清塚信也 OFFICIAL BLOG: 2008年09月

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2008.09.30

水たまり 2

そこに溜まっていた水と、
僕が新たに差し出した水と青い金魚を一瞬にして飲み込んでしまった「穴」は、
何かの生き物の食道かのようにまっすぐと地底へ伸びていた。
僕は暫くその穴を観ていた。
すると、ゴボゴボと水が上がってくる音がした。
僕は青い金魚が一緒に帰ってくる事を期待した。
しばらくその穴をみていると、水が上がってくる音が段々と近づいてきた。
水はじわじわと僕の視力でも届くところまで上がってきていた。
僕は少しずつ少しずつ上がってくるその水をじっと観ていた。
金魚の姿はない。
金魚は恐らくどこかへと行ってしまったのだろう。
僕ははじめからその事を知っていた気がする。
もう、金魚は帰ってこないのだと。
僕は突然突拍子もない胸の苦しみを覚えた。
息が詰まるような苦しさだ。
これは、苦しさというより、切なさかもしれない。
体内で何らかのエネルギーがとぐろを巻き、僕の体を打ち破って外へ出たがっている。
僕は抵抗する事も出来ずに、そのエネルギーの渦を受け入れた。
そのエネルギーは、水かさと共に強くなっていくようだった。
僕の体が爆発しそうだ。
体中の穴という穴から光が漏れている。
水かさはもうみずたまりのいっぱいのところまで来ている。
僕は目から出ている光の強さに眩んで、やがて何も見えなくなった。
完璧な光の世界。
何もない世界。
影すらない世界。
ここは1ではなく0なんだ。
何もない。
無という存在。
それが僕だ。
人は誰かがその存在を認めてくれた時点で1人と数えられる。
僕は今、誰の世界にも存在しない。
僕はエネルギーの一部となって光に変化した。
今なら、何でも受け入れる事が出来る。
何でも。
僕は遠い日の記憶へと飛んでいった。
そこでは僕を男達が囲んでいる。
羽交い締めに合い、身動き一つ出来ないまま、僕は蹴られ殴られた。
蹴飛ばされて地面に叩きつけられると、泥が口に大量に入ってきた。
でも、大地は妙に温かかった。
「母なる大地だ」と僕は少し笑った。
僕の視界には、無数の男達の足が見えている。
その足が振りかぶっては僕の体にぶつかってくる。
それは僕に戦艦ヤマトが大量の敵空挺部隊にリンチに遭っている場面を連想させた。
痛みはもう感じない。
視力も麻痺して、動く物が全てスローに見える。
少し顔を上げてみた。
すると、男達の顔が見えた。
首から上は許せなかった。
彼らがコントロールしている体は許せた。
でも、彼ら自身の象徴である口元の笑みは許し難かった。
僕は、悔しかった。
悔しくて悔しくて、彼らに大切なものを失う辛さを味合わせてやりたかった。

僕は、そのとき、ボロボロに破けた服のまま、小学校の教室にもどって、小さな水槽に入った小魚を殺した。

水槽内の水に酸素を送る管が通っている丸い玉を必死に魚の体に当てて、魚が死んで浮いてくるまで当て続けた。
僕は殺してしまってから死にたいほどの罪悪感を覚えた。
翌日、担任の先生が、「残念ながら、小魚は死にました」とクラスに通達があった。
クラスのみんなはとても残念がっていた。
中には泣き出す女の子もいた。
しかし、あの僕をリンチした男たちは何ともないようだった。
でも、もうそれはどうでもいい。

月日が経ち、やがて僕は卒業式を迎えた。
卒業式の後で、どうしてもあの水槽が欲しいと僕は担任に頼んだ。
担任は「お前は最後まで変わったやつだな」と皮肉っぽい笑顔を浮かべながら水槽を僕にくれた。
あの、汚くて小さい水槽。
小魚をこの酷い世界から自由にしてあげれたという意見だけが僕の唯一の逃げ道だった。
僕はその水槽を大人になるまで大切に保管した。
ナルミという50代の女性が突然僕に青い金魚をくれて、それをその水槽で飼いだした。
そして、その金魚はもう10年も生きている。
いや、生きていた、と言った方が正確なのかもしれない。
僕は、ボコボコに殴られ蹴られたこと、小魚を殺したこと、水槽をもらったことを思い出した。
それだけ思い出すと、僕のいた無の光の世界は一瞬にしてどこかへ吹き飛んだ。
僕の前には水たまりがある。
そのとなりにはボロボロの水槽がある。
僕は水槽の中に水たまりにある水を入れた。
青い金魚のいない水槽。
それはポルトガルの田舎にある古城にも見えた。
ここに入っていた青い金魚はどこにいったのだろう?
死んでしまったのか、それともどこかで自由になったのだろうか。
僕は、大きな海を、くじらと一緒にあの青い金魚が泳いでいるところを想像した。

2008.09.26

水たまり

山吹色、黄土色、深緑。
僕の家の周りにはこの3色しかない。
前に住んでいた所は、ワインレッド、漆黒、ウルトラマリンブルーで構成されていた。
僕はこの色合いがとても気に入っていたのだが、
でも何故か突然、嫌気が差してどうしても引っ越したくなった。
嫌気が差したというか、疲れた。
ワインレッドというセクシーな赤に、宇宙のように深い黒、そこに煌めく星のようなウルトラマリンブルー。
ラピスラズリの輝きは、どんなに僕が絶望しているような時でも僕を慰め、希望を与えてくれた。
でも、そんな色合いに僕は疲れてしまった。
疲れは嵐の予兆である突風のように突然僕を襲った。
そのまったくの不意打ちに僕は抵抗する事すら出来ず、気がついたら今の所に越してきていた。
山吹色、黄土色、深緑。
今の僕の心境にはとてもマッチしている色合いだ。

ふと、窓から外をみてみる。

あんなところに水たまりがあっただろうか。
雨も降っていないのに、庭の真ん中に直径30センチくらいの水たまりがある。
せっかく山吹色と黄土色と深緑が絶妙な色合いを醸し出しているのに、
庭にはぽっかりと水色の水たまりが出来ている。
僕はその水たまりを見て、すごく嫌な気分になった。
僕はすぐ隣に置いてある青い金魚が泳いでいる水槽を両手に抱え、庭へと急いだ。

庭に着くと、僕は青い金魚を水たまりに離してみた。
「自由に泳いでいいんだぞ」と声をかけ、水槽の水ごと水たまりに注いだ。
しかし、水たまりは溢れることなく、新たなる水と金魚をすんなりと受け入れた。
水たまりの色は水色なのだが、何故か透き通っていない。
直径30センチくらいの水たまりの底はどうなっているのだろうか。
僕は手をいれてみようかどうか考えた。
水槽を地面に置き、恐る恐る水たまりへと手を伸ばしてゆく。
僕の中指の爪の先が水色の水たまりに着こうとしたその時、
直径30センチくらいの水たまりの奥から泡が上がってきた。
と思っていたら、船のスクリューのように水が渦巻いてきて、
その次の瞬間に「ゴッ」という素早い音と共に一瞬でその水たまりの中身が全て地底に吸い込まれた。
青い金魚も一緒に吸い込まれてしまった。
水がなくなった水たまりの奥は、地底深くへと続いていた。
その奥はあまりにも深く、暗かった。
その深さと暗さに何故か僕は一抹の悲しみを覚えた。
そして、いなくなってしまった青い金魚を思うと、不安と緊張がこみ上げてきた。

 〜つづく〜

2008.09.24

Happy Running! ハッピー・ランニング!

コンピレーションアルバム「Happy Running! ハッピー・ランニング!」に
清塚信也「熱情~第3楽章(後半抜粋)」が収録。
楽しく気持ちよく走るのにピッタリ!
ありそうでなかった「自分のペースで走れる」コンピレーション!!
http://wmg.jp/artist/happyrunning/WPCR000013108.html

発売:ワーナーミュージック・ジャパン
WPCR-13108
定価¥2,500(税込)

Happy Running

2008.09.11

夕暮れカクテル

9月11日。
今日は、残暑の暑さと秋の予感が混ざり合い、
この季節独特の涼しさをかもし出す夕方に出逢えた。

僕はお風呂で寝てしまう事がよくある。
多くの場合、バスタブの湯はなるべく長く浸かっていられるために
水が少しだけ温まったくらいの比較的冷ためな温度に設定しているから、
そのまま寝てしまうと起きたときには殆ど水になっている。
寒さに起こされて急いでお湯を足す。
すると、水が生命を徐々に取り戻すかのように少しずつ温まる。
僕はそれを温かい血が流れてくるかのように感じる。
それはとても心地よい瞬間だ。
無機的なものでなく、温かい魂を持った生命に包まれている感覚。
秋に移り変わる季節には、それを連想させるひとときがある。
これは、冬が春に移り変わる時にはない、この季節独特のもので、僕にとってはとても大切なひとときだ。
しかし、この時期だからといって毎夕訪れるわけではない。
だからまたその価値を高めてくれるのだが、
それでも、人生でこの夕暮れをあと何回迎えられるのかと考えると、とても切ない気持ちになった。

そう、この夕暮れには僕を切ない気持ちにさせる副作用がある。
でも、僕はそんな「切なさ」まで含めてこの夕方が好きだ。
僕は幸せを感じるとそれと共に不安を感じる。
高いところに登ったときと似ていて、
登り切った達成感や見晴らしの良い幸福感と共に、
ここから落ちてしまうかもしれないという不安にも襲われる。
こんな事なら、はじめから登らなければ良かったとさえ思うようになる。
だから、僕は切なさが好きだ。
切ない時はそれ以下に下がる実感があまりない。
だから、安心した時間を過ごせる。
余計な緊張がないから、風の音や自分が生きている時間の流れをすんなりと受け入れる事が出来る。
だからといって「悲しい」や「虚しい」という感じではない。
ネガティブではないのだ。
「寂しい」とは少し似ているかもしれないが、
ネガティブでもポジティブでもない、「自然」な状態だと言える。
余計な装飾品を外し、裸のままで生きているような、そんな感覚だ。
心が軽くなって色んな事を考えられるようになる。
切なさには、そんな魅力があるのだ。

コーヒーを飲みながら読書をしている僕の前を、無数の通行人が通り過ぎる。
全員が前を向いて、前に向かって進んでいる。
どこにいくのだろう。
どこにいくのだろう。
どこにいくのだろう。

いま「わたしが死んでも世界は動く」という題名の曲を作曲している。
妙にその曲名と今の状況がシンクロして思わずため息交じりに笑みがこぼれる。
眼を閉じてみると、何故か僕の前に初老の山羊がいた。
山羊は僕に話しかけてきた。
「君は自由なのかね」
そう言うと山羊は右頬だけを動かして笑った。
笑う度に「シュイッシュイッシュイッシュイ」と歯の隙間から息がこぼれた。
僕は怖くなって急いで眼を開けた。
相変わらず通行人が僕の前を素通りして行く。
こうして観ていると、全ての人に夜の森のような闇が付きまとっている気がしてくる。
僕は自由なのだろうか。
今、僕は、自由なのだろうか。

夏の終わりと秋の始まりの夕暮れカクテルは、夜という終わりを迎えようとしている。
こんな時は散歩に限る。
立ち止まらないで、少しずつ大地を踏みしめるのだ。
切なさをよく味わいながら、噛みしめるように、しっかりと、歩くのだ。
僕たちは、生まれながらにして、自由なはずなんだ。

2008.09.10

auケータイドラマ「わたしが死んでも世界は動く」

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清塚信也 出演&音楽担当!
auケータイドラマ「わたしが死んでも世界は動く」
9月11日(木)配信スタート!
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11月の映画「天国はまだ遠く」の公開に先駆けて、
映画「天国はまだ遠く」スピンオフドラマ『わたしが死んでも世界は動く』 が
9月11日より全10話をau oneビデオで配信。(毎週木曜日更新)

監督・脚本:長澤雅彦
音楽:清塚信也
製作:ワーナーミュージック・ジャパン
協力:KDDI

出演:石橋菜津美(テレビ東京「イツザイ」にて選出)
   渡瀬悠衣
   清塚信也(友情出演)
   熊木杏里(友情出演)
   郭智博(特別出演)
   加藤ローサ(特別出演)

「天国はまだ遠く」公式サイト
http://www.tenmada.com

テレビ東京「イツザイ」公式サイト
http://www.tv-tokyo.co.jp/itz/contents/auone.html