清塚信也 OFFICIAL BLOG: 2007年12月

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2007.12.28

休暇、入ります。

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【クリスマスコンサートの後、楽屋裏でキム・テイさんと】


今日とっても久しぶりにサッカーをしてきました。
そして、絶望…。
あまりの動けなさに絶望しました。
あぁ、高校生の頃は「疲れって何だろう?」って世界だったのになぁ。
ちょっと本格的にスタミナつけるように努力しないと!
やばいです。

クリスマスコンサートでは、温かく見守ってくれて、皆様本当にありがとうございました。
今年は、「出逢い」の年でした。
僕の大切なお客様や、仲間、親友を見つけ出し、出逢いという風に発展させました。
しかし、出逢いは人々だけでなく、色々な作品や出来事にも出逢いました。
多くの幸せが残っている一年だけれど、でも、課題も増えました。

「私はあなたの音楽で癒されました」

心からそう言ってくれる方々には、本当に申し訳ないけれど、
どうしてもそれは僕の力ではない気がするのです。
いえ、僕の力「だけ」では癒しや感動は心に訪れないと思うのです。

「何かを残したい」

と思っている内は、芸術家としてまだ若い。
そう聴いたことがあります。
それが本当ならば、僕はまだまだ「若い」というか「青い」芸術家です。
僕の中に「何かを残したい」という「欲」がまだあるのです。

自分が本当に社会の歯車として「役に立った」と思うまで、
僕は突き進んでみようと思います。
何のためにピアノを弾くのか。
何故弾くのか。
それがその答えと一緒に分かる気がします。

でも、残り少ない今年は、ちょっと立ち止まってみようかな。

少しだけ、休憩。

2007.12.24

イヴのつぶやき

「信也さんのおかげで元気が出ました」

そう言ってくれる方が沢山いらっしゃいます。
僕は、その都度心から感動を感じています。
でも、本当はその逆なのです。
僕が皆様から元気を貰っている。
それが現実です。
だから、少しでも返せるようにと、頑張れます。
僕は、自分の事がそれほど好きではありません。
自分が出てる雑誌をニヤニヤと読んでいて「ナルシスト!」と言われた事がありますが、
ナルシストって、本当は自分が大嫌いっていうパターンがあります。笑(言い訳)^^
つまり、自分コンプレックスってやつですね。
だから、自分のためには頑張れない。
それが僕です。
でも、あなたのためなら頑張れる。

「もう、だめだ」

そう思うようなどん底でも、自分のためでなく、勇気をくれた方々への感謝としてなら、
力がみなぎってきます。
みなぎるというのは言い過ぎでしょうか、でも、始めの一歩を踏み出せる事が出来ます。
軽い気持ちで感謝しているのではないので、僕は音楽をもって表現しようと、
いつもブログでありがとうありがとうと連呼しないようにしようと思っているのですが、
今日は何たって、クリスマスイヴ。
奇跡ですら許される一時なんです。

たまには、これくらいベタベタに感謝して、いいよね。

「本当に気持ちがこもっているとき、人は単純な事しか出てこない」

と聴いたことがあります。
僕もこれに当てはまる人種です。
おいしいものを食べたら、「お、おいしい…」としか言えない。
だから、本当にありきたりだけど、言います。
みんな、準備はいい?
ちゃんと聴いてね。

  
     「ありがとう」


            信也より 愛を込めて クリスマスイヴの素敵な夜に…

2007.12.23

今日は渋谷のタワレコでイベントです!^^
何年か前に青柳晋先生のイベントに行った事があります。
今日は自分の舞台だ!
頑張るぞ!!

僕は老け込んでるってよく先生から注意されたけど、最近すごく思うのは後輩の頑張り。
結構頑張ってる奴がいる!^^
後輩たちに何をしてあげられるか、いつも考えてるぞ〜。
困ったら信兄ちゃんのとこにみんな来いよ〜。\(^O^)/
一緒に美しい世界になるように頑張ろう!!

善なる人達が行動を怠れば、悪が必ず勝利する。

ある映画で言っていた言葉です。
何が悪か何が善か、見分けるのは難しいけど、
その難しさを盾に自分を偽善化してはいけない。
うん、行動あるのみだ!!

信じる力を信じよう

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今日は現田茂夫先生の指揮と神奈川フィルの演奏と共演させて頂きました。
ベートーヴェンが実際に行った形で第九を企画しているのは、神奈フィルだけだそうです!
こうやって、当時を「再現」する事に、また多くの感動を覚えました。
やはり、人間は歴史を愛するべきだと、そう思いました。
沢山の素晴らしい見本となる先輩がいる。
ベートーヴェンの音楽もその見本の一つだと思います。

僕は、5歳の頃からピアノを始めて、中学の頃からはコンサートをやっていました。
ちゃんとギャラも貰ってやってました。
だから、ピアノを弾くという事に対して早くから「責任」というものも持っていました。

精一杯弾けば良いわけじゃない。
心の底から感動して貰わなくては。

いつもそんな風に自分を追い込めていました。
気付くと、音楽が癒しにはならなくなっていた時期もあります。
今だって、ちょっと油断すると音で癒されなくなってしまいます。
そんなときに車やバイクに乗ってみなとみらいへと急行するのですが…

僕は僕なりに、自分の人生を一生懸命生きてきた。

人生という道はどこまで続いているかわからない。
ステージの上は孤独で孤独で、寂しくて、パニックになったとき、誰も助けてくれない
という恐怖から、死んだ方がましだと何度も思った事もある。
ロシアでは死にそうな目にあった事もある。
憎しみで人格を喰われそうになった事だってある。
…大切な人を亡くした事だってある。

そんな中、僕は25年生きた。

今の目標は「いつ死んでも悔いの残らない生き方」だ。
本当にゆっくりだけど、色々な事も学んだ。
これだけ色々な事を経験してきた、、、と自負していたけど、
結局わかった事は少ししかない。
というか、ハッキリわかった事は、3つしかない。

 一つ目は、全ての諦めは間違いだという事。
 二つ目は、人を傷つける事からは何も生まれない事。
 三つ目は、憎む事より、許す事の方が気持ち良い事。

障壁はいつも自分が作りだしている。
あなたの善行を止められるものは何もない。
冗談抜きで、殺してしまいたいと思うほど敵視した相手がいたとしても、
一歩だけ踏みとどまって、「許す」という事をするだけで、本当に素敵な人生になる。
…言葉で言うのは簡単だよね。
うん、わかってる。
でも、本当に、本当の本当に、「憎む」なんて良いことない。

どうか、僕の願いが届きますように。

僕は諦めません。
きっと、願えば叶うはずだと、そう信じています。
バカにされればされるほど、僕の願いは強くなります。
そして、そういう人が出てくれば出てくる程、僕の許す機会も多くなります。

憎しみからは、何も発展しない。
憎しみからは、憎しみしか生まれない。

僕らは、まだこんな事言っているのか。
僕はその事に怒りがこみ上げてきます。
政治家同士の戦争や、民族紛争、宗教戦争、人が殺し合った負の歴史は沢山あります。
そして、それらで犠牲になった方々は、犬死にでしょうか?
僕の言っている事は大げさではありません。

たった一言で、死んでしまうくらい傷つく人がいるんです。

いや、一言も要らないかもしれない。
態度や目線一つだけでも…

どうか、傷つけないで下さい。
一度しかない人生。
どうか、傷つけないで、下さい。
あなたの「優しさ」から、人生を始めて下さい。

お願いします。

2007.12.22

デリケートな種族

今日は神奈川フィルとのコンサート。
@素敵な素敵な神奈川県民ホールです。
昨日初めて神奈フィルさんと練習してきましたが、皆様とても親切な方々でした。
素敵な演奏、出来るといいな。^^

世の中には、「え、そんな事だけで本当にそこまで傷つくの?」
と思ってしまうほど繊細な人種があります。
というか、人間殆どがそういう「傷つきやすい」動物だと思いますが、
それを踏まえても、本当に驚くほど「地雷」が多い人間もいる。
みんなで笑うような冗談を1人だけ「もう生きていけないかも…」なんて思うほど傷つく人
もいるし、特殊な人生経験から(トラウマやコンプレックス等)人とは違う価値観を持つ人
もいる。

特殊な性格はいじめを受けやすい、というか、特殊で且つ弱い人というのは、
殆ど必ず「いじめ」にあう。
そして、孤立してゆく…。
確かに、みんなが笑って過ごすような場面で1人だけ落ち込んでしまったりするのは、
その場の空気を壊したり乱したりする事にもなるかもしれない。

そんな「いじめ」を受けたりして孤立した人が、
また大人になっていじめを繰り返す事もあるし、
その反対で、誰よりも人の気持ちが分かる人にもなる事もある。

でも、どちらにしても、言葉というものは、本当に「凶器」になる。

たった一言だけで、人の人生をめちゃくちゃにも出来る。
僕は、ベートーヴェンは、「いじめ」を受けてしまう、
そんな人間だったんじゃないかと思います。
変わり者という事と、地雷が多くてすぐにいきりたつ。
どの言葉が地雷なのかよくわからないし、中々付き合いにくいかもしれない。

でも、僕は彼の音楽を今日も弾いてきます。
第9と、合唱幻想曲。
ベートーヴェンがこよなく愛した音楽。
彼の掴みきれないまでの激しい躁鬱感。
合唱幻想曲では、躁な気分が多く出ている気がします。
その「狂気的」なまでの躁感を、僕は今日命を削ってでも出してみせます。

言葉に疲れ果てた方達のために、僕は音を奏でるのです。

もうだめだ、と思ったら、音を聞きにいらしてみてください。
言葉では届かなかったところまで、音は浸透していき、あなたを慰めてくれる事でしょう。

2007.12.20

1秒の人生

1秒1秒違う自分の人生があるかもしれない。

数字は苦手だから、大体80歳まで生きるとして、
一体自分の人生は何秒あるのだろうか、僕には分からない。
誰か計算して下さい?そして教えて下さい?

人生のタイマーが発明されたら、皆さんは買いますか?

自分の人生が残り何秒か、刻々と表示してくれる悪魔の時計。
いや、天使の時計…なのかな?
ファイナルファンタジーというゲームに「死の宣告」というのがあるけど、
それと同じ原理だなぁ。^^
残りの時間がわかってしまったら、頑張れる人と頑張れない人と分かれるだろうな。
僕はどっちだろう?
実際にその時計がないとわからないですね。

でも、そんな時計があったとしても、なかったとしても、
大切なのは「残り時間が正確にわかるかどうか」ではないと思う。
大切なのは、1秒1秒が刻々と過ぎているという現実だ。
つまり、僕らにとっての1秒はとても重いものなのだ。

よく、時間を越えられる話で「タイムパラドックス」という言葉が出てくる。
過去で自分が殺されて、今の自分という存在と矛盾が出てきてしまうような事を言う。
そう、時間を越えると、その時の自分に出逢えるという考え方だ。
そうすると、1秒1秒の自分がいる事になる。
もちろん、正確に言えばもっといるんだろうけど、とりあえず1秒1秒いたとしても、
相当な数の僕がいる事になる。

それぞれ、みんな性格が違うんだろうなぁ。

僕は特に気分の浮き沈みが激しいし、驚くほど別人かもしれないなぁ。
でも、そう考えると、今生きている自分の「頑張り」は、
未来に生きているはずの自分への「贈り物」となる。
あぁ、なんだかちょっとスッキリした。
誰かのためにやる方が何でも上手くいくんだ。
どんなに小さな事でも、贈り物と考えれば、僕は頑張れる気がします。

残り秒数があと少しだったら…

でも、もし贈る相手がもういなくなってしまっていたら…
とても怖いな。
頑張れなくなるかもしれないなぁ。
もし、残りもあと少しになってしまっていて、1秒1秒が本当に大切な時間に思えて、
不安と恐怖に陥れられたら、僕はどう思うだろう。
きっと、怖いという感情に押しつぶされそうになるだろうな。
でも、それと同時に、一つ分かる事もある。

怖いというのは、死に対してだけではなく、人生に「悔い」が残るという事に対してだ。

残りの少ない時間で、どうやって悔いの残らないように生きようか。
そのプレッシャーで押しつぶされそうになると思う。
だからきっと、必要以上に人に気を遣うだろう。
誰にも迷惑はかけたくない。
故意に傷つける事はもちろん、言葉や態度にも相当気を遣うだろう。
僕は、人は「親切」を目指さなくてはいけない動物だと思う。

自分が親切に出来ていたか。

その自信があるかどうかで随分と違ってくると思う。
幻想的な人生が送りたい。
それが僕の夢の一つだ。
次の1秒の自分に、幻想を贈る。
そのために、今日も1歩ずつ歩こう。
1秒前の自分がどんなんだったか、思い出しながら、頑張ろう。

2007.12.18

DIARY

僕が音楽に込めている気持ちを敢えて言葉にしてみた。
それは情けないほどに安っぽい言葉の羅列だった。
でも、それと同時に、分かったことがある。
言葉に出来ないから、音楽にするんだ。
当たり前に聞こえるかもしれないけど、こういう事が大切なんだ。
今日は、小笠原伯爵邸にてコンサートがありました。
改めて、「品格」というものがクラシック音楽の生命なのだと、そう感じました。

ところで、我らが浦和レッズが世界3位になりましたね。
…泣きました。:;
一度はJ2へ降格したレッズ、コツコツと、コツコツと、歩き続け、
世界に辿り着きました。
本当に、誇りに思います!!
勇気をありがとう、浦和レッズ!!

2007.12.17

DIARY

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今日はパックンマックンの司会と共にNHKの番組「POP UP JAPAN」の収録でした。
あぁ、相変わらずTVでの演奏は慣れないなぁ。
でも、精一杯やりましたよ。^^
パックンマックンさんとも沢山からめて楽しかったです。

さて、そろそろクリスマスがやってきますね。
恋人達の奇跡が許される一時。
愛が世界に浸透しますように、僕は祈っています。

2007.12.16

DIARY

浅野和之さんの出演する舞台に行ってきました。
堺正章さんや、常盤貴子さん、ユースケサンタマリアさんなど、豪華メンバーでした。
三谷幸喜さんの脚本で、笑いの中にも確かに感じる強いメッセージがありました。
しかし、5分に一度は爆笑の渦。
「あぁ、こういう芸術もあるんだなぁ」
と、勉強になりました。

発売前から完売していたにも関わらず、ご招待していただいた浅野さんに、
この場を借りて厚く御礼申し上げます。
ありがとうございました!

2007.12.12

僕が弾く理由

「例え離ればなれになってしまったとしても、愛さずにはいられないと思うんだ。」

そうだ、僕らが生きている理由なんて考える事じゃない。
何でピアノを弾くのか、何で音楽を奏でるのか。
僕は理由を求めるべきじゃないんだ。
だって、答えを探しても答えは返ってこない。
最初からないんだから。
僕は、どうしても抑えきれない衝動、それで音楽を奏でている。

離れてしまう事が愛を止める事にはならない。
離れていても、そばにいられても、それは、結局愛するという事なんだ。
「理由すら存在しない強い感動」
それを僕はあなたに呼び起こしたい。
全ての幸せから見放されたベートーヴェンが、
自分の身体の中だけで奏でられる美しい音だけを、

        「幸福」

と感じたように、僕も掛け替えのない音を創り出したい。
ただ、それだけなんだ。
言葉には代えようがない。
ただ、理由はなにもない、それだけの事なんだ。


「例え離ればなれになってしまったとしても、愛さずにはいられないと思う。」
これが、僕がピアノを弾く理由かもしれない…

2007.12.09

僕たちがやらなくちゃ

「人は1人では生きていけない。しかし、二人いると争い合う」

僕は昔こんな言葉を耳にした。
その時は、皮肉めいた風刺にもきこえたし、意地悪な言い方だとも思った。
だけど、心のどこかで、少しだけ納得した。

でも、それを認めていいの?
世界中のみんな、それで悔しくないの?

確かに、いじめや紛争、人は群れになると止められない程の勢いを発する時もある。
正義がいつも勝つわけではない。
でも、それを認めてしまうかどうかは、僕らの心にかかっている。

負けるな、人間達!
負けるな若者!
地球の裏側で蝶が羽ばたいた事が、ここでは台風になっているかもしれない。
僕ら1人1人の勇気を、今も地球のどこかで待っている人がいる。
あなたは独りじゃない。
あなたのその勇気を待っている人が必ずいる。

それを信じられるかどうかも、僕らの心にかかっている。

2007.12.08

誰だって

「無理」という言葉の裏に、「諦め」という悪魔が住み着いている。
本当に「無理」な事は自分が思っている程沢山はない。
「障壁」というものは、自分が造り出す虚像でしかないのだ。

神様は、「怠けないように」と人を1人だけにしなかったという。
人間は、いつだって何かから逃げたがっている。
生きることから、逃げたがっている。
僕も、基本的にはいつも逃げたがっている。
だから、逃げるための「言い訳」が必要なんだ。
だから、「無理」という言葉を造りだした。

今一度、自分に問いかけてみたい。

  「本当に、無理なのですか?」

無理かどうかは、言葉にする事ではない。
未来に、「結果として無理だった」という使い方しか出来ないはずだ。
無理かどうか、決めるのは、人ではないのだ。
「全ての諦めは間違っている」
僕は、その事だけを、確かな言葉として言える程に経験してきた。
諦める事だけは、間違えだと、そう思う。

だけど、そりゃ、誰だって辛いときがあるよね。

だから、責める事も、間違えだと、僕はそう思う。

2007.12.06

僕が走る理由

世界はあまりに大きくて…
あまりに多くの人生がありすぎて…

自然の中に僕の身体がとけ込んで行くように感じるんだ。
でも、星の一部になれる事がこんなに心地良いなんて思わなかった。
緑の力が僕を勇気づけてくれる。
青の癒しが僕を包んでくれる。
そうだった、僕は忘れてた。
自分がちっぽけだって事。
そして、走り続けていたのは「勝つ」ためではないという事…。

走って走って、走り続けて…
僕は後ろにみんな付いてきてくれてるものだと思っていた…

でも、走り続けていたら、いつしか僕は何故走っていたのかという理由を忘れてしまった。
そして気がつくと、後ろには誰もいなかった。
そっか、僕は孤独だったのか。
今更になって悲しみと不安がこみ上げてくる。
「じゃあもう走るのよそうか?」
もう1人の僕が話しかけてくる。
やめてしまいたい、そう思った事はたくさんあった。
走り続けてるとき、幾度となく諦めようとする自分に負けそうになった。
でも、僕は「何かのために」走っていられた。
自分のためじゃない。
「何か」のためだ。
でも、それが今何だったのか思い出せない。
あんなに辛くても走り続けられたのに、今はもう足が動こうとしない。
でも、「何か」のために前へ進まなくては!
停まってはいけない。
前へ、前へ!

僕は、一番大切なものを忘れていたんだ…
僕は、走って何かを達成したかったんじゃない、走りたかっただけなんだ。

力が入らない。
目標を失ってしまった今、走ろうにも走れない。
ぐっと疲れが出てしまう。
結局、走っているつもりがいつも歩いている。
しまいには、よろよろと酔っぱらいのように右に左に振られて歩いている。
あぁ、あの先には何があるんだろう。
見てみたい。
あそこに辿り着いたら、何が得られるんだろう。
人に優しく出来る?
人を心から信じられる?
あそこに行ってみたいのに、力が入らない。
もう、だめだ。
のども渇いてからからだ。

「僕、死ぬのかな」

死を受け入れたとき、それは意外にも穏やかにやってきた。
なんて安らかな気持ちだろう。
死ぬって、こんなに気持ちいい事なんだ…。
倒れ込んだはずなのに、ちっとも痛くないや。
なんの衝撃もなかった。
不思議だな、柔らかいベッドに倒れ込んだようだ…。
このまま眠ろう、このまま…。
もう、いい、充分生きた…


「はぁはぁ、やっと追いついたよ」
「そいつ、大丈夫?」
「まったく、いつも心配かけやがって」
「先に行っといてこれじゃあ意味ねえじゃん!笑」
「いつもそうだよこの人は、まったく」

色んな声がする…
天国かな?
いや、違う。
これは…

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今までの人生、僕はいつも強がってばかりでした。
どんなに信頼している人にも強がってばかり。
でも、それが僕なりの愛だったのです。
そうやって、強い自分を見せる事が相手の幸せだと思ってたから。
でも、いつも誰よりも先に走ろうとして、頑張りすぎて、倒れ込む。
倒れる頃にはいつの間にか誰もいないところまで走っていて、すごく孤独になる。
それで、「僕はみんなに見放されたんだ」と思いこむ。
もうだめだって諦めそうになったときに、みんながやっと追いつく。
それで、みんなにいつも心配かけて、迷惑ばかりかけて、ここまで来られました。
昨日、僕の今までの音楽の集大成のCDが発売されて、色々な人から激励をもらいました。
僕は独りじゃなかった。
でも、頑張っていると、ついいつもの悪い癖が出てしまうんです。
本当にごめんなさい。
でも、誰よりも感謝してるし、誰よりも愛を持っています。
僕の音楽を世界中の人に聴いて貰うには、あまりに地球が大きくて、
あまりに僕がちっぽけで、本当に諦めそうになる時がよくあるけれど、
僕には仲間がいます。
孤独だと思っているあなた、本当に孤独ですか?
あなたは孤独と闘っていますか?
そして、本当に人を愛していますか?

孤独になりたいんじゃなくて、ただ泣きたいだけなのではないですか。

僕は、僕自身をよく理解していない。
僕の気持ちすら、あまりに複雑でわからなくなる。
でも、それが人間だって事、みんなが教えてくれました。
そして、僕が走っている理由は、全てを愛するため。
何かに「勝つ」ためではなかった。
勝つだなんておこがましい。
僕らが出来ることなんて、ただ、ひたすらに人を愛する事だけですから。

今日も、皆様に美しい愛が訪れますように。

2007.12.05

清塚信也「熱情~Appassionata~」

ファン待望の自身初の本格クラシックアルバム。
今、表現できるすべてを注ぎ込んだ渾身の一枚!

【収録曲】
01.ベートーヴェン:ピアノソナタ第23番ヘ短調作品57≪熱情≫第1楽章
02.ベートーヴェン:ピアノソナタ第23番ヘ短調作品58≪熱情≫第2楽章
03.ベートーヴェン:ピアノソナタ第23番ヘ短調作品59≪熱情≫第3楽章
04.ショパン:夜想曲 第2番 変ホ長調 作品9-2
05.ショパン:夜想曲 第20番 嬰ハ短調 《遺作》
06.ショパン:練習曲 イ短調 作品25-11《木枯らし》
07.ショパン:練習曲 嬰ハ短調 作品25-7
08.ショパン:バラード 第1番 ト短調 作品23
09.ショパン:スケルツォ 第3番 嬰ハ短調 作品39
10.ショパン:舟歌 嬰へ長調 作品60

録音:2007年8月23&24日@ヤマハ
発売:ワーナーミュージック・ジャパン 
WPCS-12100 
定価¥3,000(税込)


2007.12.04

おーちゃん〜完結編〜

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【僕が噂の新入りおーちゃんです☆】


暗い廊下を一歩一歩進み、光の漏れている扉へと恐る恐る手を伸ばす。
僕とおーちゃんとの思い出が走馬燈のように蘇る。
あいつが赤ちゃんの頃からずっと一緒だった。
まだ毛も短くて、足も短足で、寂しがり屋でいつも一緒にいないとすぐ鳴き始めるやつ。
でも、僕の唯一の理解者であり、親友だった。
「生きていてくれてありがとう」
おーちゃんが帰って来たのがわかって、初めて「死」を意識した。
そう、本当は心のどこかでおーちゃんは死んでしまったと思っていたんだ。
でも、怖かった。
そんな妄想が恐ろしかったから母を追求できなかった。
でも、今、この扉の向こうにおーちゃんが…

扉を開けて、僕は絶句した。

毛は短く、短足で、一回り以上小さくて、それはおーちゃんの子供の頃だった。
僕は幻想を見ているのだろうか?
あの時のおーちゃんがここにいる。
首をかしげて僕の事を不思議そうに見ている。
「だれ?」
そんな事を言っている様に見えた。
一瞬の沈黙があって、僕は全てを悟った。
純粋無垢なその瞳からは、おーちゃんの悲しい「死」が映し出されている様だった。
僕の頭の中に、おーちゃんの最期の時が映し出された…
もう、おーちゃんに会う事は出来ない。

扉の向こうには「新しいおーちゃん」がいた。

僕の親友のおーちゃんはもういなかった。
そして、僕はその夜に真相を知る事となった。
おーちゃんは、あの「夢」がかなった2月11日に、死んでしまっていたのだ。
あれから約1年が経とうとしていた。
ようやく真相が明らかになった。

おーちゃんが何かに驚いて急に走っていってしまった事。
逃げ出した後、その日の夜に近くの林で見つかった事。
見つかった時にはもう身体はボロボロで、どうやら車にぶつかったらしいとの事。
そして、母の顔を見ると、最後の力を振り絞ってしっぽを3回だけ振った事。
その直後に力尽きた事。

…おーちゃんは最後の最後まで家族に会える希望を捨てていなかった。
どこの林かわからないところまで入ってきてしまって、それは心細かったろう。
暗い、寒い、怖い、どれだけ孤独だったろうか。
お巡りさんが見つけてくれて、愛犬の捜索願を出していた母に連絡が来たそうだ。
急いで駆けつけた。
そして、おーちゃんは母の顔を見て息を引き取った。

僕の心の中には、怒りが立ちこめていた。
いくら人生の「夢」が叶う大切な時でも、僕はおーちゃんの「死」を知りたかった。
「もし」というのは人生において全て「幻想」だから確かな事は分からない。
でも、
僕はもしおーちゃんの「死」を知っていたとしても、絶対にコンサートを成功させれた。
いや、知っていた方が勇気が出たと思う。

しかし、僕は母の気持ちも理解した。

親と子というのは、そういうものだろう。
姉も母もおーちゃんをよく知っていた母の友人も、皆おーちゃんの「死」を知っていた。
知らなかったのは僕だけだ。
でも、それは、皆からの愛だという事を理解した。
受け止められないくらいの怒りが立ちこめていたけれど、
おーちゃんの最期の勇気や、おーちゃんとの美しい思い出を台無しにしたくないから、
自分の怒りではなく、人の愛を優先させる事が出来た。

何かを守るという事は、何と強い事だろう。

僕は涙一つ見せなかった。
悲しい顔すら見せたくなかった。
皆の愛に応えるために、おーちゃんとの思い出を大切にするために、
「死」という存在を知ったその時、僕は心を平穏に保った。
そして、出来るだけ明るい顔を作って、新しいおーちゃんの事をかわいがるふりをした。
小さいおーちゃんは、あまりにも軽かった。
抱きかかえると、舐めたり噛んだりして甘えてくる。
きらきらとした純粋な瞳。
ポーランドの田舎で見た星のようだった。
泣かないようにとへ理屈をならべて自分を慰めた。
でも、我慢すればするほど悲しみがこみ上げてくる。
僕は自分の部屋へとおーちゃんを抱えたまま歩いていった。

そして、小さくなったおーちゃんの事を一生懸命にみた。
「お前には先輩がいるんだぞ、いいか、ちゃんと言うこときくんだぞ、
 じゃないと、先輩のおーちゃんが怒るからな…」
僕がしゃべると、小さいおーちゃんは不思議そうな顔をして首をかしげた。
「くーん」
と小さい声を出した。
…僕の目からは知らぬうちに涙が溢れていた。
そして、力一杯、新しいおーちゃんの事を抱きしめた。
泣いても泣いても、おーちゃんの顔が思い出されて涙が溢れた。
小さいおーちゃんは僕を慰めるように涙をぺろぺろと舐めてくれた。

最期の時、おーちゃんは僕の事を心配していたかな。
明後日のコンサートを、心配していたかな。
「おい、僕がいなくてもしっかりやれよ」
そんな風に言っていたんじゃないかな。
会いたいよ、おーちゃん。
また、僕の話を聞いてくれよ。

僕は抱き抱えているおーちゃんをもう一度よく見た。
前のおーちゃんとは顔が少し違う。
こいつの方が美形だな。
そんな事を考えていると、僕は泣きながら笑っていた…。

「おかえり、おーちゃん」

そんな風に言うと、小さいおーちゃんは少し笑ったようにも見えた。

今、その「新入りのおーちゃん」は元気に暮らしています。
散歩中にピアノの音が聞こえると立ち止まる僕の家にはふさわしい犬です。
僕に似て可愛くないところもあるけれど、憎めないやつです。
犬は、僕ら人間より早く寿命を迎えます。
だから、犬を飼う以上、「死」を意識しないといけない。
犬を飼うという行為は、「生」を意識する事だと思います。
だけど、生きるという事はまた、死ぬという事でもあります。
僕らの生は仮の生。
死という存在に司られた借り物。
美しい生を手に入れたければ、死という暗黒の存在を受け止める事です。
今のおーちゃんだって、死んでしまう日が来るのを僕は認めたくない。
でも、それを受け入れる事によって、また愛が増すという事もあります。

それらは、僕ら人間にだって言える事。

死という存在を意識する事によって、1秒1秒の生を確実に愛せる。
生きている事を感謝する事が出来る。
神は死の象徴かもしれません。
生命とは、与えられるものでも奪われるものでもありません。
ただ、ひたすら、

     愛するもの
        
         なのです。

…全ての生命には「死」という儚い運命が架せられている。
その事を僕は今の時代に再認識してもらいたい。
ベートーヴェンやショパン、少し前の時代では、常に死が隣り合わせにあった。
疫病や戦争など、沢山の「生きる不安」が存在した。
だからこそ、命の尊さを感じられたのではないか。
だからこそ、生きる事の素晴らしさを感じられたのではないか。
そんな事を僕はピアノで伝えて行けたらと思います。
明日、遂にワーナーからCDが発売されます。
今回のテーマは「熱情」。
これは、僕からあなたへの、命のメッセージ。
そして、あの時おーちゃんが僕に教えてくれた、生きる勇気が込められた熱い熱情。

音楽は空間に漂う時間の流れを表すものです。

僕たちが生きているという事そのものを象徴しています。
あなたの人生の1秒1秒を愛してあげてください。
音楽には、それを認識させる力があると、僕は信じています。

あなたの勇気を遮るものは何も存在しない。
死という神があなたを見守っています。
死は、生に命を与えてくれる温かい存在です。
39歳で亡くなったショパンからしてみれば、
僕の歳25はもうとっくに折り返しを過ぎている。
僕がいつまで生きるかは分からないですが、
僕は最期の時まで一生懸命生きようと思います。

最期まで頑張ったおーちゃんのためにも。
ずっと不幸な運命と闘い続けたベートーヴェンのためにも。
早くして亡くなってしまったショパンのためにも。

生きていると言うこと、それだけで素晴らしい。
あなたが生まれたという事、それだけが美しい。
だから、1秒1秒を、慈しんで、愛してあげましょう。

    それでこそ、人生です。

僕は、あなたが生きていたという事を、絶対に忘れません。

「おーちゃんへ」

おーちゃん、おーちゃんが生きていたという事を、絶対に忘れないよ。
本当に、ありがとう。
僕は今、とても幸せです。
おーちゃんは僕の中で永遠に生き続けている。
だから、見守っていてね。

ありがとう。
心から、愛してる。
いつか、僕がおーちゃんと天国で会える時、僕も最期の最期まで愛を持っていられるかな?
きっと出来るよね?
おーちゃん、沢山話したい事が、たまってるよ。
待っててね。
                  しんや

2007.12.03

おーちゃん3

幼い頃からの夢であった「プロオーケストラとの共演」。
それを果たした僕は、怖い者知らずの高校生となった。
全てが順調にいっていたのだが、ただ一つ気がかりなのはおーちゃんが帰ってこない事。
母に訊いても「もうすぐ帰ってくるから…」と言われるばかり。
その表情があまりに暗いので、僕は追求が出来なかった。
いや、今考えると、追求するのが怖かったのかもしれない…。

僕はおーちゃんを心配しながらも、真実を追求できない音楽高校生活を送っていた。
春が過ぎ、夏が過ぎ、そして秋になった。
そんなある日、一本の電話がかかってきた。
段々と冬の兆しが感じられるようになった日だった。
母からだ。
「今日ね、おーちゃんが帰ってくるから、早く帰ってきてね。
 家に誰もいれないから、一緒にいてあげて。」
僕は飛び上がって喜んだ。
全てがどうでもよくなるような舞い上がった気持ちだった。
やっと帰ってくる!僕の親友が!!
そして僕は高鳴る胸の鼓動を感じながら走って帰った。
あんなにドキドキした事はあまりないかもしれない。

家に着くと、本当に誰もいなかった。
真っ暗な部屋。
しかし、奥の部屋だけ扉の向こうから光がもれている。
「あの部屋にいるんだ」
僕は確信した。
そして一歩一歩その部屋へと近づいた。
おそるおそる扉を開けてみるとそこには…

つづく