弾 DAN3
深く掘れ、深く、深く掘るんだ。
僕は穴を掘り続ける。
自らの手で穴を掘り続ける。
両手の爪はほぼ無くなった。
それでも、痛みなんて覚えずに、ただ穴を掘り続ける。
ここは戦地だ。
今も敵の迫撃砲が僕らの周りに迫っている。
その迫撃砲に直撃しないためにも、穴を深く掘って、そこに隠れるのだ。
穴は既に僕が1人すっぽり入れるほど深くなった。
僕は穴を掘るのをやめて、その中に入った。
そして目を瞑り、迫撃砲が止むのを待つ。
ぎゅっと目を瞑り、現実をなるべく遠くに追いやる。
想像するのは、緑の丘だ。
白い蝶々がてふてふと風に揺らぎ、多くの草花たちは風を受けて石を投げられた水たまりの波紋のように波打つ。
牛が呻き、馬が滑走する。
しかし、僕にはそれらが上手く想像出来ない。
迫撃砲の事を忘れられない。
死ぬかもしれないという恐怖を忘れられない。
現実を逃避しようとすればするほど失敗し、結局逆に恐怖に全身を喰われてゆく。
「おい」
誰かの声がした。
「おい!」
誰かに呼ばれている。
「おい、おまえ!そこから出て敵に銃弾をあびせてやれ!早く!」
隊長の声だ。
しかし僕は穴から出られない。
体が釘で打たれたかのように穴にくっついてしまっている。
恐怖という釘だ。
僕はもう二度とここから出られないような気がした。
今穴から出て行くなんて、想像も出来ない。
辺りには相変わらず敵の迫撃砲がまき散らされているし、それに付け加え敵が一斉に銃をこっちに目がけて放っている。
周りでは、5秒に1人は味方が殺されている。
少しでも穴から頭を出せば、きっと僕の頭に風穴があく事になるだろう。
だから、僕は穴から出られない。
隊長に叱られるだろうな。
でも、僕はここで穴と同化して一生を終えるんだ。
勇気を出して敵に向かい、名誉の死をとげた仲間のようにはなれない。
僕は、ただの「穴」として生きて行かなくてはいけない。
…そんなの嫌だ。
そんなの絶対に、嫌だ。
僕は自分の体に命令した。
「穴から出ろ」と。
「お前は穴で終わる男じゃない」と。
僕は立ち上がった。
銃を両手に持ち、しっかりと立ち上がった。
しかし、辺りはすでに戦闘を終えた後だった。
嘘のように敵の銃弾と迫撃砲が止んでいる。
隊長が僕の顔を見てうんざりしているのが分かる。
「おい、おまえ。何やってんだ」
隊長はそれでも少し優しい笑顔を見せながら喋っている。器の大きな男だ。
「いいか、ここは戦場で、これは戦争だ。殺し合いだ。お前はここに来たときから、もう既に死んでいるんだ。だから、生き残ろうという望みは捨てろ。そんな希望を持つから、お前は穴から出られないんだ。一度死んだんだ。お前は、死んだんだ。二度死のうが三度死のうが、変わらない。いいか、もう一度言うぞ。お前はもう、死んだんだ」
希望を持つから死が怖い。
なるほど、と僕は思った。
生きるというのは、死なないという事なのだ。
生きるという事は、死んでいないという希望なのだ。
死を打ち消す事で生きるという概念は成立する。
しかし、戦場ではそれが通用しない。
僕は隊長の顔を見た。
言葉に出来なかったが、「よく解った」と言いたかった。
しかし、隊長の顔はゆがんでいた。
隊長の顔が雨の日の水面のようにゆらゆらと揺れ、モザイクがかかっていた。
その揺れはどんどん大きくなり、あたり一面に伸びていった。
もはや隊長だけではなく、全ての景色が揺れている。
そして、アイスクリームのようにドロドロと溶け出している。
それは壁紙が剥がれていくかのように見えた。
景色が溶けていくと、その裏側は宇宙のように暗かった。
やがて景色という景色は全て溶けて水たまりのような塊になり僕の足下に小さくなってまとまってしまった。
完璧な暗闇が僕を包む。
気が遠くなる。
暗闇の向こうから僕の名を呼ぶ声がする。
僕は大声で応える。
しかし声は届かない。
誰かが相変わらず僕の名を呼び続けている。
僕は応えるのをやめた。
そして、声のもとをめがけて走り出した。
全速力で走った。
走った。走った。走った。
走っていると、小さな光が見えてきた。
今度はそこにめがけて走った。
やがて光は近くなり、大きくなった。
僕を呼ぶ声も近くなった。
僕は光に飛び込んだ。
眩しくて目を開けていられないくらいな光が僕を包む。
そして、眠りから目覚めた。
「やっと起きた?もうすぐ着くわよ」
僕の右側で女性の声がした。
つづく







