清塚信也 OFFICIAL BLOG: DIARY

DIARY

2008.06.17

弾 DAN2

IMG_1053.JPG

僕は駅で列車を待っている。
ただじっと、木製のベンチに座って下を向きながら。
駅は古くてとても清潔とは言えないが、周辺に緑が生い茂って空気も新鮮だ。
単線の典型的な田舎駅で、改札口に駅員もいない。
駅はその殆どが木の素材で作られており、そのためか目に付くものが殆ど茶系の色だった。
薄い茶色から濃い茶色、赤茶、こげ茶など、様々な茶色がそこにはあった。
そんな駅の周辺には僕の背丈くらいある草や駅の屋根より遙かに背の高い木が駅を取り囲むように生い茂っており、コップからあふれ出す水のように駅や線路にはみ出していた。
季節は夏だ。
セミが切なくなるほど勢いよく泣いている。
「鳴く」ではなく「泣く」にきこえる。
気温は熱く、日差しは刺すようだ。
しかし、どこからかいつも水の流れる音が聞こえてくるし、それほど湿気を感じない場所なので、耐えられないような暑苦しさは感じなかった。
僕はこの駅から一歩も外に出たことがないので、その水音が川なのか何なのか分からなかったが、それがとても冷たい水でとても新鮮な透明水だという事は何故か想像出来た。
そんな環境で僕はもう何年も列車を待っている。
ただじっと、木製のベンチに座りながら。

駅には他の乗客がポツポツと何人かいた。
僕らは互いに話したことは一度もない。
時々チラッとお互いを見合うことはあるが、コミュニケーションと言えるものはそれくらいだった。
あるいはそれはコミュニケーションではなくて、単なる状況把握のような感じもした。
お互いを干渉しない事、それがこの駅のルールのようなものになっていた。
だから、僕らはもう何年も誰とも口をきいてない事になる。
しかし、それは苦痛じゃなかった。
それが苦痛ならこの駅にはいないという事を僕らはよく理解していたからだ。
この駅にいる者は皆うつむき加減で暗く、いつでも何かに疲れたような雰囲気が感じられた。
でも、セミの声がその憂鬱な雰囲気を打ち消してくれていた。
それに、僕らは好きでここにいるのだ。
列車を待つと決めた時から、僕らは自らの意志によってこの駅で待ちぼうけをしている。
だから、列車がいつまでも来ない事に対して普遍不満を言う人は1人もいなかった。
僕らは、正確に言うと列車を待っているのではないのかもしれない。
列車がこの駅に到着する日を待ち望んでいるのではない気がする。
僕らはきっと、まちたいのだ。
殆どの人間は列車が来るまでの待ち時間を外で暮らしている。
ある者はくたくたに疲れるまで遊んでいるかもしれない。
ある者は息を切らして働いているかもしれない。
僕ら以外の人間はこの駅の外で生きる事を選んでいる。
そして、僕らはこの駅の中で列車を待っている。
どちらにしても列車をまっている事に変わりはなかった。
しかし、その待ち方が違うのだ。

列車は駅に到着すると、全ての人が乗り込むまで待ってくれる。
何時間でも何年でも待ってくれる。
つまり、この列車に乗り遅れる人はいない。
だから、この駅で待つのは馬鹿馬鹿しく感じる人の方が多いのであろう。
その事実を知った上で、僕らはこの駅で待つ事を選んだ。
それはある人からは「異常」だと思われた。
ある人からは「怠け者」だとも思われた。
僕ら駅で待つ人間を外界の人間はあまりよく思わない。
暗くて気味が悪いし、一緒にいて楽しくない。
だけど、僕らは誰1人として異常者はいなかった。
むしろ、みんな普通過ぎる程普通で、凡庸を絵に描いたような人々だった。
考えることは一般論だし、意見はいつも「人それぞれ」だった。
それでも、外界の人々は僕らが駅にいるという事だけで僕らを嫌った。
僕らはそれでも良かった。
僕らへの意見や僕らの見方というのは、彼らの問題である。
僕らの中にある問題じゃない。
僕らの外の問題だ。
丁度、この駅の内側と外側のように、そこにはしっかりとした境界線があった。
一般論というものは、多数派の意見によって決まる。
少数派は意見すら言う余地がない。
それが外のルールだ。
しかし、僕らは一般論がそういう風に決まるべきではないと思っていた。
僕らの中では、一般論とは、他人に迷惑をかけない理論の事を指していた。
多数派の意見が一般論になる世の中では生きていけない事をよく理解していた。
もし迷惑なら、直接迷惑な事を指摘すればいい。
そこには批判なんて必要ない。
苦情も必要ない。
勿論それは相手に悪気がない場合だが。

ゴドンゴドン、ゴドンゴドン。
列車が通過した。
通過列車には「事故死車」と書かれていた。
その乗客達はみな悔しそうな表情をしていた。

僕は何かを思い出そうとしていた。
この駅で待っている内に、何か大切な事を忘れた気がしたのだ。
僕は僕の記憶の宇宙を彷徨ってみる。
しかし、そこには明確なものが殆どない。
あるのは記憶の影とそれらの気配だけだ。
仕方ないから僕はちゃんと思い出せる事だけを考えてみる。
記憶の宇宙を旅して、ちゃんと認識出来る事はそれほど多くないという事に気付いた。
記憶というものは時の流れのように一つの場所に留まってはくれないのだ。
現在というのは、未来に喰われるものだ。
現在というのは、過去を喰うものだ。
現在とは未来とも過去とも言えるのかもしれない。
記憶とは、過去にある現在だ。
それはまた、未来とも過去とも言えるのだ。
だから、正確に感じられる事なんて記憶の中には一つもない。
過去の現在は、現在の現在にはなれない。
でも、僕は過去の現在を出来るだけ忠実に再現しようと試みる。
宇宙の中で光が少し漏れている扉を探し、そのために気が遠くなるような距離を移動する。
そしてやっと一つだけ扉を探し出した。

あれは6月の事だった。

僕は梅雨の合間に時折現れる太陽を懐かしそうに眺めていた。
土からはまだ雨の匂いがしてくる。
刺すような日差しに手をかざしてみると、指先が赤く光った。
指の中に赤い果物が入っているかのように明るい甘い色だった。
僕は木漏れ日の中に入って、今度は木漏れ日を感じていた。
目を瞑って風にゆられる木々を感じると、肉眼で見るよりずっとリアルだった。
僕は目を瞑る事で別世界に行ける。
風景やルールは一緒の世界だが、その別世界には僕しかいない。
本当の孤独を感じる事が出来る。
僕はその内に目を瞑っていても木々の揺れが分かる事に気付いた。
それは小学6年生の僕にとっては一大事だった。
超能力を身につけたような気分だった。
僕は暫くそうやって風と光を感じていた。
すると、横から何かが僕にぶつかった。
僕は車に轢かれたのかと思った。
痛みはなく、全てがスローに感じた。
僕はすぐ横にあった階段を転げ落ちていった。
10段くらいの階段だったのだが、100段くらいあるかのように感じた。
落ちきった所で、僕は痛みを感じた。
感じたというよりは、痛かった事に気付いたと言った方が当てはまるかもしれない。
あの時僕が何に当たったのか、よく思い出せない。

ゴドンゴドン、ゴドンゴドン。
駅にまた通過列車が走った。
今度は「自殺車」と書かれていた。
中にいる人たちはとても悲しい表情を浮かべていた。
僕はその列車が見えなくなるまで見ていた。
列車はとても混んでいた。
ぎゅうぎゅう詰めだった。

あの時僕は何に当たったんだろう。
また何かを思い出しそうだった。
ぎゅうぎゅう詰めの列車…。
確かあの時僕は満員電車の中にいるような思いをした気がする。
沢山の足音、息が出来ないような混雑…。
その時僕の脳を電流が走った。
まるで雷が脳の中で発生したかのように。
そして僕は鮮明な記憶を呼び起こせた。
そうだ。
あの時、僕は車に轢かれたんじゃない。
人に蹴られたんだ。
蹴られて転げ落ちた。
そして、落ちた後に30人もの同級生にリンチされた。
踏まれたり、蹴られたり、殴られたり、引きずられたり…。
でも、僕は痛みを受け入れなかった。
痛みの存在を信じない事で痛みを感じなかった。
目を瞑れば、別世界に飛ぶ事が出来る。
そこでは、同じ情景同じルールだけど僕は孤独だ。
だから、リンチにあって痛みを感じる事はない。
僕は別世界に逃げた。
体は泥まみれになりながら、僕は魂だけの存在になった。
僕を馬鹿にして笑う声も、僕を蹴る足音も、もう何も存在しない。
気が遠くなる。
光が僕を包み込む。

気がつくと僕はこの駅にいた。
それからずっと僕は列車を待っている。
死という列車だ。
ただ、待つだけの人生を送っている。
しかし、僕は大切な事を忘れている。それが何だったか、僕には思い出せない。
きっと、この駅を出れば思い出すのだろう。
そんな気がする。
だけど、僕はここでじっと列車を待つのだ。
それが、僕の人生だから。

つづく


2008.06.09

弾 DAN

僕はその日午後から雨が降ると知っていながらバイクにまたがり多摩川へと向かった。
家からバイクで10分くらいの所にある多摩川の河川敷に寝ころんでいると、
色々な人生とすれ違える。
沢山のかわいい犬とも戯れられる。
ただただぼぅっと川をみていると、時間の流れが見えるようだった。
あっという間に30分が経ち、1時間が過ぎた。
するとやはり雨がポツポツと落ち始めた。
僕はそれでも寝ころんでいた。
僕は雨に降られる事によって自分が存在しているという事を確かめたいのかもしれない。
川の反対岸では老人が突然の雨に驚いて犬と共に駆けだした。
犬は茶色い柴犬だった。
犬は老人が突然駆けだした事が楽しそうだった。
100年後はどうなっているのだろう?
僕はもういないだろう。
この多摩川もどうなっているか分からない。
地震が起こって致命的ダメージを与えるかもしれないし、
埋め立て好きな東京人達が埋め立ててしまうかもしれない。
100年後はわからない。
あの犬も、あの老人も、僕も、今目の前を通過した子供達も、みんないなくなっている。
人間は死ぬとわかっていて頑張って生きる。
終わりの日を予感しながら、一瞬一瞬の生を大切に生きる。
どうしてだろう?
僕はなんでここまでしてピアノを弾くのだろう?
そんな風に僕は思った。
生活、ピアノ、音楽、友人、家族、僕の人生というパズルは繋がらない。
何かがぴたっとはまれば全てが繋がる気がするのだが、まだバラバラのままだ。
答えは出すもの。出るものじゃない。
分かっているのだ。
答えはもうすぐそこにある。
何となく分かる気がする。
でも、それでも、それが答えだと認めるのに時間がかかる。
そう、答えは出すものなんだ。
認めればそれが答えなんだ。
思えば僕は小学校中学校と楽しい思い出なんて殆ど何もなかった。
ピアノ漬けの毎日。
人との交流なんて殆どなかった。
だから、1人でも多くの人に好かれたかったし、コミュニケーションを取りたかった。
でも、そのやり方さえ僕には分からなかった。
だから、弾いて欲しいと言われればいつでもピアノを弾いた。
何でも弾いた。
だけど、弾けば弾くほど、ある意味でみんなは僕から離れていった。
ピアニストとしかみなくなったのだ。
ピアノの上手い清塚くん。
ピアノの上手い清塚くん。
ピアノが弾けない僕にはみんな無用だった。
だから、音楽室を使う時間だけはみんな僕と話してくれた。
先生だって同じだった。
ある時は理科の先生に、
「お前見たいのがいるから学校はかったるいんだ」と言われ、
「ピアノを一生懸命頑張る事がそんなにいけない事ですか?」と言った。
口答えをした僕に理科の先生は舌打ちした。
「ちっ」
僕のなかであの時の音は忘れられない。
舌打ちだけで僕の人生を片付けられた気がした。
僕は舌打ちだけの男か。
そんなみじめな思いを僕は持っていた鉛筆にぶつけ、真っ二つに折った。
そして、その折った鉛筆を2回に分けて理科の先生に投げてぶっつけてやった。
僕はすぐに教室を出て行った。
そんなに邪魔なら消えてやる。
そう思った。
僕はピアノが弾きたかったんじゃない。
僕には、ピアノしかなかったんだ。
僕が生きている意味だったんだ。
そんな事を考えていると、雨は本降りになって僕を濡らしていた。
僕はいつの間にかビショビショになっていた。
いいんだ。
これが生きるって事だ。
ピアノを弾くのと濡れる事は変わらない。
それが、生きるって事だ。
僕はバイクをとばして帰った。
雨が体に当たるとずしりと重くて痛かった。
僕にとってピアノを弾くという事が何なのか、分からなくなった。
いや、随分前から分からないが、昔を思い出した事が更に混乱を招いたのだ。
僕は混乱している。
パズルのピースがどこにもはまらない。
さて、どうしたものか。
シリーズコンサート「弾」はもう目の前だというのに…。

つづく

2008.06.04

中西さん

大丈夫。大丈夫。
順番に一つずつこなしていけば、大丈夫。
ゆっくりゆっくり、急ぐことない。
まずは、健康だ。
ちゃんと食べてるか。ちゃんと眠れているか。病気はしていないか。
どうだろう。眠りは相変わらず深くない気がするが、僕の中ではよく眠れている方だ。
次は有意義な生活が出来ているかだ。
食べたいものを食べている。好きな映画は観られる。
これも大丈夫だろう。
お次は、人間関係だ。
数少ない友人とは相変わらずつかず離れず良い関係を保っている。
大丈夫だ。
…やめよう。きりがない。それに、もう大分落ち着いた。
湿気が出てくると左肩が痛むが、まぁ、その痛みとは腐れ縁の友人のようなものだ。
大丈夫。大丈夫。大丈夫。
まずは、自分を抱きしめてあげないと。
自分の中にいるもう1人の自分を、しっかりと抱きしめて、大丈夫と囁くのだ。
そうすれば、きっと何もかもリセットされる。
どんな夜にも朝が来るように。

「中西さんは明日死ぬって言われたらどうする?」と僕は訊いた。
「そうだなぁ。難しいなぁ。うーん、たぶん普通に過ごすと思うなぁ」
「なるほどね。でも、死という存在が目の前まで迫ってきていても普通でいられるかな?」
「どうだろう。そりゃ無理な事もあるだろうね。特に妻の前では普通にしてられないかも」
中西さんは所々関西なまりが出ていて、声は歌手らしく大きくてよく通る。
こんな声で説教されたらきっと納得してしまうだろうな。
お寺の住職さんの声も、このオペラ歌手の独特な声とよく似ている。
「じゃあ、中西さんは自分が死ぬってことをみんなに伝える?」
「うん、伝えるよ。だけどただでさえ24時間しか時間がないんだから、
 大事な人だけに伝えるね」
「大事な人?」
ちょっと僕は違和感を感じた。
「じゃあ、中西さんには大事な人とそうじゃない人の境界線みたいなものがあるの?」
「それは難しいよね」
中西さんはいつでも笑顔だ。
僕は時々その笑顔が中西さんの防御なのではないかと感じる。
たぶん、「笑顔癖」があるんだろう。
芸術家はみな弱いのだ。
それにしても、基本の顔が笑顔だと、本当に喜ぶときはどんな表情をするのだろう。
しばしの沈黙があった。
さっきの僕の質問で、話は行き止まりに当たってしまったのだ。
「それじゃあ、中西さんにとっての死とは?」
「終わりだろうね。全ての終わり。私にとって死は怖い存在だよ。
 生きるのを諦めたときという感じもするかな。
 私は何度も生きる事をくじけそうになったし、何度も生から目を背けたくもなった。
 そうなると現実逃避だよね、毎日が」
こんな話をしていても中西さんは明るい。
僕は、複合的に「明るい」この中西兄さんが大好きだ。
時々笑顔を休むかのように表情が陰る時があるが、
そんな兄さんを見ていても何故だか心がホッとする。
とても人間らしいのだ。
兄さんのそういう所からは人間くさい感情が感じられて、
なんだか本当の人間と接していると感じられる。
「コンサートするかも」
と中西さんは突然言い出した。
「ん?」
「コンサートだよ。死ぬとわかったら、24時間以内にコンサートしてもいいかもなぁ」
「それはさっきの日常を過ごすというのとはまた全然違うね」
「うん。でも、客は妻だけでいい。1人だけのためにコンサート。
 そのときはピアノ弾いてね?」
僕は独りになって泣きたい気分になった。
果たして、僕はそんな状況でちゃんとピアノが弾けるだろうか。
死を目の前にした中西さんを前に、音と音を混じり合わせる事に集中出来るだろうか。
だけど、不思議とこんな話をしていても哀しみは覚えない。
それは中西さんの持ち前の明るさがあるからだろうか?
確かな事は分からないが、とにかく、
中西さんがもし明日死ぬと言われたら、1人の女性を強く思うという事が分かった。

環さんと中西さんに同じ『死』に関する質問をしてみて、明確な違いがあった。
環さんは死を何かの到達点だと思っているところがあった。
中西さんは死を終わりだと表現した。
村上春樹さんの小説では、「死は生の一部」と表現されていた。

僕の中で何かが繋がり始めている。
少しずつ少しずつではあるけれど、何かが繋がり始めている。
でも、今日はもう頭がショートしたので少し休む事にする。
梅雨が始まった。
かえるさんが活動する時期だ。
おはよう、かえるさん。
今年も頑張ろう。

2008.06.02

環ちゃん

IMG_0947_1.JPG
【左が中西さん、中央が環さん】

いつもどこかで僕の事を見ている少女が僕の目の前に現れた。
髪は黒すぎて光りが当たると青く反射し、腰のあたりまでまっすぐに伸びている。
少女は僕の半分くらいの背丈しかなくて、和服を着ている。
少女は僕の手を食したがっている。
いつもどこかで僕の手を食べようと狙っている。
いつもなら密かに僕の視線の届かない所から見てるのだが、
この日は何故か僕の目の前に現れた。
そして、ゆっくりと僕の右手を食べ始めた。
まったく痛みはなかった。
むしろ、ぬるぬるとした少女の口の中の感触が僕に吐き気を催させた。
気付くと、少女は僕の肘くらいまでを既に食べてしまっていた。
僕は少女の頭をなでて、更にまっすぐで硬い少女の髪の毛を手ぐしでといてやった。
右手はもうないから左手でといてやった。
少女の硬い髪の毛はゆでる前のパスタを連想させた。
黒いからイカスミだな。
「君、お腹がすいていたんだね…」と僕は少女に優しく言ってやった。
何を言っているのだ?
僕は右手を食べられてるんだ。
そんな優しい言葉をかけてどうする。
僕は全てを失ってしまったんだ。
ピアノが弾けなくなったなんて、もう死んだも同然だ。
あぁ、段々頭が混乱してきた。
ズボンの右ポケットでは携帯が鳴っている。
仕事の電話だろうか?
もう、僕には関係ない。
仕事も何も、僕には関係ない。
でも、一つだけ希望が残っていた。
これが、全て僕の見ている夢だという事だ。
さぁ、そろそろ起きよう。
目覚めるんだ。ほら、ゆっくり目を開ければ、そこには朝が待っている。
携帯の音…
携帯の音…
携帯の音…?
そうだ、夢を見ていた。
とても嫌な夢だ。
少女が僕の右手を…携帯の音。
携帯の音だ。
よし、起きよう。
こんな風に一日が始まると、ある種の勇気が沸いてくる。
もう、後がないという強さだ。
これ以上は引き下がれない。
背水の陣だ。
人生なんて俺様のメガトンパンチで粉々に砕いてやる!
ちょっとかっこよくアメリカンに決めてみた。
鏡の中の僕は、とても空虚な時間を感じているようだった。

さて、この日僕はポプラ社にてピアノを弾いた。
ディナーショー「フォルトゥーナ」。
出逢いの場だ。
お客様と僕だけではなく、僕のまわりの素敵な芸術家を引き合わせるための場だ。
これからも僕の数少ない友人をここで紹介出来ればと思っている。

今回散文を書いてくれた根崎環(ねざき かん)さん。
僕は環ちゃん環ちゃんと呼んでいる。
出逢った時は最近僕がCDを出したワーナーで働いていた。
あれは5年か6年くらい前だろうか?
環ちゃんは29歳だ。
でも、とても29歳とは思えない。
とても太っていて、最近では糖尿になってしまったらしい。
しかし、僕はそんな環ちゃんをとても「美しい」と感じる。
蜷川幸雄さんが、生まれ持ったものは芸術とは言わない、
かっこいい人が出てくるだけでかっこよく見える事ではなく、
どうしようもないような顔の人がかっこよく見える事に芸術はあると言っていた。
環ちゃんは自分の事を醜いとよく言う。
でも、僕はそんな彼の体内からあふれ出てくる芸術に、ある種の美学を感じる。
僕は、
環ちゃんの芸術は、環ちゃん自身が自らを傷つけてその傷口から溢れ出てくる様に感じる。
環ちゃんのあのふくよかなお腹にブスっと刃物を突き刺し、
そこからクジラの潮吹きのように出てくる血が芸術になっているような気がするのだ。
そういう命を削った芸術が最近少ないように感じる。
でも、環ちゃんの文字にはそういう類の悲惨さが感じられる。
内容が明るかろうが関係ない。
僕は、とにかく、彼のそういう芸術性が好きだ。
「環ちゃん、やむを得ない事情で明日死ぬってわかったらどうする?」と僕は訊いてみた。
「そうだなぁ、相方と過ごすかな。俺は最後まで日常を好むと思う」
環ちゃんの一人称は俺だったり僕だったり、色々だ。
「糖尿って言われてから、死が一気に近しい存在になったよ。
 それで焦りが出た。生きなきゃっていう焦りだよ」
そう言いながら環ちゃんはとても活き活きとしていた。
死という存在が明確になると、人は生に執着し、そしてよく生きなきゃと焦る。
それが人間の命に瑞々しさと初々しさを与えるように思えた。
「俺は弱いよ。お前の言うとおり、弱い人間だ。
 母がよく言っていた。
「人間は泣き叫びながら産まれ、苦しみながら生き、絶望して死んでいく」ってね。
 俺はね、何が怖いって、自分がまだなにも成していないのに死が近づいた事が怖い。
 俺はまだ何も出来ちゃいない。なのに死が近づいた。
 それがね、純粋に怖いんだ」
純粋に怖い。
良い言葉だ。
純粋に怖いんだ。
そうだ、人間はいつも純粋に怖がっている。
恐怖の前では人はみな純粋なんだ。
「環ちゃん、僕はね、ニートと呼ばれている若者がいる事にとても憤りを感じている。
 だって、僕だってニートと同じくらい引きこもりな所があるし、
 ニートというあだ名を付けて一括りにしたのは大人たちの都合だ。
 恐怖の前では誰でも純粋だよ。
 怖いと感じたら人は動く事が出来ない。
 そして、何が怖いって、自分が何も出来ていないという事が怖いんだよね。
 何も出来てないと思うと、死ぬのが怖い。
 死ぬって事は、つまり時間が過ぎるという事だよね。
 僕らは常に時間の経過という『死』を感じているんだ。
 だから怖いんだと思う。何か残さなきゃ、何か成さなきゃって」
目標を強くもっている者、何かやりたいと強く思う者。
信念を強く持っている者は、それだけ一歩一歩が重い。
だから、簡単に一歩を踏み出せる人からみてとても歯がゆく感じるだろう。
そして、一歩の重みに気付いてあげられない人は、彼らを非難するかもしれない。
そのおかげで世の中には第一歩を出せるタイミングを失った若者がいる。
それがニートだと思う。
条件だけ並べると僕や環ちゃんと何ら変わりはない。
僕は、ケンちゃんが神童の打ち上げで
「僕たちはずっとニートです。仕事ください」と言って笑いをとっていたのを思い出した。
「前の時代より今は仕事や人生の目標を見つけるためのレールが少ない気がする。
 ハッキリ言って、今のおじさんおばさん達が生きていた頃よりレールは少ない。
 いや、むしろ多すぎてレールがレールに見えなくなってしまっているのかもしれない。
 だからニートと呼ばれる若者が出てくるのも当たり前なんだよね」
環ちゃんはとても無邪気な笑い方をする。
たぶん、これをみて「かわいい」と表現する人は沢山いるのではないだろうか。
「だって、俺や君だってニートだもんな」
結局そこにいきつく。
そんな弱くて脆い僕らに今後何が出来るのか。
僕には今すぐ答えは出ない。
でも、最近何かが繋がり始めているのは感じる。
前にある詩人から「答えは出るものではなく、出すものなんだ」と言われた。
「環ちゃん、環ちゃんは何を芸術で語っていくの?」と僕は訊いてみた。
「俺はね、人間の脆さを肯定したいんだよ。
 弱くて脆い部分を肯定したい」
環ちゃんはとても正しい事を言う。
そうだ。
癒しではなく、肯定を必要としている時代になってきた気がする。
きっと、僕の出さなくてはいけない答えも、そこにあるような気がする。
全ては繋がっているのだ。
これからも、環ちゃんの創り出す美しい文字達に注目していきたい。

次回は中西さんとの会話を載せます。

2008.05.23

ティッシュになりたくない熊さん

「清塚さん、私はね、自分の事を商品だとは思っていませんでしたよ」
と熊さんは言って僕が出してあげた温かい日本茶をすすった。
「そりゃあね、サーカスの熊なんてショーの中で動いている以上、どっかに商品としての価値 みたいなものがあるっていうのは分かります。
 お客がいてそれを喜ばせなくてはいけない以上、そこにはどうしたって『サービス』みたい なのが発生するわけだし、その『サービス』が出来ない熊なら私はサーカス団に入って
 『選ばれた熊』のようにはなれなかったでしょう」
「だから、自分で選んだ道と言われればそうなんですが、それでも私は自分の事を商品だなん て思ったことは1度もなかったのです」
肩を落としため息をつく熊さんを見ていて僕はとても気の毒に思った。
「僕も熊さんの事を商品だなんて思っていませんよ。
 中にはそうやって思う人もいるかもしれませんが、少なくとも僕は思ってない。
 世の中には僕以外にも熊さんの事を商品だなんて思ってない人が沢山いると思いますよ。
 だから、そんなに気を落とさないで…」
とありきたりな慰めをしたのを熊さんは無視して話の続きをした。
「商品ていうのはね、薬屋さんの店頭に並んでいるティッシュペーパーみたいなのを言うんで
 すよ。
 清塚さん、清塚さんはティッシュペーパーと私達サーカスの熊さんの違いが解りますか?」
僕は少し考えた後で答えた。
「ビジネスの上ではティッシュも熊さんも同じ商品かもしれないけど、
 ティッシュは人に作られた物で店頭にも人の手によって並べられている物で、
 熊さんは自らの意志に基づいて商品となっている」
熊さんの逆鱗に触れるのが怖かったので少し恐る恐るしゃべった感じになった。
「その通り。
 ティッシュは強制的に売られているんです。
 でも、私達は私達の意志の基に誇りを持って売られようとしているのです」
熊さんはのどが渇いたのか、もう一度日本茶をすすった。
さっきと違っていささか乱暴にコップを傾けたので、ちょっとお茶がこぼれてしまった。
熊さんがお茶の入っているコップをテーブルに戻すと、熊さんの口元は少し濡れていた。
僕は熊さんにティッシュを一枚渡して口を拭くように言った。
「ありがとうございます。
 ティッシュも役にたつものですね。
 私達なんかよりずっと役にたつ」
随分悲観的になってしまっている熊さんだと僕は思った。
「熊さんとティッシュじゃ役割が違うから、比べる必要はないと思いますよ」
今度の僕の言葉は落ち着いてしゃべれた気がした。
「清塚さん、あなたは本当に一般的な意見をいいますね。
 悔しいくらい一般論ばかり言う。
 一般論は時に鋭利な刃物のように心を突き刺しますよ。
 一般論というのはまともな人の証であり、武器でもあります。
 その意味がわかりますか?」
「あぁ、とてもよく分かる。
 僕もよくその一般論の剣に突き刺されるからね。
 でも、熊さんが求めているのは一般論じゃないのかい?
 僕のとても個人的な意見を聞きにここにやってきたのかい?」
熊さんは少し考えてから、いえ、あなたの仰るとおりだ、と言った。
「個人的な意見のキャッチボールなら、サーカスの中で働いている他の動物達と話せば良いの です。
 だから、今日は一般論で話して頂きたいと思います」
「うん、わかってるよ」
「ところで、どこまで話しましたか?」
「確かね、自分は同じ商品でも、薬屋に並んでいるようなティッシュとは違って、
 自らの意志に基づいて商品化しているんだと言うところだね」
熊さんはそうそうといった様に首を縦に二度振った。
「でもね、最近はその意見に確証が得られなくなってきたのです」
「昔、若い頃はね、サーカス団に入り立ての頃です、その頃はね良かったんですよ。
 ただ自分のやっている事に誇りを持って突き進む事が出来た。
 でも、段々と仕事にも慣れてきて、人を喜ばすと言う事の専門家として一人前になればなる
 ほど、僕はただの商品なんじゃないかと思うようになってきたのです」
僕はゆっくりと頷いた。
「このテッィシュと同じ様な一商品じゃないかって、思うようになったのです」
と言って熊さんはさっき自らの口元を拭いたティッシュを丸めてゴミ箱に向かって投げた。
ティッシュはゴミ箱には入らず、ゴミ箱の外側に当たってそのまま落ちた。
僕は何も言えなかったので、熊さんの話の続きを待った。
「本当はティッシュにも意志があって、自分では作られたなんて思っていなくて、
 売られているのも自らの意志だと思い込んでいる。
 つまり、私達熊さんと全く同じなんじゃないかって思ったんです」
「それからというもの、全てが馬鹿馬鹿しく思える瞬間が発作的に来るのです。
 サーカスで働く事だけでなく、こうして誰かと話している事、ご飯を食べる事、眠る事、
 全てが下らなく感じてしまうようになったのです」
僕は相変わらず一言も言わなかった。
「ねえ、清塚さん、私は私の話をしすぎてますよね。
 傲慢な熊さんだとお思いでしょう?
 そんな事分かっているのです。
 さっきゴミ箱に向けて丸めたティッシュを投げ込んだのも失礼な事ですよね?
 分かっています。でも、そんな社会の暗黙のルールみたいなものを守る事すら…」
「下らないって言うんだろう?」
僕は思いきって熊さんの話を遮ってみた。
「ええ、そうです」
「熊さん、熊さんの気持ちは僕はとても良く理解出来ているつもりだ。
 でも、社会の人間は多かれ少なかれそういう事を抱えて生きているんだよ。
 達観するのは簡単だ。達観したら負けだ。って僕の親友は教えてくれた事がある。
 ばかばかしいものをバカにしたら同じ馬鹿同志になってしまうんだ。
 時に本当に馬鹿な人はその事を盾にしてまともな人、そう熊さんのような人に攻撃してくる
 事がある。
 でも、それに負けちゃいけない。
 僕は熊さんのサーカスでの演技にとても感銘したし、涙さえ浮かべた。
 それだけでいいじゃないか?」
「それで満足出来ないなら、それは表現者としての熊さんのただのおごりだよ。
 僕ら表現者はいつの時も、人を感動させる事が出来て成立する生き物なんだ。
 そこがティッシュとは違う。
 熊さんが本当に自分をティッシュだと思いたくないのであれば、
 1人でも多くの人を感動させたいという純粋な気持ちを思い出す事だよ」
熊さんは僕が喋っている間中、ぴくりとも動かなかった。
「はい。清塚さんに話して良かった。分かってはいたけれど、人から言って貰うのって自分で
 思い込んでいるのとは全然効果が違いますね」
「一つだけ訊いてもいいですか?」
もちろんだと僕は答えた。
「さっき同じ『表現者』だと清塚さんは言っていたけれど、
 清塚さんもサーカスの人なのですか?」
「いや違うよ。
 僕はピアニストだ。
 音を紡ぎ、そして誰かに評価して貰う事が仕事さ。
 自らの意志でね」
「そうでしたか。
 なるほど。
 私達の事が理解できるのも当然ですね。
 同じ表現者だ」
暫く沈黙が続いた。
僕は目のやり場に困ったので、ゴミ箱の方を見た。
ゴミ箱と丸められたティッシュがあった。
その二つは宿命的に結びつけられているように見えた。
「僕らもティッシュみたいな表現者になってしまったら、すぐに丸められてゴミ箱行きだね」
熊さんは初めて声を上げて笑った。
「その通りですね。
 いよいよ、私も初心に戻って頑張らなければ。
 さて、そろそろ行きます。
 これからサーカス団の朝礼があるのです。
 長々と話してしまってすみませんでした。
 日本茶も、ありがとうございます。
 とても美味しいと言えるものではございませんでしたが、温もりを感じました」
「なぁ、一つだけ訊いて良いかい?」
どうぞと熊さんは言った。
「自分の名前を書いて飛ばすと自分がスッとこの世からいなくなれる紙飛行機があったら、
 いる?」
熊さんは鼻で笑いながら僕の問いに即答した。
「要りませんよ。
 何事にもルールというものがある。
 私達熊さんの世界にだってルールはある。
 野生の熊さんにだってルールはある。
 人間達が民主主義や共産主義などと言ってルールを決めているのと同じようにね。
 そして、私の中のルールは、
 
 自らの意志によって決められる事は、必ず向上することに限る

 という事です。
 つまり、ネガティブになるために自分の意志を使わない事です。
 いつも意志によって決定される事は、先へと進むこと。
 迷うとすれば、進み方を迷うのです。進むかどうかを迷うのではないのです」
「私達生き物には死というゴールがあって、宿命的に老化というものがついてまわります。
 つまり、生きている限り何かが衰えていく一方なのです。
 最後は肉が削がれ、このフサフサの毛もまん丸の目もなくなります。
 不自然なほど真っ白な骨をさらけ出して、二度と動けないものになります。
 遅かれ早かれそうなるのです。
 後は、それをどう遅らせられるかが問題です」
熊さんは帰りの身支度をしながら喋っていた。
緑色のカエルのような色をした鞄を肩から下げた。
「もしくは、遅らせる必要もないかもしれない。
 限られた時間を、どれだけ美しく生きられるかどうか、ですね。
 だから、ルールは自らの意志では生を止めない事ともいえるかもしれません」

熊さんが帰った後で僕は熊さんと写真を撮っておけばよかったと思った。
限られた人生で確かに残るものなんてそれほど多くはないのだ。
僕も、ティッシュのような表現者にはなりたくない。
だから、少しだけ頑張ってみようと、そう思った。
あの、紙飛行機をくれたおじさんは、僕に何を伝えたかったのだろうか。
それをこれからじっくり考えたい。
でも、もう、紙飛行機は必要ない。

僕は、終わらない夜がないという事を、知っているからだ。
僕は、まだ眩しくない朝日に向かって、

   「熊さんがんばれ!」

と叫んでみたのだった。

1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 32 33 34 35 36 37 38 39 40 41 42 43