマックス

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ナポリの王アロンゾーが溺死したと思いこんでいる今、
ナポリの次なる王は自分だというのに、その威厳もプライドも捨てて、ただひっそりと岩屋
の鉄格子の中からミランダに恋心を抱き続けているファーディナンド。
今となっては奴隷のように痛々しい姿になってしまっています…。
と、そこへプロスペローがやって来ます。

  プロスペロー:罰としては厳しすぎたかもしれないな、ファーディナンド。
         しかし、その償いはつくだろう。
         私の命を捧げた可愛いミランダを、その手に委ねるのだから…。
         王子ファーディナンドよ、私からの贈り物として、又、そなたが立派に
         勝ち取った褒美として、私の娘ミランダを受け取っておくれ。
         正式に結婚するまで、神々の祝福を受けるためにも、この子の乙女の帯
         をほどくような真似をするのではないぞ。
ファーディナンド:はい。お約束いたします。 
         私の望みは、良き子供を持ち、長寿に恵まれ、この愛を保ち続けていく
         ことです。
         もし二人きりになったとしても、たとえ邪な情が沸いても、私たちの
         婚礼の日の歓びを鈍らせるようなことは致しません。
  プロスペロー:よく言った。
         さぁ、腰を下ろし、娘と共に語らい合いなさい。
         もう、ミランダは君のものだ…。
         私が、二人を祝福する魔法を唱えよう。
         アリエル、かわいいアリエル、出ておいで。

この後、プロスペローはアリエルと共に様々な神や妖精を登場させた劇を二人に見せます。
時には煌びやかに、時には美しく…、それは正に「奇跡」という他にない劇になります。
そして、その劇が終わりに差し掛かった頃、突然プロスペローは厳しい顔に変わります。
乱れた音と共に、全ての精霊と幻影が消え去ります。
ゲホゲホと咳き込むプロスペロー。これまで見せたことのない厳しさを表します。
ミランダとファーディナンドの二人も、心配そうに父を見守ります。

プロスペロー:そうだった。
       あの、畜生のキャリバンとその一味が、
       そろそろ私の命を狙って岩屋へ到着する頃だった。    
       アリエル、あいつらを迎え撃つ準備をしなくてはな。
       そこにあるけばけばしい衣を、あの岩屋の前の木に掛けておけ。
       おお、醜いキャリバンよ。
       お前は歳を重ねるごとに益々醜くなり、それと同時に心まで腐ってゆく。
       お前にかけた情け、躾け、私の苦労は全て水の泡だ。
       どれほど酷いめにあっても、もうかまうものか!!   
       私の全力でこらしめてやる!!

その頃、キャリバンとステファノー、トリンキュロー一味は、
自分達が迎え撃たれるとは知らず、のんきに岩屋へと酒を飲みながら歩いて来るのでした。
そして、あの囮となっている「けばけばしい衣」を初めに発見したトリンキュローは…

トリンキュロー:おい!ステファノー!
        この島の王にはうってつけの煌びやかな衣装があるぞ!!
        しかもこんなに沢山!!
 ステファノー:本当だ。
        これ程王に似合う衣装は他にはない。
        おい!使いのキャリバンよ!これらの衣装を酒樽のある所まで運べ!
  キャリバン:なんてバカな奴らなんだ!
        こんな大声でしゃべったりなんかして!
        お前さん達は、あのプロスペローの魔力の力を知らないからだ。 
        もし今あいつが目を覚ましたら、俺たちは皆つねり殺されるぞ!
トリンキュロー:うるさい化け物。いいから言うことをきけ。
        ステファノー、ほら、こっちのもいいぞ。ほら、こっちもいい!! 
 ステファノー:そうだ化け物。
        王に逆らうなら国から放り出すぞ!
        今すぐ運べ!いいな!!

酒に酔った愚かな2人は、プロスペローの思惑通り、けばけばしい衣に魅了されました。
そして、その後ろではアリエルとプロスペローが、
出せる力全てを出して恐ろしい神と恐ろしい妖精を呼び込んでいました。

プロスペロー:かかれ!精霊ども!
       やつらの神経の全てをけいれんさせ、きしませ、引きつらせろ!
       体中をつねって豹や山猫よりもまだら模様にしてしまえ!
       この3人を徹底的に追い詰めるのだ!
       よし!そこだ!いけ!かかれ!!

こうして、キャリバンを含む悪党3人組は成敗されました。
間もなくプロスペローの復讐は完了されます。
最後の仕上げを残して、全て片付いたのです。
それと同時に、アリエルに、自由が近づいてきたのです。
夢にまで見た自由。それがすぐ先に。
間もなく、嵐は、過ぎ去ってゆきます…。

  「アリエル、全ての人をこの岩屋に集めてくれ。
              これが、お前に頼む最後の仕事だ。」

遂に、全ての運命が重なり合うのです…

2007.10.06

本当の目的

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【木漏れ日というのは、どうしてこんなに気持ちいいのでしょう?】


息子の溺死を嘆き落胆するアロンゾー一行とプロスペローの実の弟アントニオ。
右も左もわからないこの島を一行はさまよい続けます。
その一方で、ファーディナンド王子はおろか、王様一行まで全員溺死したと思っている
ステファノーとトリンキュローは、たまたまキャリバンという怪物と出会い、
プロスペローの存在を明かされます。
そして、三人はプロスペローを殺して、この島をのっとろうという計画を立てるのでした。

しかし、それら全てはプロスペローの手の中にあります。
人の目から見えない姿になれる妖精アリエルを巧みに使って、彼は全てを支配します。
そんな中、プロスペローの前に力で屈したファーディナンドは、
自分が王子だというプライドを捨て、奴隷のように働かされていました。
重い丸太を持ったことのない彼は、しょっちゅうよろめいたりもします。
その痛々しい姿にミランダは心を痛めます。
そして、
二人は遂にプロスペローから禁じられているのにも関わらず、会話をしてしまいます。

ファーディナンド:もう、父の死も、仲間の死も、どうでもいいんだ。
         残されたナポリの民もどうでもいい。
         僕は、ここで鉄格子の中から君の事を日に一度だけ見られるだけで、
         それでもう充分だ。
         ねえ、君の名前を教えてくれないかい。
    ミランダ:…お父様から禁じられているの。
         ばれたらまたあなたが酷い目に…。私耐えられないわ…。
         でも、私は、あなたに何もあげられないけれど、誓って、この純潔に
         誓って、あなたを愛してます。
         …私の名前は、ミランダです。
         あぁ、神様、どうか私たちを深い愛の世界にお導き下さい!

そんな風に愛を語り合う二人を、プロスペローは「よしよし」と見ているのでした。
そして、遂にアントニオとアロンゾー一行の元へと自ら飛んでゆきます。
プロスペローはアリエルと共に、見えない姿になってアロンゾー一行の頭上に現れます。
そして、雷鳴と共にアリエルを巨大な悪魔に変身させ、彼らを驚かします。
彼らは腰が抜けて怯えるばかり。
やっとの思いで剣を抜きますが、妖精アリエルにはまったく効果がありません。

アリエル:お前たち3人は罪人だ。(アロンゾー、アントニオ、セバスチャン)
     私は運命の神の使い。そして、あの嵐はお前たちへの天罰だ。
     アロンゾー、お前からは息子も奪い取った。
     お前たち3人は、これから瞬時に死ぬよりも苦しい、生き地獄が待っているそ。
     しかし、運命の神の罰を免れる道はただ一つある。
     それは、幼き子と父親を海に放り出し、島流しにしたという罪を悔い改め、
     これからは真っ当な考えを持って生きてゆく事だ。
     さもなければ、今すぐにでも神の天罰が頭上から降りかかるだろう!

ゴンザーロは、
すぐにでも死刑になるところだったプロスペローとミランダを密かに助けました。
まっとうな人生を歩んでいる彼には、プロスペローはアリエルの魔法を使いませんでした。

ゴンザーロ:皆さん、アロンゾー様、どういたしましたそんなに唖然とした顔をなされて。
      物の怪でも見たような顔ですよ…。

ゴンザーロ:ああ、あんなに不思議な事が世の中にあるのだろうか?
      お前の言う通り、物の怪が現れて私にプロスペローの名を語った。
      そして、私の息子は海底深くに眠り、
      今は土に埋まってしまっていると言っていた。
      私は、もう生きていたくない。息子と一緒に横たわりにいく…。

慌てて王を止めるゴンザーロ。
「後々になって効いてくる毒薬のように、今になってプロスペロー様の事を悔い改めている
 のですね。確かに、私たちは彼らに酷い仕打ちを致してしまいました…。
 しかし、命だけはお捨てにならぬよう!どうか!どうか!!」
その二人のやりとりの隣で、アントニオとセバスチャンは廃人と化しています。
これ以上無いほど、痛めつけられた3人。
心から、自分のした過ちを悔います。
神々を怒らせてしまうほど自分が悪い男だったのだと、思い知らされたのです。
これで、プロスペローは3人を痛めつけることに成功しました。
しかし、彼の計画はまだ未完です。
完璧な計画の終焉は、果たしてどうなるのでしょうか?


プロスペローの復讐という命題を持ったこのテンペストという作品。
でも、3人を痛めつけたときのアリエルが言った言葉で、彼の真意が理解出来ます。
そう。
プロスペローは、痛めつけると言うことが目的ではなく、「改心すること」というのが目的
なのでした。
殺そうと思えばあの嵐で全員を殺せた。
それが彼の復讐ならば、とっくに終わっていた話なのです。
しかし、巧妙にも一行を散り散りに島へと漂着させ、
ストイックなまでの計画を実行する(まだ終わっていませんが)裏には、
プロスペロー自身もまた、「許そう」としている苦しみがあるのです。
ただ恨みを晴らすのではなく、彼らを許そうと努力しているのです。
彼が、どうしてそこまでして、そこまでされてでも「許そう」と思ったのか、
それは最後まで読んだ僕は解っています。
是非、最後まで読んで下さいね。

この後、プロスペローがアントニオとアロンゾー一行をどうするのか。
そして、あの、飲んだくれの2人ステファノーとトリンキュローと、
根性まで曲がっている怪物キャリバンをどう痛めつけるのか、まだ復讐劇は終わりません。
この、プロスペローを中心とした不思議の島で、運命は交差します…

2007.10.05

悪企み

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【右の塔は昔拷問室だったそうです。数々の悲痛な叫びがそこから聞こえてきたのでしょう…】

子供のような無邪気さと神にも近い荘厳な魔力を持ち合わせる妖精アリエル。
そのアリエルは昔、キャリバンの母親でもある魔女シコラコスに酷い仕打ちを受けました。
自分の力を悪い事に使おうとする魔女の言いなりになるのが嫌で、
魔女から言いつけられた仕事をさぼった罰として、木の中に閉じ込められたのです。
そして、木の中で閉じ込めたまま魔女は死んでしまい、誰もアリエルを助けてあげられなく
なってしまいました。
やがて12年という月日が経ち、アリエルはずっと木の中で泣き叫び続けていました。
そこへ、島流しにあったプロスペローに助けられたという訳です。
だから、その恩返しで今はプロスペローに使えているのです。
しかし、この「復讐劇」が終われば自由にしてやる、という契約です。
今、あと少しで、アリエルには自由が訪れるのです。
「ご主人様、これで私は自由ですか?」「これが最後ですか?」
と、今か今かと自由を待ちわびています。
子供のような、あどけない笑顔で…。

そんな強力な精霊の助っ人と共に、愛娘と王子を恋に落としたプロスペロー。
憎き弟アントニオの口車に乗せられて王の暗殺をしようとしたセバスチャン。
そして、息子を溺死させてしまったと嘆く王。それをなだめる顧問官。
島全体が、何やらプロスペローの魔術によって動き出しました。
彼らはその先に「復讐」という落とし穴があるとも知らず…。

一方、島の別の場所では、
アリエルを閉じ込めた邪悪な魔女シコラクスの息子の怪物キャリバンと、
王の使いであるステファノーとトリンキュローがひょんな形で出会います。

プロスペローの娘ミランダに暴行を加えようとした罰から、今としては彼の奴隷として扱わ
れているキャリバン。
今日も薪を運べだの、洋服をたためだのと口うるさくプロスペローから言われます。
抵抗すると蜂を呼び出し一斉にキャリバンを刺させるプロスペロー。
(劇中ここで僕は熊ん蜂の飛行を弾きます!)
「あいつの魔法は協力だ…。抵抗しないでおこう…。」
と、キャリバンは今日もとぼとぼと働くのでした。

言いつけ通り薪を運んでいると、空が曇ってきて雷が落ちます。
それが怖くて木の下に隠れていると、丁度そこへステファノーとトリンキュローが来ます。
二人は酒を持っていて、それをキャリバンに与えてみます。
おもしろ半分に与えてみたのですが、これを口にしたキャリバンがもう大変。
「こんな神聖な飲み物があるのか…!」
と感激してしまいます。
「この飲み物を与えてくれるのならば、あなたの下僕として働きます。
 どうか、俺の王になってください。
 …でも、それにはまずここの島の王、いや、暴君のプロスペローという男をやっつけなく
 てはいけません。
 ステファノー閣下、あなたならそれが出来るでしょう?
 お願いします。あの俺を苦しめる暴君を殺して下さい!あいつは夕方になると一眠りする
 習慣があります。その隙を狙うのです。そうすれば、この島はあなたのものだ!
 しかも、あの男には美しい娘がいます。
 …あなたの姫にはもってこいでしょう!」

それを聞いてステファノーは力付きます。
「よし。怪物。俺の足にキスをしろ。この聖水にもだ!(酒瓶をさして言う)」
しかし、この一部始終、全てアリエルが見えない姿で見ているのでした…。

 「よし!ご主人様にご報告だ!これでまた褒められるぞ〜!」

さて、この後、どうなってゆくのでしょうか…。
ますます、プロスペローの復讐という底なし沼にどっぷりと使ってしまうばかりの一行。
その頃、プロスペローの岩屋では、ミランダとファーディナンドが愛を深め合って…

交差する運命

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【先日アップした呪いの山の別の顔です。今日は雨だったので昼でもちょっと不気味】


プロスペローの復讐劇、まずは第一段階の「愛娘と王子との恋」が完了しました。
第2幕は、島の別の場所で、憎き弟アントニオを含むナポリ王一行のやりとりから始まります。

実の息子でありナポリの正当な後継者である王子ファーディナンドを難破で亡き者にしたと
大きく落胆する王アロンゾー。
それを必死になだめる顧問官のゴンザーロ。
その姿に軽率にも笑いを浮かべるアントニオとセバスチャン。
アリエルの歌声のせいで、いつしかアロンゾーとゴンザーロは眠ってしまいます。
その眠った隙に、アントニオとセバスチャンは何やら怪しげに話し始めます。
二人の弟。二人とも王を兄に持っている弟。
その一人アントニオは、既に悪企みによって地位を奪った…。

アントニオ:なぁセバスチャン、よく聞けよ。今そこで眠っているナポリ王を刺し殺したら
      お前はナポリの王になれるぞ。
      俺は王をやる。お前はゴンザーロをやってくれ。

初めセバスチャンは驚きのあまり「聞かなかったことにする」と言いますが、
次第にアントニオの口車に乗り、自らの欲望に負けます。
そして…

    「せーのでいくぞ。   せーーのーーーっ!!」

二人が剣を大きく振りかぶった時、プロスペローの使い「妖精アリエル」が助けに来ます。
「起きて!!起きて!!王様が危ないよ!!」
大きな声で叫ぶアリエル。どこから聞こえてくるのか、大きな音の音楽も一緒です。
驚いて飛び起きるアロンゾーとゴンザーロ。
「何があった!?」
ゴンザーロは起きている二人に尋ねます。
「いや、何やら獣が呻いたようです。
 …え?剣?…あぁ、この剣で王様を守ろうとしていたのですよ…。」
引きつった笑いを見せる二人の弟。

アントニオ:ちっ!しくじったか。ここであのバカ弟を王に成り上がらせて、
      その恩恵を受けようと思ったのになぁ。
      いや、まだチャンスはあるぞ。諦めるな…。

ちゃんと仕事をし終えたアリエルは、子供のように無邪気になって、
「おいらの仕事っぷりをご主人様にご報告しなくっちゃ!」
と帰って行くのでした。
そのアリエルのおかげで九死に一生を得たアロンゾーとゴンザーロ。
まだ二人の暗殺を諦めていないアントニオとセバスチャン。
この後も、この「不思議な島」を彷徨い続けます。
亡き者となってしまったと思いこんでいるファーディナンドの亡骸を探しに…

島の別の場所では、
怪物キャリバンと王の使いの二人ステファノーとトリンキュローが出会います。

さて、それぞれの運命はどうなってゆくのでしょうか…
そして、プロスペローの復讐は、どうなってゆくのでしょうか…

テンペスト、おさらい。

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【先日連れて行かれた大自然の教会を、裏の丘から見下ろした写真です】

元ミラノ大公プロスペローは、実の弟アントニオの企みによってその地位を奪われました。
ナポリの王アロンゾーと手を組み、今のミラノを治めるアントニオ。
物語は、
そのナポリ王ご一行とアントニオが乗る船が大嵐にあって難破するところから始まります。

プロスペローは学問に精通し、魔法まで使えるという大賢者。
ミラノを追われ、愛娘のミランダと命からがら辿り着いた無人島に今は住んでいます。
無人島と言えども、そこにはキャリバンという名の人間のような怪物が住んでいました。
初めは温かい心でその怪物に接しますが、次第に怪物は図に乗って来ます。
ある日、愛娘のミランダに暴行を加えます。
それで憤怒したプロスペローは、彼を魔法で痛めつけるのです。
そして、今となっては薪を運び、檻の中で住む奴隷のように扱っています。

そんな無人島での日々でしたが、
プロスペローは自分を見失わず、名誉挽回の機会を伺っていました。
そして、訪れたチャンス。
それが、
ナポリ王の娘がアフリカにある国に貢ぎ、
その結婚式のために一行で海を渡るという機会でした。
その結婚式の帰りに、プロスペローは下僕の妖精アリエルの協力の下、大嵐を起こします。

ナポリ王アロンゾー、その弟セバスチャン、ナポリ王の息子の王子ファーディナンド、
誠実で忠実なナポリ王の顧問官ゴンザーロ(この男のおかげでプロスペローは生き延びた)
使いの二人、ステファノーとトリンキュロー。
そして、憎き実の弟アントニオ。

ナポリ王とその弟、顧問官のゴンザーロとアントニオを一緒に島へ漂着させ、
ファーディナンドは独りきり、ステファノーとトリンキュローは二人きりで漂着させます。

さぁ、復讐の、始まりです。

まずは、愛娘ミランダとナポリ王子ファーディナンドを恋に落とします。
父でありナポリの王であるアロンゾーを、
船の難破で失ったと思って落胆している王子ファーディナンド。
その彼と、まだ無人島でしか生きたことがなく、
父と自分以外の人間をちゃんと見たことすらない愛娘ミランダを、
それぞれ引き合わせて恋に落とすのは、賢者プロスペローにとっては簡単なことでした。
二人の恋を深い物にするために、プロスペローは二人の恋仲を禁じます。
そして、キャリバン同様、奴隷としてファーディナンドを扱います。
引き裂かれれば引き裂かれるほど強くなっていく二人の愛。
その事を、プロスペローはよく理解しているのです。
少しでも抵抗しようものなら魔法の力で彼を痛めつけ、その力の差を見せつけます。
さぁ、この先、どんな復讐劇が待っているのでしょうか…

2007.10.03

呪いの山

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お稽古場からの風景です。
夜になるとびっくりするくらい姿を変える「ピラトゥス山」のシルエットです。
ピラトゥス山には幾つかの伝説があって、
ドラゴンが住んでいるだとか、イエスを処刑したとされるピラトゥスの霊が死後この山にた
どり着いたという伝説があります。
それらの恐ろしい伝説から、この山には誰も近づこうとしなかったそうです。
今は、ロープウェイやらホテルやら、完全に観光地化していますが、
それでも、ご覧下さい、この「悪霊」の住む山の頂を。

ピラトゥスは、今も、
あの険しい山の頂上から人々を呪いと悪意に満ちた眼差しで見下ろしているのでしょうか…
精霊や悪霊、神様、教会。
ここルツェルンは、本当に芸術的な街です。

愛の音

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今日はお稽古というよりも、課外授業といったところでしょうか。
突然いつもとは違うところに呼び出されたと思えば教会へ。
今日はルツェルンの聖なる日らしく、とても大きなミサが開かれていました。
モーツァルトのミサ曲を生で聞きながら、カトリックの荘厳な雰囲気の中、
体中に聖なる霧がまとわりつくくらい、どっぷりとミサにはまってきました。

ルツェルンでのミサを終えてから、何やら1時間くらい電車に揺られて、
山々に囲まれた大きな教会へ連れられました。
駅の名前すらわからないまま僕はただクリスティーナさんについて行き、
それはそれは神々しい場所へと案内されました。

当然、教会の中での撮影はNG。
ということで外見しかお見せできませんが(外見も写真では収まりきらない大きさ)、
この、風格のあるどっかとした教会をご覧下さい。
鐘の音。
風のすり抜けてゆく感覚。
そして、緑の香り。
豊かな日差し。
僕は、本当に心が洗われているような感じがしました。

今回の「テンペスト」でも題材となっていること、「許す」。
ぐっと堪えて、自分の中の魔物を抑えて、人を許す事が出来たとき、
この「大自然」を感じた時の心地よさと、同じような感覚になるのかもしれない。
大自然の前では、人間は自分を「小さな存在」と確信するしかない。
だから、自分の抱えている問題も、小さくなってしまう。
そんな大自然と同じような力を、人間は自らのハートの中に収めているに違いない。
そんな大らかな気持ちを、いつも忘れないように僕は生きてゆきたいな。

そうだ。
良い音楽で感動したときも、同じような気持ちになるな。
それじゃあ、僕がそういう気持ちを忘れずにピアノを弾き続けていれば、
この大らかな気持ちは伝染していってくれるのかな。
また一つ、ピアノを弾き続けてゆく理由が増えた気がします。

戦争は終わらない。
人は憎しみ合う。
ぶつかり、衝突し合う。
醜い姿を見せる。醜い考えを持つ。
怠けようとする。
見栄を張ろうとする。
自分だけの欲望を満たそうとする。
…。
数え出したらきりがないけど、
でも、人の悪いところ全てを帳消しにするくらい、「愛情」というエネルギーは強いんだ。
別に、自分を美化することはない。
苦し紛れに強がる必要もない。
僕だって、自分が好きになれないでいつも苦しんでいる。
みんなそうなんだ。

でも、僕は、最後の力として人間には「愛」があると言うことを忘れたくない。
その大切さを、今日改めて学びました。
 だから、これからも僕は、
      
      「それでもね、人にはまだ愛が残ってるんだよ」
            
            って言ってるような優しい音が出せるように頑張ろうと思いす。

遙かなる愛の音は、絹のように柔らかな風にのって、あなたの心の中に入り込む。
手と手が絡み合うように、髪と髪が交じり合うように、あなたの全身の全ての窓から、
愛の音は入り込む。
ゆるやかに、確かなスピードを持って、繊細に、そして、柔らかく…

2007.10.01

悪魔の通れる扉

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僕のアパートのすぐ前の通りから見える風景です。
あんなに高い場所に何やらお城のような建物が。
ホテルかと思いきや、今は個人の所有物らしいです。
ロープウェイでしか行けずとても不便ではありますが、上はとても美しい景色でしょうね。
あのマイケルジャクソンも買おうとしたらしいです。
元々このルツェルンという街は色んな芸術家や有名人が別荘を持っていた場所。
あの山の上のお城も、きっと色々な有名人から奪い合われているのでしょう。

価値のあるものには、必ずお金持ちの「見栄」や「欲」がつきまといます。
一軒の家を巡って、一枚の絵画を巡って、一曲の音楽を巡って…。
昔から、貴族たちは、芸術を自分の所有物として納める事に執着してきました。
もちろん、そのおかげで芸術家たちは暮らしていけたのですが、
でも、あまりに強い見栄や欲が一つの場所に集まると…

あの、有名な、モーツァルトの作った「レクイエム」のような事態に陥ります。

30歳を過ぎる頃には殆ど死期を悟っていたモーツァルト。
彼の非社会的な人間と、庶民への音楽という新しい分野を確立した事などから、
彼は最終的にはかなり貧乏な生活をしていました。
盗られるものは全て妻に盗られ、周りの貴族からは嫌われ、孤立していった。
やがてモーツァルトは、健康も、精神も病んでいってしまったのです。
そんなある日、
相変わらず苦しい健康状態で作曲していたら、黒頭巾を被った男が訪ねて来ます。
その薄気味悪い猫背な男は、怪しい声でこう告げます。

「レクイエムを書いて欲しい」

そう言って、黒頭巾の男は大金を置いて帰っていきます。
帰り際に、「この金は半分だ。完成したらもう半分渡そう。」と言います。
健康状態も酷く、精神的にも孤独で貧しかったモーツァルトは、
その男の事を「死に神だ」と見間違えます。
そして、自分が死ぬと言うことを告げに来たのだと思いこみます。
「僕は自分のレクイエムを書かなくてはいけない。」
取り憑かれたかのようにモーツァルトは作曲し始めました。
いつ死ぬか分からない恐怖と共に。
一心不乱に書き続けます。
しかし、彼の体力はもう底をついていました。
レクイエムも、最後まで作曲できずに、骨組みだけを残して、彼は他界してしまいます。

骨組みだけ残されたレクイエム。

モーツァルトの命が注ぎ込まれた曲。

彼は一生で長調の曲を沢山残しましたが、このレクイエムは、ゾっとするような短調。
彼の中にこんな暗いものがあったのか…と少しばかり恐怖すら感じられる。
ベートーヴェンの厳しい暗さを下手したら上回るのではないでしょうか。

それほどの大曲の骨組みを、彼は残してこの世を去った。
骨組みを使って最後まで曲にするところは、モーツァルトの弟子がやったそうです。
そして、この大曲は、モーツァルトの死後、多くの人々によって奪い合いになります。
まずは、あの黒頭巾の男。
彼はとある伯爵の使いで、その伯爵がこの曲を手に入れた後、
「これは自分で作ったんだ」
と言い出しました。
しかし、これほどの大曲、モーツァルトにしか書けなかったという事は一目瞭然。
すぐに嘘だとばれてしまい、彼は貴族の身分を追われてしまいます。
その後も、骨組みから最後の一手まで仕上げたモーツァルトの弟子が、
「僕の曲だ!」
と言い張って社会から見放されたり、とにかく、色々な人の運命をこの曲は呪いました。
モーツァルトの呪いなのでしょうか…?

「価値のあるもの」というものには、必ず危ない何かがあります。
「危ない何か」
それは、人を引きつけて止まない「魅力」なのかもしれませんね。

僕のアパートの前にそびえ立つ山。
その上に建つお城。
あのお城も、見栄や欲といった「悪魔の通れる扉」を見つけては、
幾多の人の運命を変えてしまったかもしれません。

芸術には、そんな「魅惑的な怖さ」があると、僕は思います…。

そんなことを考えてぼーっとあのお城を見ていると、
隣からテンペストに出ている役者さんが、
    
「シンヤ、あなたもあのお城買えば?」

と、冗談まじりに言ってきました。
僕はすぐに笑い飛ばしましたが、その時の役者さんの悪戯な笑顔に、
悪魔のような怖さを感じてしまいました…。

ちゃんと、悪魔の通れる扉には、鍵をしておきましょう…

身体の中の同居人

「意識」というのは、人間が認識を持ったうえで存在する意志や考え。
「潜在意識」というのは、
 認識はしていないが、確かに人間の言動に影響を及ぼしている深層心理。

「意識」という形で認識していると思っている意志が、
本当は「潜在意識」という意識できない次元から影響を与えられている。

ということは、人の意志とは、「認識していると思いこんでいる」だけなのか。
全部認識出来ていると思っている意志も、意識できていないところから影響を受けている。

…大いなる矛盾だ。

結局、意識できていない、という事なのか…。

でも、僕の中に「意志」は存在する。
確かに存在している。
ただ、その中に、もう一つの生き物が存在していて、絶え間なく呼吸しているのだ。
僕が僕ではないような錯覚に陥る時、僕はいつも僕の中の生き物が主張していると感じる。
そう。
このテンペストの忌々しい呪いの言葉たち。
それを表情豊かに飾り立てる「音の羅列」を僕が創り出す時も、僕は僕でない。
時々、自分が遠くに行きすぎて帰って来れないのではないかと心配になる。
だけど、その心配を盾にして怠けることはいけない。
いつもギリギリのところまで行ってしまうまで我慢して、何かを生み出すんだ。
それが、僕にとっての生みの苦しみだ。

僕の中の生き物は、僕とは正反対。
罪悪感やプレッシャー、不安などといった「負」のエネルギーを力にする。
そうだ。もしかしたら「魔物」なのかもしれない。
でも、世の中「毒」の方が美味しいように、この魔物には確かな魅力がある。
どうして僕が僕のままでは生み出せないのか。
社会的な仮面「ペルソナ」とも何かが違う。
そう、僕が仮面をつけているのではなく、僕の中に「存在」しているのだ。
僕ではない。
だけど、その魔物を含めて、僕。
身体は、その魔物を外に出さないようにする檻。
でも、ピアノを弾くことで、魔物はちょっとだけ外に出ることが出来る。
解放するのと交換に、僕は「音」を得るんだ。

「怖い」と思ってはいけない。
あなたにも存在するのだから。
魔物は、あなたという人間のエネルギーを発散する「力」を持っている。
その力を持ってすれば、誰もあなたの真似は出来ない。
そうだ。
魔物は、幼いときの自分なのかもしれない。
本当は僕の身体は僕の中にいる魔物のもので、今の僕がいつしか奪ったのかもしれない。
そうだとしたら、ごめんね。魔物さん。
でも、君を閉じ込めたりはしない。
いつも、解放してあげる。
だから、お願いだ。
僕に最上の「美」を下さい。
さぁ、夜もふけてきた。
これからは君の時間だよね。
思う存分、遊んできなさい。

悪魔は、天使に負けたのではない。
天使に勝つと言うことに興味がないだけだ。
だから、僕の中の魔物も、僕に抑えつけられている訳じゃない。
僕という人間を「支配」する事に興味がないだけだ。
そう。
いつでも、どこでも、乗っ取ることなんて簡単に出来る。
だけど、彼らは、底暗く、ほのかに冷たい「心の闇」に住んでいることが好き。
そこから僕らの「良心」をコントロールするのが好き。
僕らの気付かぬところで、僕らを支配するのが、好き。

あなたが何でもない、ふとした瞬間に、どうしようもなく悲しくなる時があるでしょう。
それは彼らにコントロールされているからです。

僕たちは魔物にコントロールされていると言うことを忘れないで。
それを忘れたら、自分が寂しい時、悲しいとき、辛いとき、苦しいとき、
自分のせいにしてしまうから。
あなたは生まれもって天使なのです。
だけど、心の中に「魔物」を共存させている。
だから、時々、あなたのせいじゃないのに、良心が痛む事があるのです。

あなたは悪くない。
全ては、あなたの「力」を、あなたしか持っていない「力」を生むための苦しみです。

それを、忘れないで。

人間という存在は、自然という存在から地球を奪った。
それを償うために今準備をしなくてはいけない。
そして、僕たちは、魔物から身体を奪った。
だから、それを償わなくてはいけない。

 一生懸命生きると言うこと。
 いつも悪と向き合って葛藤し続けなければいけないこと。
 自分を見失ってはいけないこと。
 他の人の「悪」を発動させないこと。
 そして、全てを愛さなくてはいけないということ。

そうだ。
愛は、もしかしたら「呪い」かもしれない。
僕ら人間に与えられた呪いだ。
生きている限り、人は愛を抱いていなくてはいけない。

死ぬまで、僕らの償いは終わらない…。