清塚信也 OFFICIAL BLOG: 2008年04月

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2008.04.28

祈り

「祈り」という曲がある。
単純な和声に、単純なメロディだ。
特に記述する程特別な技術もない短いノクターンのような曲だ。
メロディをチェロが、伴奏の和音をピアノが弾くというスタイルを想定して作られた。
ピアノだけでも弾く事が出来て、又、歌詞を付けて歌の曲にまで変貌した。
僕が作った曲で、僕以外の誰かが弾いたり歌ったりしているのを聞いた唯一の曲でもある。
この曲は、
僕のために祈ってくれている人へのお返しに何か出来ないかという思いで作った曲だ。
学生の頃は、祈るくらいならチャンスをくれ、と思っていたが、今は違う。
どんな物よりも、祈ってくれているという事実が、僕の心には響く。
孤独な舞台を踏んだ後、嵐の航海のような仕事を終えた後、「ずっと無事を祈っていました」と誰かから言われる事ほど心にしみる事はない。
それを感じるようになったのはロシアから帰ってすぐの事だ。
そして、すぐにこの曲が出来た、というわけである。

そんな「祈り」は、そのシンプルさからか、子供にもよく弾いてもらえる。

そして、またこの祈りを僕の知らないところで弾いてくれている人がいた。
その方は、誰かのためにこの祈りという曲を弾くらしい。
しかし、その「誰か」のために弾くと、決まって途中で詰まってしまうらしいのだ。
感極まって、途中で演奏不可能になってしまうらしい。

僕にもそんな経験がある。

もっと若い頃にはそんな事が沢山あった。
ショパンを弾いていても、ラフマニノフを弾いていても、オリジナルを弾いていても、
一日に一度は、感極まってどうしても弾けなくなってしまう事があった。
困ったことに、時々コンサートでも同じような現象が起こった。
いつもなら演奏を止めて、泣くなり、叫ぶなり、壁を叩くなりしたのだが、
コンサートとなるとそうはいかない。
だから、こらえる。
こらえる。
それしか出来ない。
これが、これこそが僕の仕事だと、そう言い聞かせてこらえる。
そして、こらえるという力を得るのだ。
これが音楽家としての青春だ。
これは決して「青い」という事ではない。
これは、音楽家として深い表現をするために必要なアイテムだ。
同じ言葉でも、
人生経験豊富な老人が言うのと、20歳そこらの若者が言うのでは威力が違う。
同じ曲でも、ピアニストによって説得力が違う。

だから、その方にも、あと一歩頑張って欲しい。

そこが、そこからが、学生とプロの境界線かもしれない。
感極まって、どうしても止めたい時も、自分ではなく、やはり聞かせたい人の事を思って、
なんとか乗り切って欲しい。
その闘いこそが、その葛藤こそが、表現を深いものにするのだ。

僕は、いつもどこかでその事を、祈っている。

2008.04.27

暗闇病

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こうして、スターバックスのオープンテラスでコーヒーを片手に道行く人々を観ていると、
自分がどんどん暗闇の中に吸い込まれてゆく気がする。
いや、気がする、のではなくて、実際に僕を暗闇が包み込もうとしている。
暗闇が僕を飲み込もうとしているのだ。
いつも気を確かに持っていないと、すぐに暗闇は僕を包み込み始める。
僕はこれを「暗闇病」と呼んでいるが、他にも同じ症状を持った人がいるのだろうか?
僕は、このスターバックスが好きだ。場所が良い。
真新しい信号機がある交差点の角に建っていて、商店街にも駅にも近い。
人々は、駅に行くか、商店街に行くか、目標を持って歩いている。
だから、僕がじっと観ている事なんて気にもとめず、
エサを見つけた獣の様に一点に集中して歩いている。
このスターバックスを横切る歩行者は、実に種類が豊富だ。
子供から老人、学生からアルバイトの店員、社会人もいるし、世の中の凡庸さが全てここを横切っていく。
それを僕が、ただの石像のようにじっと座って眺めていると、この世は僕なしでもちゃんと動くという再確認が出来る。当たり前だが。
しかし、そんな疎外感を心地よく思ってぼぅっとしていると、いつの間にか暗闇が足下から浸食し始めている。
いかんいかんと首を振って気を確かに持つ。
ぼぅっとする時間が長いと、いよいよ僕は暗闇になってしまって、影として生きていく事になるのだろう。
それもまあいいか、と頭では思っているけれど、本能がそれを許さない。

しかし、ぼぅっとするとき、ちゃんと気を持っている時からの境界線はどこにあったのだろうと、いつも不思議に思う。
知らないうちに眠っているのと同じで、いつからぼぅっとしていて、いつまで気を持っていたかがわからない。
どんな事にも境界線はあるんだろう。
それがハッキリしていると気持ちがいいが、こういう風に曖昧だと、少し気持ち悪い。
コンサートでステージに出る直前、いつも境界線を感じる。
ここから一歩出たら、もう後戻りできない。
別れ道と似ているかもしれない。

…と、交差点の角に立っているポールに気付く。
白くて背の低いポールだが、少し曲がっていて、
車か何かに擦られたような黒い傷跡が無数にある。
しかし、この交差点は車が入ってくる頻度は他の交差点に比べて極度に少ない。
特に、ポールが立っているところは、商店街への道で、商店街は夜まで車両進入禁止だから、擦られる程車が入っているとは思えないのだが…。
時々入ってくるトラックとかが擦っていくのかな。
大体、あんなところにポールが立っていた事自体、僕は今まで気付かなかった。

コーヒーは既に冷めてしまった。
まだマグカップに半分以上残っているコーヒーは、風が通ってテーブルが少し揺れる度に、夜の海の様に波打っている。
目を瞑ると、目の前に絶対的な暗闇が押し寄せた。
コーヒーの黒とはまた違った黒だった。
春の緑と同じように、様々な黒が存在する。
そして、僕は暗闇に浸食される。
ポールを観たのがきっかけで、暗闇はまた僕を喰らい始める。
きっと、今目を開けても、また違った黒が広がっているのだろう。
僕は、さっきまでテラス席に座っていたのに、いつのまにか影だけになっているんだ。

暗闇病は、誰にでも襲いかかる病気だ。

ほら、あなたの足下にも…

2008.04.21

キラキラしあわせ

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人生の節目というのは、どうして涙が出るんだろう。
昨日、僕の仲の良い幼なじみが結婚しました。
僕は友達代表でスピーチしましたが、今更真剣になり過ぎる事もないくらい仲が良いので、
少し冗談を交えながら、色々と話しました。
でも、それでも、
幸せそうな二人を見て、とてもキラキラしていて、どうしてか涙が出そうになりました。

「なんでだろうね?人生の節目には感動がある」

思わずそう言ってしまった。
そして、ちょっと言葉に詰まってしまって、でも、最後は笑顔でおめでとうを言えました。
二人とも、本当におめでとう。
末永く、お幸せにね。

2008.04.19

別れ道

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今僕は別れ道の前に立っている。
人生という名の別れ道だ。
僕は、どっちが正しい道で、どっちが間違った道か、どうしてだか分かっている。
でも、明らかに、正しい道の方が険しい。
岩がデコボコしているし、崖っぷちだし、蜘蛛や蛇などが出そうな気配もする。
それに対して間違った道といえば、綺麗に舗装されていて、とても歩きやすそうだ。
誰がどうみても、間違った道を行く方が簡単だし、楽ちんだ。
でも、それでも、正しい道がどっちだかは、ちゃんと分かっている。

今はまだ別れ道の根本に立っているから、どっちの道に入るのにも1,2歩あるけばいい。
だから、間違った道にちょっと入ってみて、すぐこの分岐点に帰ってくる事も容易だ。
でも、しばらく歩いてしまったら、もう戻ってこられない。
今は1,2歩の差でも、しばらく歩いてしまったら、もう取り返しがつかなくなる。
だから、いつも人生という名の道に迷い込んでしまう時は、1,2歩の差なんだ。
初めは1,2歩の差だ。
でも、後で、何千、何万、何億歩という差がついてしまう。
それを理解出来ているのに、僕は時々間違った道を行ってしまう。
どうしてだろう?
それは、険しい道を行く勇気と体力がないからだろう。
間違えと分かっていながら、楽な方を選んでしまう。
そんな自分が嫌いだ。
いや、こうして口に出して「嫌いだ」なんて言っている自分も嫌いだ。

でも、今まで幾度となく間違った道を選んでしまったけれど、後悔はしていない。
反省はしているけれど、後悔はない。
人生という道は、一度歩くともう二度と同じ道を歩く事は出来なくて、いつも先に先にと進んでいなくてはいけない。
立ち止まる事は出来るが、戻ってもう一度という事は、絶対に出来ない。
だから、全ての「もし」は僕の想像でしかないけれど、でも、僕はこう思う。
あの時、正しい道を選んだとしていても、途中の道は違えど、今僕が歩いている道に出たのではないかと。
そう、間違いを選んでも、それを無かった事にする事は出来ないが、より険しい正しい道を経由する事で、もとの正しい道に戻る事が出来るんだと思う。
だから、途中で痛い目にあったりしたけど、今はまた正しい道に戻っていて、ちゃんと歩いていると思う。
でも、今でも時々また間違った道を選択している。
なんて学習能力のない奴だと思うけれど、体がどうしても険しい方に向かない時が、あるんだ。

道の間違いはそれだけじゃない。
選択の間違いだけではなくて、歩き途中の行いでの失敗がある。

僕は、その間違いもしばしば犯す。

善人ぶって、人の荷物を持ってあげたり、もっとおせっかいな時には、自らの命を呈しておぶってあげちゃう事もある。
でも、歩き続けて、それが段々苦になってきてしまい、全て放り出してしまうのだ。
自分から親切を与えておいて、後で奪う、最低な奴だ。
でも、どうしても全てを放り出したくなる衝動が、僕には発作的に現れる。
だから、初めから親切なんてしなきゃいい、善人ぶらない方がいいのに、それでも、自分がいい人になりたくて、それに憧れていて、どうしても挑戦してしまう。
いい人という仮面をつけて、それで歩いているから、本当に心からあふれ出る親切じゃない親切をする事がある。
でも、それを続けていると、自分が本当に親切な人なのか、そうじゃないのか、わからなくなってくる事がある。
そうすると、なんだか本当に親切ないい人になれたようで、とても嬉しくなる。
でも、ある日突然それが音を立てて崩れる。
それで、信じられないくらいの速さで走って逃げてしまう。
走って走って走って、走りすぎて、どうして自分がこんなに走っているのか分からなくなった時に、ついに力尽きて立ち止まる。
そして、親切にしていて逃げ出してしまった人が後ろから追い抜く時までずっと立ち止まっている。
当然、追い抜く人は僕を白い目で見る。
「お前は最低な奴だ。偽善者だ。初めから親切なんてしなきゃいいんだ」
そんな目で僕を見る。
そして、全てが去った後、僕は、間違いと分かっていながら、険しい道を行く気力がないもので、楽な道を選んでしまう。
そして、また一つ、心に傷を負い、自分が嫌いになる。

人生なんて、それの繰り返しだ。

でも、僕は今日も諦めない。
自分がいい人になれる日が来ると信じている。
だから、こんな僕でも一緒に歩いてくれている人、途中声援を送ってくれている人、本当に感謝している。
言葉に出来ないくらい感謝している。(実際にいつもコンサートの時言葉にならない)

人生という名の道は山道で、きっと、最後、頂上に到着したときには、今まで歩いて来た道が一目瞭然に見えるのだろうと思う。
それで、僕は今までを振り返って懐かしむ。慈しむ。
「あそこで間違えなくてよかった。あそこをあのまま進んでいたらがけだったんだ。危なかった。あの時の選択は正しかったな。おや、あの人、まだあそこで迷っている。」
そんな事を想いながら、ゆっくりと腰を下ろして、死んでゆきたい。
頂上には、途中、僕の偽善で迷惑をかけた人もいて、謝る事が出来る。
「あの時は本当にごめんなさい。今となっては、何が善なのか、ちゃんと理解しました。あの時、僕は無理をしてあなたをおぶってあげたり、持てもしない重い荷物を無理して持ってあげようとしたりしなくて、ただ、一緒に世間話でもして、楽しく歩けばよかったのですね。あなたは、僕のおせっかいを期待していたんじゃない。僕と一緒に歩いて、励まし合い、孤独を感じずに歩く事を欲していた。それは僕も同じでした。だからこそ、いい人になろうと無理をして…」
そこまで言うと、その人は何かを悟ったような優しい笑顔をしながら言う。
「もういいんですよ。終わったことです。確かに、あの時私は傷つきましたし、大変な思いをさせられました。でも、今となっては、良い思い出です。本当ですよ。良い思い出なんです。人生って、そんなものだ。歩き続けてさえいれば、こうやって、いつかは全て良い思い出となって心のポケットにしまえるのです」
僕は頷いて、目を瞑り、その人に別れを告げ、そして感謝を告げ、独りになる。
死ぬ時は密やかがいい。
でも、その孤独は寂しいものじゃない。
今までの道を振り返りながら、まろやかな気持ちになれる孤独だ。

きっと、歩き続けた最後には、そういうのが待ってる。

僕は今また別れ道の前に立っている。
そして、僕はいつものようにどっちが正しいか、何故か知っている。
僕は、険しい方を行くつもりだ。
この道の先に何が待っているのか分からないけれど、それでも、険しい方を行くつもりだ。

僕はいま、人生という名の道を、歩いている。

あなたも、その道のどこかを、歩いている。

2008.04.16

DIARY

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調布グリーンホールでは沢山の皆様にお集まり頂き、とても幸せでした。
かわいい後輩の鍵富弦太郎もこれからよろしくお願いしますね。
僕は音楽家とあまりうまが合わない傾向にあるのですが、彼とはとても気が合います。
音楽よりもサッカーで関わっていた方が長いからかなぁ。
共演は少し苦手分野だったけれど、これからバシバシやっていきますよ。
これからも僕の紹介する素敵なアーティスト達を見守っていて下さい。

会場には、誰でもピカソの時に一緒だったダンサーのタカヒロさんが来てくれました。
その後楽しくご飯を食べに行き、ご自身も今、
宝塚とホリプロのミュージカルの振り付けをやっていて
やり甲斐があるといったお話とか、
久しぶりにNYから帰った、たかぴぃに会えてとても嬉しかったぁ。

みゅーじんも無事にOAが終わり、ひとまずホッとしました。

その翌日にはヤマハの講座収録がありました。
僕は普段3時間くらいしか眠れない人ですが、
流石にコンサートとみゅーじんの翌日AM5時30分起きは辛かった…。
でも、講座はしっかり収録しておいたので、是非ヤマハ店頭等でOAされたら観てみて下さいね!

今日は、先日渡辺俊幸さんの曲と熊木杏里さんの曲を
レコーディングした映画「天国はまだ遠く」の試写を観てきます。

その後渡辺さんとお寿司へ!!
渡辺さんは精神世界にお詳しいようなので、色々とお話したいと思います。
楽しみだぁぁ。

熊木さんもコンサートに来てくれました。
皆さんちゃんとサイン貰いましたかー?
映画の長澤監督やその他の方々も、チームで来てくれました。
お忙しい中、お越し頂いて、本当にありがとうございました。

とにかく、いつもお顔を見せてくれている方、初めてお顔を拝見した方、
たかぴぃ、熊木さん初めとする暖かく見守ってくれている方々、本当にありがとうございます。
僕は、皆様のおかげで今音楽を愛していられる。
条件付きの愛は本物じゃないかもしれないけれど、今はそれしかないのです。

以前、ある方から「子供を見ていると人の表現というのがよくわかる」と聞きました。
本当においしいものを食べたとき、もう、その驚きの表情ときたら、とてもストレートだそうです。
そして、「おいしい…」という言葉しか言えないのだそうです。

その気持ち、とてもよく理解出来ます。

僕も、あのステージで、皆様から暖かい愛の籠もった拍手を頂くとき、何も言えない。
   ただ、ひたすら、
        ありがとう
            と言うしかないのです。
皆様、本当にありがとうございます。

批判も含め、僕は皆様から話題にされるだけでも、とても幸せです。

2008.04.13

先の見えない道

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今日はみゅーじんが放送されます。
22時54分から?
今日は僕もどこかでOA観られると思います。
本当は恥ずかしいから直視出来ないと思うけれど…
とにかく、良ければ観てみて下さい。
NAOTO兄さんもちゃんと出てるかなぁ。
ほとんどOAでは使えないような事ばっかり言ってたからなぁ〜(-_-)

今日は今から調布に行きます。
今日の共演者である後輩の鍵富弦太郎は家が近いので車で拾って行きます。
今年は、始まってから既に色々とありました。
自分で選んだ道とはいえども、苦しい事は苦しいし、辛い事も沢山ある。
好きでやってるんだから、という言葉は幾度となく心に突き刺さりました。
他にも辛い人は沢山いる、もっと大変な思いをしている人は沢山いる…

そんな事関係ないと思う。

人間の苦しみというのは、花粉症と一緒でその人の免疫力によってその辛さが変化する。
同じ辛い出来事でも、何ともなかったかのようにテクテクと歩いて行けるような人と、それで自殺を考えてしまう程ダメージを受ける人とがいる。
他なんか関係ないじゃないか。
…やめよう。
僕は何を書いているのだか。

例えば誰か1人の命と引き替えに世界を救えるとして、
僕は誰かが名乗り出るのを待っているだけの男だ。
だけど、HEROになりたい。
ただ1人、君だけのHEROになりたい。

死ぬほど好きなミスチルのHEROの歌詞で収集つけます。

僕は人生を道に考える。
今日、今歩いているこの道は、一体どこまで続いているのだろう。
カーブで先が見えないからこそ、先に期待が持てる。
パンドラが最後に残してくれた予知という絶望。
それはまだ僕らに降りかかってはいない。
そう、今日のコンサートも、どうなるか分からないからこそ、希望がある。
癒すだなんておこがましい、幸せにするなんて口が裂けても言えません。
でも、生きている実感が持てる時間を創り出したいと思います。
後輩の鍵富弦太郎もよろしく。

2008.04.09

DIARY

いつものようにスターバックスのテラス席に座って、少し周囲の様子を見てみる。

テラス席には僕の他に女子高生が3人座っていた。
制服を着ていなくて私服なのだが、大体の雰囲気で高校生くらいだと分かる。
もし大学生でも、20歳はいっていないのは明らかだろう。
3人ともとても大きな声で話していて、時折歩行者が驚いて振り向く程だ。
子供から大人に移り変わる年頃で、話し方は子供、見かけは大人といったところだろう。
本人達は大人の意識なんて殆ど無いだろうし、まだ子供でいるつもりなのかもしれない。
しかし、子供は自らを子供だとあまり言いたがらない。
僕も子供の頃、大人にやたらと子供扱いされる事に嫌気がさした覚えがある。
勿論、大人の話は理解出来ない事も多かったが、解る事もあった。
理解出来る事もあるのに、
子供だからという理由で話してもらえない事をとても残念に思った。
理解してる事を話す事が出来たら、大人と子供という壁を破ってもっとお互いの事を解り合えると思った。

そんな事を考えていると、3人のうちの1人が煙草を吸い出した。
当たり前のように火をつけて、当たり前のように肺から煙を出した。
煙草を吸う姿というのは、どうして悪く見えるのだろうか?
とても不思議だ。
眠気と共にやってきた欠伸をするように煙を吸い込み、
「なに?何か文句あんの?」というようなけんか腰な感じで煙を吹かす。
その後彼女は暫くぼーっと遠くを見るような目をしていたが、突然何かに気付いたかのようにピクっと動いて煙草を灰皿に押しつけた。
何をそんなに急いでいるのかと尋ねたくなる程、それは素早い動きだった。
丸で、嫌なことを振り払うかのようにも見えた。

僕はブラックコーヒーを口にした。
香ばしい苦みが口の中に広がって、煙草の煙の嫌悪感はどこかへ行ってしまった。
マグカップをテーブルに置くと、僕は村上春樹さんの本を読み始めた。
ほろ苦い青春を書いたノルウェイの森。
本当にほろ苦いだろうか?いや、違う。ほろ苦くない。
苦いを通り越して、痛い。
痛いけれど、時間の経過が堅さをほぐして、痛い程の過去ともちゃんと対面して受け入れて話が出来ているような穏やかさがあった。
でも、とても切ない。
儚い。
僕がそんなノルウェイの森を読んでいると、右隣にお婆ちゃんが座った。
僕が座っていたのはテラス席の右の一番端っこだったから、お婆ちゃんが座ったのは席ではなくて、ただの花壇だった。
冷たかろうに、不憫だと思って「こっちに座ったら如何ですか?」と訊いた。
すると、「いいえ、いいんですここで、ちょっとだけ用事があるだけだから」と返した。
それから少しすると、お婆ちゃんは自分の携帯で電話を掛けた。
「あ、よしこさん?あのね、悪いんだけれど、わたしの靴を持ってきてくれないかしら。
 茶色のでいいから、よろしくお願いね。え?大丈夫よ。何か靴が壊れちゃって歩けないの
 よ。今あの、交差点、交番の近くの、えーと、ほら、何て言いましたっけ?えーと、
 喫茶店の…」
とお婆ちゃんは僕の方を見た。
「スターバックス」
僕が静かにそう言うと、お婆ちゃんは「そうそう、スターバックス」と楽しそうに話した。
「じゃあよろしくお願いね」
そう告げるとお婆ちゃんは電話を切って、とても優しい微笑みで僕にお礼を言った。
数分でよしこさんは来た。
よしこさんは言いつけられたように茶色の靴を持ってきて、おばあちゃんに渡した。
どうやらパジャマのまま出てきたようで、僕の目をとても気にしていた。
そして、お婆ちゃんの壊れた靴を見て、
「これは不良品ねえ、いけないわ」
と一言苦情を言ってから、すぐに自転車に乗って帰って行った。
おばあちゃんはまだ用事があるらしく、街の中央へ向けて歩き始めた。
お婆ちゃんが歩き出すと、右足を引きずっているのに気がついた。
そして、右足が履いている靴へと目を向けると、右足の靴底が左に対して著しくダメージを受けているのが一目で分かった。
右の靴底だけがすり減って、左と比べると、同じ靴ではないような形になっている。
僕はそのすり減った右靴底を見て、何故かとても感傷的な気持ちになった。
その言葉にも出来ないような感傷的な気持ちを、お婆ちゃんの微笑みが優しく包んでくれるようで、とても温かかった。

相変わらず3人の女子達はうるさくしゃべっている。
そよ風が僕の頬を通り過ぎる。
もう、いよいよ春が本格的に暖かさを思い出してきた。
あの右足の悪いお婆ちゃんは既に街の人混みに飲み込まれていった。
僕は村上春樹さんの著書を引き続き読む。
コーヒーは冷める。
そして、人生は着々と死というゴールに向かって歩みを続ける。
僕は、今日も、生きている。
明日は、もう少し、ピアノを弾く予定だ。

2008.04.08

今日は世間話

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【熊木杏里さんのレコーディングに参加してきましたぁ^^】


「だからー!!これじゃあNAOTOさんみゅーじんで全然出れないじゃないすか!!」
「うひょひょひょひょひょー。だから言ったじゃん!出れないようにするよって!!」
「あぁーーもう、このどS!!なんでそんな意地悪するんですかーーー!!」
「え?だって楽しいんだも〜ん。この、ど・え・む☆」
「ど。え。む。じゃないっすよーーーーーーぉ!!」
と、ここでNAOTOさん葉加瀬太郎さんの情熱大陸の曲を弾く。
「あぁーーーわわわわ!!それ裏番組だからっ!!もう、どうすんのおおおおおぉ!!」
「うひょひょひょひょひょひょ〜〜〜〜〜!」

上記は、大阪いずみホール楽屋裏でのNAOTOさんとのやりとりです。
みゅーじんの取材カメラが入るとのことで、NAOTOさんと仲が良いところが見せられる!
と、思っていたのにぃ…^^;
本当にNAOTO兄さんはどSなんだから。
でも、僕ってそんなにどMなのだろうか…。
自分ではそう思わないけれど、そういえば、僕の親友達はみんな…どSだぁ…。

それにしても、NAOTO兄さんはかっこええーー。
クラシックの世界でもばりばりいけちゃう兄さんは、ロックヴァイオリニスト。
そこがまたええーーー。
僕なんか楽屋で着替えてる兄さんの事みちゃったもんね〜〜だ。
NAOTOファンの皆様、いいだろおう。

最近少しずつコラボが多くなってきた。
熊木杏里さんとのレコも最高に楽しかった。
音楽家として充実出来た時間だったです。
杏里さんはとても奥深い歌詞を淡々と歌ってのけるそのお人柄も魅力です。
でも、どこかに「本当は切ない部分を持っている」というような意味深な音楽性があって、
なんだかほっとけないような気分にさせられる、とても小悪魔でステキな歌手さんです。
ご本人は小悪魔な感じではないように思えましたが、ほんとのとこどうなんだろう?笑

ボクという歌詞がとても似合う歌声でした。
「こと」という曲です。
先日レコーディングしてきた某映画でも聞けるし、きっと杏里さんのCDでも聞けるのかな?
ご期待下さい!!
実は、このレコーディングに行く時の車の中で、意味不明の鬱に見舞われた僕でした。
あの、最近出来た山手トンネルに入った瞬間、何かに取り憑かれたかのように心が哀しみに覆われてしまい、今にも涙が出そうでした。
でも、涙を体が欲していたような気もします。
汗のように涙が出る事って、ありませんか?
でも、涙で出さずに、レコーディングの時音で出そうと、我慢しました。
それで、素敵な歌声と共に切ない音が弾けたと思います。

その数日後、六本木にある知り合いのお寺で御祓いをしてもらいました。
40分くらいかかったかな。
僕、実は「生き霊が憑いてるよ」と3人くらいに言われた事があります…!!!!
初めて言われたのはサントリーの小ホールでリサイタルをしたとき。
何年も前ですが、その時の衝撃は強く覚えています。
占い師と名乗る見知らぬ女性客から、「とても素敵な演奏でしたが、あなた、生き霊が憑いてるから、気をつけてね」と、笑顔で…。
その夜、自分の家のロフトで寝ていると、ロフトに掛かっているはしごをゆっくりと髪の長い貞子風の女性が登ってくる夢を見て、飛び起きてしまいました。

僕はお化けは見えないけど、負のエネルギーやオーラを感じる事に繊細だと言われました。
確かに、今までの人生で、怪奇話はいくつか体験済み。
とっておきの怪談話、お話しするのは、もう少し熱い季節になってからにしましょう。
でも、御祓いとか、信じる信じないは別として(僕は信じてます)、してもらうと本当にスッキリした気分になるし、言葉では言い表せない感動を覚えます。
人から祈って貰う事って、こんなに心地よい事なのかと、実感できました。

皆さんも、是非御祓い行ってみて下さいね!
ほら、今、あなたのうしろ…

2008.04.06

ライオンの手紙3

あなたさまがわたしの下らない話をお聞きになってくださった事、とても感謝しています。
感謝しているからこそ、あなたさまに言っておきたいと思ったことがあります。
これを読めば、どうしてあなたさまをわたしが友達に選んだかがわかるでしょう。

あなたさまへ
あなたさまはとても臆病で繊細な存在です。
だから、わたしたちといつでもシンクロできます。
いつでも、わたしたちに助けを願って下さい。
わたしたちも、あなたさまから勇気をもらっていますので。
最近のあなたさまは、少々周りが見えていません。
自分本位になりがちです。
わたしたちはとても可哀想な存在ですが、でも、自分を可哀想だと思ってはいけません。
それは、とても下品な事だとわたしの父は言っていました。
父はとても勇敢で、生きることの困難さを乗り越えられた数少ないライオンです。あぁ、また話が脱線しそうです。
とにかく、自分に誇りと責任だけは持つようにしたいものです。
弱いからこそ、勇気を得る事が出来るのです。
弱いからこそ、はじめから強い者には出来ぬことが出来るのです。

そこまで読むと、僕は、夢から醒めた。
そして、深いため息をつき、熱いコーヒーを飲み、食パンを一囓りした。
その食パンの噛みついた後が、どうにもライオンのあの太い手の形に似ていて、少し笑ってしまった。
ライオンくん、ありがとう。

自分の事を見つめ直してみようと思う。

科学にしても、医学にしても、心理学にしても、音楽にしても、人は不思議な学問を思いついたものだと僕は思う。
いや、学問自体、とても不思議だ。
宇宙の秘密くらい、僕には不思議だ。
音楽の勉強なんてしてるとき、僕は本当に嫌な気分になる事がある。
嫌な気分というか、不思議で違和感があって、気分が悪くなる。
もとは音楽というのは、人に感動を与えたり、ステキな一時を共にしたり、過ごす時間をちょっとだけ飾ってあげたりする役割だと思う。
つまり、人が評価してやっと成立する事だ。
人が感動する事には、幾つかのマニュアルがある。
音楽でいえば、和声だったりメロディだったりリズムだったり、色々なパターンがある。
人が感動するパターンがあるから、僕らは近道をするためにそれらを学ぶ。
でも、人って僕たちの事だ。
だから、本当はそんなの勉強しなくても僕らの中にあるということだ。
つまり、人間が猿から進化したときに、何らかの理由で創り上げた感覚なんだ。
人間が自ら創りだしたものなのに、創っておいて複雑になり過ぎて、今それがどんな仕組みかわからなくなった。
初めは一本のシンプルな綱なのに、色々と巻き付けて結びつけてたら、どうやって解けばいいかわからなくなった。
それが学問の始まりだ。
いや、綱をとくという行為自体に、意味がついたのかもしれない。

とにかく、僕は考えるという行為をとても空虚に感じる事がある。

自分でつくっといて解らなくなったから、よく考えてみる。
それがとても空虚に感じる事がある。
でも、学問は必要だから、怠ってはいけない。
学問は、学んでおいてから、何とでも言えばいい。
意味がなかったなら意味がなかったと。

創り上げようという単純な気持ちから始まった僕の人生という道。
歩き続けて歩き続けて途中小走りに走り出して最終的には段々ペースを上げて全速力に。
でも、気がつくと、何で走っていたのか忘れる。
つくづく、人生は学問と似ていると思う。

でも、きっと走り続けている事に後悔はないのだと思う。

ただ、走ってるからってぶつかった人にごめんも言えないようではいけないね。
ライオンが言うように、周りが見える程度に走る事が、一番いいペースなのかもしれない。
それが、一番難しいんだけどね。

ライオンのように勇ましそうに見えても、中身はとても繊細だったりする。

微笑み鬱病という言葉だってある。
社会的には微笑みという仮面をつけているが、その下の素顔は死んだ魚のように生気を失っている。

仮面の下の哀しみを、そっとわかってあげれるような人間になりたいと、僕はそう思った。

2008.04.05

ライオンの手紙2

その次の日はライオンは僕の夢に出てこなかった。
その次の日もライオンは僕の夢には出てこなかった。
もう出てこなくなったのかと、少しだけ僕は残念に思った。
ライオンに会いたいというよりかは、彼の話の続きが知りたかったのだ。
そして次の日の夢のこと、、、
ライオンから手紙が届いた。

僕は急いで封を切る。

 前略
突然あなたさまの夢に登場してしまい、失礼しました。
そして、何も言わずに夢に出なくなった事も、申し訳ないと思っております。
何だかやっぱり弱音を吐くのが辛くて、誠に勝手にも、もうあなたさまの夢には登場すまいと決心していたのですが、あなたさまがわたしの話の続きを聞きたいと強く思ってくれたのが伝わったので、やはり最後までお話しようと思いました。
いつも身勝手な登場の仕方で本当にごめんなさい。

ここでライオンの手紙は1ページ目の余白を沢山残してページをめくるようになっていた。

わたしは、ライオンではないのです。
いえ、正確に言うと、ライオンという動物はこの世にはいないのです。
あれは、わたし達の一種のカモフラージュで、本当は化けの皮を剥ぐと、とても弱々しいちっちゃな存在なのです。
勿論、本当に体の皮が剥がれてその下からちっちゃなミニチュアライオンが飛び出てくるというような、そんな安っぽい事じゃないです。
あなたさまなら、そこら辺を理解してくれますよね?
話を戻します。
でも、世間ではわたし達の事をひゃくじゅ…ひゃくじ…ひゃく…と呼びます。
(どうやらひゃくじゅうの王というのが書けなかったらしい)
わたし達は、実は、他の方々を喜ばせたりする事で生きながらえます。
実は、エサなんて必要なくて、誰かがどこかで喜ぶ気持ちがわたし達のご飯なのです。
だから、みんなを喜ばせたい。
そして、わたし達が人様に出来る事と言えば、勇ましい姿を見せつける事なのです。
一見矛盾してますが、そうなのです。
これは長年わたし達の先祖が研究し続け出した答えなのです。
ライオンという、創られた概念に沿って生き続ける事が、皆様への期待に応えるという事なのです。
でも、わたしはライオンの中でも弱々しい存在で、この現実に耐えられなくなってしまいました。
自分を偽る事に疲れ果てたのです。
だから、本当の事を言いたくて、友達を探していたのです。
本当の事を話したら、少しは気が晴れるかと思って…

それで、あなたさまの夢に登場したというわけです。
結局、直接お話しする勇気は無かったですが、こうやってあなたさまにお話を聞いてもらえて、よかったです。
これでまた明日から頑張れます。
本当にありがとうございました。

それ以来一度もライオンは夢に現れなかった。
本当は自分が弱いこと、ライオンですらないこと、それを言えた彼の勇気にとりあえずは拍手を送りたい。

ライオンの手紙には、続きがあった。
続きは、別の紙に書いてあった。


つづく

2008.04.04

ライオンの手紙1

「次の夢でちゃんとしたお話をしますから」
僕の夢に突然現れたライオンは言った。
言い終えると僕の夢は煙のようにどこかへ行ってしまった。
何が何かわからなかったが、
「次の夢でちゃんと話をする」という言葉だけが妙に僕の心に残っていた。

次の日の夢でちゃんとライオンは現れた。
名を名乗ろうかと提案してきたが、僕は断った。
何か、このライオンとこれ以上親しくならない方が良い気がしたからだ。
「そうですか…」とライオンは残念そうに言った。
しばしの沈黙の後、僕はライオンに尋ねた。
「それで、僕に何か用ですか?」
「ええ、用です」とライオンは言った。
また暫くの沈黙が訪れた。
僕は段々と苛々してきたが、相手が強そうなライオンなので、黙っている他なかった。

ライオンはまた次の夢にもやってきた。
「実は、お話をきいてもらいたいのです」
ライオンは申し訳なさそうにそう言った。
「わたしは、ご存じ、ライオンです。百獣の王です」
というところまで喋った後でライオンはむせた。
とても苦しそうにしていて、何かを振り払うかのように前足を使って空を切っていた。
「結論から言いますと…わたしは百獣の王ではないのです。本当はとても弱いのです」
ほう、と僕は言った。
ライオンはまたむせている。
「それはね、力は他の動物より少しだけ強いかもしれまでんが、精神的にはとても弱いのです。だから、百獣の王などと言われると…」
喋っている途中でライオンはまたむせはじめた。
相変わらず前足で自分の顔の前をひっかくようにしていて、太い腕が空を切る度にブンブンという音が鳴った。
僕は何故か電線に風が当たってびゅーびゅーと鳴っているのを思い出した。
「大丈夫ですか?お茶でも飲みますか?」
僕が訊くと、ライオンはとても申し訳なさそうに体を縮めて、いえいえと遠慮した。
「百獣の王という言葉を聴くと、何か心因的な作用でむせかえってしまうのですね」
僕がカウンセラー気取りで言うと、ライオンは少しだけ頷いた。
「正確に言うと、自分で喋ると、という事です。その言葉を自分で喋ると、何かの力が働いてわたしの体を苦しめるのです。ほら、今あなたがその言葉を言ってもわたしは何ともありませんでしょう?」
確かに、ライオンは自分でその言葉を言わなければ大丈夫そうだった。

つづく

2008.04.01

ALIGATO

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【無題】


皆様に支えられてここまでブログを続けてこられました。
しかし、そんなブログも、今日限りで閉鎖しようと思います。
沢山の激励のお言葉の陰に、沢山の批難もありました。
今はその批難の方を心に受け止められる器がないのです。
それが閉鎖の理由です。
短い間でしたが、本当にありがとうございました。
僕が生み出した数々の言葉の塊は、この世に生まれてこれからどうやって育っていくのでしょうか。
僕は彼らの親なのに、まったく無責任だと思います。

と、いうのは嘘で、今日はエイプリルフールです。

これからも末永く、このブログ共々、よろしくお願い致します。
ここ何日か、あまりに多くの疲労とプレッシャーを感じたゆえ、少しばかり燃え尽き気味の僕です。
数日間、旅に出ようと思いたいのですが、まぁ、そうも行かないので、ひっそりと過ごそうと思います。
大変だったここ数日間、皆様からのげんきだまが無かったら、やりきれませんでした。
月並みな言い方ではございますが、

     本当にありがとうございました。

「もう二度と会えないような顔をするね」
と僕は昔からよく言われました。
遠くを見るような目をするのがいけないのでしょうね。
でも、ピアノとお客様がいるかぎり、僕はそこに現れます。
かっこつけてるなぁ、僕は今日も。

とにかく、ありがとうと、一言みんなに告げたかった今日のブログです。

本当に、ありがとう。