清塚信也 OFFICIAL BLOG: DIARY

DIARY

2008.05.20

12歳のぼく

その日僕はまたレッスンで叱られた。
高いレッスン費を払って通うのだが、通用しないからと言われ門前払いにされる。
「これじゃあレッスンにならない」
とため息交じりに冷たく言われ、先生は黙りこくってしまう。
そして永い沈黙が訪れる。
この沈黙は、小学校の朝礼での校長の挨拶より永い。
そして、宇宙に一つブラックホールが出来てしまうくらい重い。
その沈黙の後、僕は自主的に荷物をまとめ、先生の前から一刻も早く消えなくてはならない。
かくして、今日も僕は逃げるように先生の前から掛け出てきた。
いつまで僕は門前払い族なのだろう…。
5分で終わってもいいから、レッスン費だけは返して欲しい。
そんな事を考えながら帰りのバスに乗り、揺られ、揺られ、揺られ。
バスは駅に着き、僕はここから電車に乗り換えて帰る事になる。
バス停を降りてから駅までは歩いて30秒だ。
もう、駅のすぐ目の前にバスは到着する。
その30秒の距離の間にカフェが一軒ある。
そのカフェに入ったことはないのだが、その日は何故かとてもこのカフェが気になった。
なんともない普通のカフェなのだが、焼きたてパンの良い香りがする。
僕は暫くそのカフェに入ろうか迷った。
そして、ある視線に気付いた。
その視線は僕の方に一直線に伸びてきていて、僕の脳天を直撃し貫通していた。
僕はその視線をさっきから感じていたのだと把握する。
カフェが気になったのではなく、視線に気付いたのだ。
その一直線の視線を辿っていくと、その奥にはおじさんがいた。
薄い茶色のコートに、同じ色の紳士帽を被っていた。
おじさんは僕に優しく微笑みかけ、そして僕に手招きをした。
僕は迷わずおじさんの所に向かった。

僕がおじさんの所に到着すると、おじさんは「やあ」と右手をあげた。
「随分待っていたよ」
僕は不思議とそのおじさんがここで僕を待っていた事を知っていたような感じがした。
「でも、レッスンは5分で終わったのでそれほど待っていなかったのではないですか」
と僕が言うと、おじさんはふぁっふぁっふぁと面白い笑い方をした。
僕はカフェオレを頼んで、それを飲んだ。
おじさんはもう飲み終わってしまったカップをずっと自分の目の前に置いていた。
暫く沈黙があった後で、おじさんは茶色の鞄から真っ白な紙を出した。
そして何やらその白い紙で折り紙を始めた。
慣れた器用な手つきでおじさんは折り紙を折り、その折られている折り紙は、
みるみるうちに飛行機へと変化していった。
「はい!飛行機一丁おまちぃ」
とおじさんは僕に陽気に告げてその飛行機を手渡した。
「ありがとうございます」
と僕は良い、その飛行機を受け取った。
「紙飛行機はいいぞ。燃料も使わない。地球に優しい。
 で、人間が自分で飛ばすから、人間のエネルギーは要する。
 ダイエットにも良いし、ストレス発散にもなる。
 ほら、その飛行機に嫌な人の名前を書いて飛ばしてごらん。
 明日からその人は君の人生からいなくなるから」
僕は少し怖くなった。
「いえ、それほど憎い人はまだいません」
おじさんはそれを聞いて少し残念そうだった。
「そうか。それじゃあしょうがないな。まあ、いずれこれを使う日がくるだろうし、
 持ってってくんな。いいだろ?使わなきゃ使わないでいいんだ。
 とりあえず、持って行きなって」
かくして僕は紙飛行機を持ち帰った。
おじさんは僕に紙飛行機を強引に渡した後、急に席を立ってどこかに消えてしまった。
消えるように人波に紛れていったのではなく、本当に消えてしまったのだ。
どうやって消えたのかはよく覚えていない。
とにかく、煙のようにどこかに漂って行ってしまった。
カフェの自動ドアは開かなかったし、店員も何も反応しなかった。
もしかしたらおじさんは僕の見た幻覚なのかとも思った。
しかし、僕の手元には紙飛行機があったし、
テーブルにはおじさんが飲んだであろう空になったコーヒーカップがあった。
勘定は僕の分まで払われていた。

僕はその紙飛行機を帰って自分の部屋で何度も飛ばしてみた。
勿論誰の名前も書いていない。
しかし、白紙の紙飛行機を飛ばすと、世界のどこかで誰かがいなくなっている気がした。
何だか少し怖くなった。
僕はこの折り紙飛行機を信じている。
いや、あのおじさんを信じている。
信じるしか僕には選択肢がないように感じる。
僕は僕の名前を書いて飛ばすつもりだ。
人が消えるとき、何を感じて何を見るのか。
それが知りたいし、誰か消すなんていう下らない事よりは、ずっと面白い。
でも、まだその時じゃない。
まだその時じゃない。
きっと、消えた向こうの世界には、おじさんが門番をしている世界がある。
それは、もの凄く簡単な移動だと思う。
コンビニ行くよりはずっと楽だろう。
そろそろ夕暮れだ。
光が闇に押し出されようとしている。
しかし、それは光が闇に負けたからじゃない。
ただ、交代して世の中を見守っているだけなのだ。
明日の朝は、どんな朝だろう?
未来は「未だ来ず」と書く。
今は過去となり、未来が今となる。
それを繰り返し繰り返し僕は生きている。
十年だって十五年だって、同じ事の繰り返しの結果そこにいきつくのだ。
浜松で東海道を見つけたとき、この道が東京に繋がっているのだと思った。
遠い遠い道のりではあるけれど、この道を辿れば、東京に帰れる。
僕は人生のようだと思った。
これから僕はどうなるのだろう?
いつかはピアニストになってCD出したりコンサートが出来たりするのだろうか?
不安だ。
怖い。
でも、最後の手段で僕は消える事が出来る。
だから、大丈夫だ。
消える事はとても簡単だから。
でも、それは最後の手段だ。
飛行機は最後まで使わないでおく。

そして、25歳の誕生日に、僕はその飛行機を燃やした。
もう、僕にその飛行機は必要ないのだ。

2008.05.16

Clap Hands

僕は時々絶望的な虚無感に襲われる事がある。
大体それは忙しかった日々の直後の比較的穏やかな日常に突如訪れる。
丸でそれは最初から僕の中にいたかのように当たり前に僕の体内に居座る。
見ず知らずの赤の他人が突然部屋に入ってきて話の続きを喋りに来たかのように、
「やあ」と右手をあげて微笑みかけてくるような感覚だ。
それがやってくると、決まって僕は自分の体温を低く感じ、眼球の動きが鈍くなった。
とにかく、ぼぉっとするのだ。
すぐ隣で話しかけられても、スローモーションになったかのように首がゆっくりと相手の方を向くだけで、相手が何を言っていたかは全く理解出来ていない。
そもそも、聴覚を失っているかのように何事も聞こえてこなかった。
TVの音も、外の雑音も、隣の人の声でさえも、僕の耳には入ってこなかった。
僕はとても孤独で寂しかったのだが、その虚無感に対抗できるような元気もないので、
いつもされるがままに無抵抗だった。
しかし、そんなぼぉっとした時間でも、ストレスは徐々に溜まって行っている。
それは僕の心を少しずつ蝕んでいる癌のようだ。
あるいは、少しずつ確実にボコボコと煮えたぎっている地中のマグマのようだ。
そして、そのマグマはある時遂に噴火してしまうのである。
そしてその後にまた猛烈な虚無感と噴火した罪悪感を残して過ぎ去っていく。
虚無感と噴火した罪悪感は徐々に混じり合って一つのエネルギーになる。
「疲労」だ。
恐ろしい程の疲れが残る。
それで、運が良ければ、その時に何かしらの発見がある。
僕は、そんな風にいつもアイディアを出している。
これは産みの苦しみなのだろうか。
どちらにしても、とにかく、猛烈な疲労感が僕を襲う。
虚無感と罪悪感が混ざると、疲労になる。
こんなカクテルのレシピは知りたくもなかった。

その日僕はまた虚無感に襲われていた。
何もやる気がしないので、お風呂に入ってゆっくりと少しずつ自分を磨く事にした。
どれくらい入っていただろう?1時間、いや、もっとだ。
お風呂を上がった時には頭がクラクラしていた。
体の汚れを落とせたという意外は全て裏目に出ていた。
僕は体を拭いた後、タオルをタオル掛けに掛けた。
そして、そのタオルにしわが出来ていた事がとても気に入らなかった。
一生懸命しわを伸ばそうとする。
両手でタオルを両側から挟み込み、パンパンと叩きながらしわを伸ばす。
でも、あまり強くやるとタオル掛けが壊れそうなので、手加減が必要だった。
本当にタオル掛けが壊れるかどうかは分からなかったが、
それでも心配だったので少し手加減しながらやった。
でも、手加減すると綺麗にしわが伸びない。
苛々してきた。
嫌な世の中だ。
そんな世の中に嫌気がさした。
全てが下らないと思った。
何がタオルのしわだ。何がタオル掛けだ。
そんな下らないものはこうしてやればいいんだ、と僕はせっかくしわを伸ばしていたタオルを勢いよくタオル掛けから剥ぎ取って、床にぐちゃぐちゃにまるめて投げつけてやった。
勢いよくタオルをタオル掛けから剥ぎ取った時に、少しタオルがタオル掛けに引っかかって、タオル掛けの根本の壁に埋め込まれている部分に亀裂が出来てしまった。
僕はもう全てがどうでもよくなっていた。
気付くと涙が溢れていた。
何故だか、無性に悔しかった。
僕は普段悔しいとあまり思う人間じゃない。
競り合ったり比べたりする事が大嫌いだし、そんな事に意味が見出せない。
でも、確かにその時はもの凄く悔しかった。
何かに競り負けた時の感覚だった。
悔し涙はいつまでも続いた。
そして、ある考えが浮かんだ。

「そうだ。コンサートの時に、一度だけ僕が演奏していないのに拍手がもらえる時がある。
 出て行く時だ。
 そのコンサートの一番初め、僕がステージに出て行く時だ。
 あの時は僕はまだ演奏していないのにみんな拍手してくれる。
 無償の愛だ。いうなれば、そうだ。無償の愛だ。
 でも、それは無償の愛という意味だけではなくて、お客さん達の唯一の表現でもある。
 そうだ。あれはお客さんの『表現』だ。
 お客さんは、僕の音楽性に最後の味付けをしてくれる。
 僕の音楽性に最後のヒントを与えてくれる。あの拍手で」

と、いうことで、僕が苦労してめでたく出てきた考え。
僕はコンサートの最初の拍手でその日の音楽性を決めます。
これからそうしようと思う。
だから、緊張したような拍手だったらそのコンサートは緊張感のある神秘的なものに。
和やかで穏やかな拍手だったらアットホームで暖かいコンサートに。
はじめっから盛り上がっているような激しい拍手だったら元気よく。
僕はピアノを弾きます。
皆様は、僕が出てきた時に拍手をもってして何かを表現してみて下さい。
いえ、とてもお手数だとは思うのですが、それが僕の最後の隠し味になるのです。
みんなで、一つのコンサートを作っていきましょうよ。

2008.05.15

空をイメージ

僕が何かの気配に気付いて夜中に眠りから覚めると、枕のすぐ横に小さなかえるがいた。
かえるは小指の爪ほどの大きさで、すごく濃い緑色だ。
あるいは、夜の黒さが濃い緑色に見せているのかもしれない。
かえるは、僕に何か言いたそうに僕を一心に見つめている。
ただただじっと、見つめている。
僕が深い眠りから目覚めるくらい、僕に何か言いたそうに僕を一心に見つめている。
しばらく見つめていると、かえるは予想通り喋った。
「君は傲慢な男だ。僕の姿をかえるに見ている。僕の姿は本来見えないのに、君は僕をかえる
 として見ている。それはね、君が僕のことをかえるに見たいからだ。
 君はいつもそうやって自分の都合の良いように解釈する。
 ものの見方は人それぞれなのに、君は自分の見たい姿でしか相手を見ない」
かえるは静かに喋り終えると、またじっと僕を見つめた。
「どうしてかえるなんだろう?」と僕は訊いてみた。
「かえるは好きかい?」とかえるは僕に返してきた。
「あぁ…、かえるは割と好きだ。別に嫌いじゃない。いや、正直に言うと、好きだ」
「ほらね」
小指の爪ほどのかえるは、生意気そうに右手(右脚?)をあげてそう言った。
それからしばらく僕とかえるはじっと見つめ合った。
かえるの両目は真っ黒で、夜の漆黒よりも暗かった。
丸で宇宙から生まれた闇の宝石のようだと僕は思った。
よく見ると、両目には僕が映っていた。
かえるの両目の中の僕は、とても暗い表情をしているように見えた。
悲しそうというのではなく、疲れ果てたといったような表情だ。
それは、刻一刻と僕に迫っている『死』を予感させた。
「君は日頃から『死』についてよく考えているようだね。でも、それだって君の傲慢だ。
 死は、健康な人が意識出来る程単純なものじゃない。
 君は死を考えることで、逆に死を遠ざけたいのさ。それだけさ」
それだけ言うとかえるは僕に背を向けた。
よく見ると背中には黒い線が入っていた。
模様だろうか?
黒い線は深緑の体を右と左にしっかり区切っていて、背骨の通りに沿っていた。
何かの境界線のように見えた。
そう、あの、馬鹿馬鹿しくて忌々しい「国境」のようにも見えた。
何故かその黒い背骨線は僕をいつまでも苛立たせた。
「なぁ、悪いけど、僕に背を向けないでくれないか?」
かえるは僕のその言葉を聞くと、ゆっくりと体をこっちに向けた。
そしてまた元の位置に戻った。
その時のかえるはとても満足そうな表情をしていた気がする。
「君は認めるね?自分が死を考えている事で、いつも死を傍に置いておきたい。
 その結果、死を恐れなくてすむ。死に背くことが出来る。
 逃げたいがために、君はいつも考えるんだ。
 立ち向かっているなんて美化してはいけないよ。君はむしろ考える事で逃げているんだ」
流石に僕もムッとした。
でも、ここで感情的になるほど僕の人生は複雑じゃない。
まぁいいか、これは彼の問題だ。
こんな時はいつもそう思ってここまで生きて来た。
普通の人生だ。まったくもって『普通』の人生だ。
「つまりあれかい?
 僕は死を考える事で死を近しい存在にして、恐れないですむように逃げている。
 そういう事かい?」
「その通りだよ」
またかえるは満足そうな表情をしているように見えた。
「うん。確かにかえるくん、君の言う事は認めざるを得ないね。
 確かにそうだ。僕は結局逃げるために考えている。
 僕が考えているほど死は楽じゃないし、甘くない。
 きっと僕がそれを経験するときには、
 僕がいつも考えている事なんて何の意味もなさないだろう。
 死への恐怖と不安からは絶対に逃れられないだろうし、僕はそんなに潔い人間じゃない」
僕は最後まで感情的にならないように注意した。
その結果とても単調なアクセントばかりの日本語になってしまった。
それは何となく「死」を連想させた。
死人の言葉だ、と僕は思った。
「でも、それで何が悪い?」
僕は夜の黒さよりも重い色をしている沈黙に耐えきれなかったので、開き直ってみた。
「僕は普通の人間だ。どこも特別じゃない。
 ピアノが少しだけ弾けるけど、
 それは訓練によって成された業であって、僕の才能じゃない。
 僕は普通の人なんだ。
 だから、死を恐れてそれから逃げるのは当然じゃないか?」
かえるは初めて瞬きをした。
動揺したのか、それともただ単にこのかえるは普段からあまり瞬きをしないのか。
僕には解らなかった。
いや、それだけじゃない。
今のこの状況が理解出来なかった。
段々頭が混乱してくる。
僕がかえるから目を離すと、幼い頃によくみていた悪夢を思い出した。
何億光年と離れた場所から何かが迫ってきている夢だ。
その何かとは何だか未だに分からない。
別に僕の目の前に何かが現れる夢じゃない。
何億光年とかかる距離だと分かっているから、
僕の生きている内には、その何かが僕の所には辿り着けないと知っている。
でも、それでも怖い。
何億光年と距離が離れていても、黙々と僕を目指して歩いているという事実と、
その何かが確かに持っている『殺意』がたまらなく怖かった。
「いつかは僕の所に来るのかもしれない」と思うと、本当に涙が出る程怖かった。
幼い頃はこの夢を定期的に見てしまい、その夢を見る度にお母さんを起こしては、
「助けて、ねえ、お願い助けてよ。いつかは僕のところに来るんだよ」
と必死で訴えていた。
助けを求めていた。
「しっかりしなさいよ」
かえるが女の声で喋った。
僕はその事にびっくりして我に返った。
我に返ってかえるを見ると、かえるは笑っていた。
声には出さず、でも今度はちゃんとわかる程表情を持っていた。
右側の頬だけが引きつっていて、それはとても皮肉な笑いだった。
「ねえ、君は普通に生きる難しさって何だと思う?」
かえるは元のかえるの声に戻っていた。
もう女の声ではなかった。
「そうだな。
 僕にとっての普通で生きるという事の難しさは、それが『窮屈』だという事だ」
かえるはふむふむと言わんばかりに首を縦に二度振った。
「僕にとっての普通で生きるという事の難しさはねぇ…」
かえるは僕の口調を真似てそこまで言うと急に黙り込んでしまった。
何やら考えているらしい。
意見をまとめてから話せよな、と僕は思った。
「…うん。
 やっぱり僕も同じだ。君と同じ。
 窮屈な事が一番嫌だ。
 普通で居なきゃいけないって思うとき、僕の頭は全力で『一般論』を探す。
 そして思ってもいない言葉を羅列して、空虚になる。
 そうやって自分を抑えていると、ストレスが僕の体内で生まれる。
 ストレスはある種の『エネルギー』だ。
 それは重力を曲げて僕の体の中に『闇』を創り出す事が出来る。
 そして、その闇は僕の影となってずっと僕を追い回し続けるんだ」
よく見ると、かえるは泣いていた。
あの宇宙にぽっかりと空いた穴のような二つの目からは、
流れ星のようにキラキラとした涙が流れていた。
「君の瞳は美しいね」
僕はそう言ってやった。
かえるは何のリアクションも返さなかった。
そしてまた重い沈黙が訪れた。
今度はさっきのそれよりも遙かに重くて永かった。
永遠にも感じられた。
段々僕は意識が薄らぐかのような錯覚に襲われた。
そして、また幼いときによく見た夢を思い出してしまった。
あの夢は何だったのだろう?
いつしか見なくなってしまった。
でも、何か違和感がある。
きれいさっぱりと無くなってしまったという感じがしないのだ。
夢には出なくなったが、その「何か」は、着々と僕に近づいてきている。
それが僕にはどこかで分かっていた。
でも、恐怖のあまり目を背けていた。
目を背けていると、それは本当に無くなったかのように思えた。
いつしか、それを忘れられる機能が体に備わったのだ。
でも、今こうしている時にも、着々と「それ」は僕に近づいてきている。
そう。着々と…。
そして、ふと僕は嫌な予感に見舞われた。
いや、それは予感ではなく、『気配』だ。
「かえるくん、君はもしかして…」
僕はこのかえるがその「何か」だったのだと思った。
しかし違った。
「違うよ。僕は違う。
 でも、残念だけど、その『何か』はどうやらここに到着してしまったらしい。
 君はこれから想像を絶する恐怖を目の当たりにする事になる。
 それは死よりも恐ろしく、不安なものだ」
全身の毛穴から汗が噴き出してくる。
僕はその時になってようやく体の自由がきかない事に気付いた。
そして足掻いてみる。
自分ではもの凄い勢いで藻掻いているつもりだが、実際にはぴくりとも動いていない。
そして、
僕の全身の産毛という産毛と、神経の全てが、
今横たわっている部屋の入り口に向いている事に気付く。
眼球だけは少しだけ動かせた。
僕は眼球がそのまま裏返ってしまうのではないかという程眼球を左斜め上に動かした。
そこにはうっすらと人の足らしいものが映っていた。
形は人の足だが、服は着ていないで、毛むくじゃらだ。
ところどころ毛が抜けていて、傷跡がある。
負傷した際に毛が一緒に抜け落ちたといった感じに見えた。
それはまるで干上がった湖のようだった。
僕は恐怖のあまりに呼吸を忘れた。
呼吸の仕方がわからなくなってしまったのだ。
みるみると酸素が体内から失くなっていくのが分かった。
もう視界も霞んでいる。
天井が万華鏡のように回転している。
孤独だった。
実に孤独だった。
「これが死か」と思った。
死を理解した気がした。
すると、死に対して安らかな気持ちになった。
とたんに、死を怖がらなくなった。
僕の脳に理性が宿った。
消えそうで中々消えない最後の電灯のようだった。
チカチカと、僕の思考は消えたり灯ったりした。
すると、どこからともなくかえるの声が聞こえてきた。
さっきのかえると同じ声だ。
だからさっきのかえるだ。
でも、話している場所が違う。
今度は僕の体内から話している。
外から聞こえてくる声ではなく、体内から直接聞こえてくる電波のように感じた。
「大丈夫。君は受け止められる」
かえるは僕にそう告げていた。
何度も何度も同じトーンで、同じアクセントで。
それは丸で壊れて音が飛んで戻ってきてしまうCDのようだった。
「大丈夫。君は受け止められる」
その言葉だけが僕の頭の中を共鳴している。
僕は必死に声を出してみた。
うまく声に出来たかどうかはわからない。
でも、その声はかえるに届くと信じていた。
「どうすればいいんだ。この恐怖を受け止めるにはどうしたらいいんだ」
暫くの沈黙が続いた。
かえるは居なくなってしまったのだろうか?
僕はもう力むのをやめた。
そして、もう一度左斜め上に眼球を持って行こうとしたが、今度は上手くいかなかった。
こんな風に生を終わらせるのは不本意だったが、
僕は最後に脱力出来た事にある種の達成感を感じていた。
やっと決心が付いた。
僕は死を考えるのではなく、死の存在を認める事に専念した。
僕は死と一体になるんだ。
そう言い聞かせた。
かえるが言っていた「自分を抑えた時に体の中に出来る闇」のイメージをした。
そして、それが体の外に出て行くのではなく、体の中を次々に転移していって、
やがて僕の体内全てを食らいつくしているイメージをした。
僕は闇になるんだ。
それでいい。
それで、いいんだ…。

しばしの静寂が訪れた。
そして、気付くと体は身動きが自由に取れるようになっていた。
僕は反射的に部屋の入り口付近を見た。
そこには何もいなかった。
「空を見るんだよ。それも、純粋な青空ね」
かえるの声がした。
今度は僕の体外からの声だ。
でも、その姿は見えない。
「さっきみたいに不安や恐怖に押しつぶされそうになったときは、空を思うんだ。
 ねえ、最近青空を見た?
 最後に上を向いたのを覚えているかい?
 よく『足下に幸せはある』ていうだろ?あれは間逆だよ。
 幸せは頭上にあるんだ。
 ね、ほら、よーく見てごらんよ。全ての幸せがあの空にはあるんだよ。
 あの純粋な青空には、死の恐怖も勝てないんだ。
 忘れないで。幸せはいつも君の頭上にあることを」
僕は窓を開けて青空を見た。
いつしか朝になっていた。
純粋な青空には、いくつかの雲が浮かんでいた。
それは青空のパートナーのようだった。
あるいは、宿命的な傷跡にも見えなくもなかった。
どちらにしろ、その二つは見事なハーモニーを醸し出していた。
「かえるくん、お別れだね」
そっと呟いただけだったが、僕はそれがかえるの耳に届いている事が分かった。
「うん。お別れだ」
僕は安らかな微笑みを崩さないまま、そっと涙した。
春の緩やかな小川のような涙だった。
「かえるくん、僕らのような体内の闇が重なり合ったとき、それはどうなるんだろう?」
と僕は訊いてみた。
「闇と闇が重なったとき、そこには闇しかないよ。
 1+1の答えは必ずしも2じゃない。
 1+1の答えは時に1のままなんだ。
 ねえ君、大切なのは体内に闇を宿してしまった事じゃない。
 大切なのはそうやって物事を理解しようと足掻いて考える事じゃない。
 大切なのはね…」
そこまで言うと、僕は自分の右小指の爪の上にかえるが座っているのに気付いた。
おかえり、と僕は言った。

「大切なのはね、『感じること』なんだよ。
 考える事じゃなくて、感じること。
 影と影が重なったって何も起きやしない。
 ただ、二つの影が重なることで、よりリアルに闇を感じる事が出来る。
 それが、それこそが、生きるってことなんじゃないかな」

それだけ言うと、かえるは僕の小指の爪の上で消えてしまった。

「かえるは消えていなくなってしまったんじゃない。
 かえるは僕の体内に入っていったんだ。
 これは現実逃避じゃないよね?
 だって、僕は今安らかに青空を眺めているもの」

ゆっくりと流れていく雲。
時折風でゆれる草木。
春の訪れを告げる香りの精たち。
その全てが僕の体内にそっと入っていくような気がした。
「青空を、イメージするんだよ」
かえるの言葉が、僕の体内でずっとこだましていた。

「朝だ」

と思った。
一日の疲れを取り払ったツバメが、僕の視界を勢いよく横切った。
僕が空を飛べたら、きっと色々な事故に遭うだろう。
電柱や木にぶつかるかもしれない。
道を歩いていたら車に轢かれるかもしれない。
でも、命ある限り、僕は毎日空を飛ぶだろう。
光が主張し始めて闇が後退するくらいの時間帯に、そっと起き出して飛ぶ準備をする。
そして、時が来たら思いっきり飛び立つんだ。
青空を全身に感じて、風をかき集め、いつまでも、夢を抱き続け、
そして、生きていくのだ。

僕の体の中の闇は無くならない。
しかし、僕を照らす光も、また無くならないのだ。

2008.05.09

続続、身になった時間

「つまりね、現代の音楽家は、社会に対して全然影響力を持ってないという事なんだ。
 ルネッサンスの頃から、バロック→古典→ロマン→印象、後期ロマン→近代、現代、、、
 と、人類の歴史と音楽とは、いつも一緒に歩みを続けてきた。
 さっきのはクラシックの歴史だけど、
 それ以外にもにジャズやらシャンソンやらロックやらの違うジャンルの歴史もある。
 とにかく、人類はいつの日も音楽と共にあった。
 その中で、音楽家はいつも音楽を通して社会に大きな影響を与えていたんだ。
 ロシアのショスタコーヴィチなんかは、当時のスターリン率いる独裁社会に対して、
 とても批判的な内容の曲を作った。
 その頃のロシアはとても厳しい独裁国家だったし、言葉での抵抗は多くの危険を伴う。
 だからこそ彼は『音楽』をもって抵抗した。
 軍の活気づくような曲を書かなきゃいけない時に、およそ活気づくような感じのしない曲
 を書いてみたり、社会に対して皮肉な内容の風刺的作品を沢山残したんだ。
 ささやかな抵抗かもしれないけど、その時代のロシアには、
 少なくともスターリン自身には、大きな影響があったんだ。
 影響というのは、ダメージとも言えるかもしれない。
 実際に、スターリンはショスタコーヴィチの音楽を聴いて憤怒したり、警告したりした。
 それって、凄い事だと思わない?
 今の日本で、僕が『自衛隊派遣反対』という内容の曲を作っても、
 誰もダメージ受けないでしょ?
 福田総理がそんな曲聴いても蚊を叩き落とすようなくらいにしか思わないんじゃないか。
 というか、福田総理の耳に届く事自体凄い事だよね。
 つまり、スターリンの時代は、音楽がもっと重要な役割だったんだ。
 ショスタコーヴィチのスターリンへの影響以外にも、
 音楽に力があったという話は沢山ある。
 ストラビンスキーの春の祭典は、初演の時パリで大混乱になって社会的な事件になった。
 モーツァルトやベートーヴェンだって、社会のシステムに対して多大な影響を与えた。
 まず、政治家やその他の社会を動かすためにいる重要な人々が、
 音楽をとても重要に受け止めていたんだ。
 音楽に影響を受けていたから、一国の独裁者といえども音楽家に色んな事を求めた。
 求めたし、音楽家の表現によって傷つきさえした。
 それくらい重要な役割を担っていた音楽家は、
 いつもとても大きなプレッシャーを感じていたと思う。
 だけど、そのプレッシャーこそが、彼らを突き動かす活力になっていたとも思うんだ。
 今はさ、音楽って社会のストレスのはけ口なんだよ。
 音楽に『癒し』を求めているけど、『意見』は求めていないんだ。
 勿論、昔から音楽にはそういった一面もあったよ。
 だけど、それだけじゃなかった。
 音楽家は、哲学者や文学者、政治家や軍人とも渡り合える『一般属性』の人種だった。
 階級がしっかりしていた時代でも、音楽家だけは一般人と貴族の間を行き来できた。
 だから、影響力があったんだ。
 僕は、もう少し現代における音楽家が影響力のある立場にならなきゃいけないと思う。
 そのために、僕らはもっと頑張らなきゃね。
 だから、今日のように君たちと話せる機会は、とても重要だと思う。
 もし君らの誰かが政治家になったら、僕の意見で傷ついたりしてね」

と、いつしか辺りは暗くなっていた。
でも、喋っていてやっとハッキリしたところもある。
僕は、音楽によって何を変えたいのか。
いや、別に社会を変えるために音楽をやっているんじゃない。
でも、影響力がある音楽を作りたい。そんな力のある音楽家にはなりたい。
何故かというと、僕の音楽が、
みんなの(少なくとも僕の音楽を支持してくれる人の)象徴でありたいからだ。
音楽に感動したり影響を受けたりする時の人間の感情は、とても素直だと思う。
勿論、感情論で世の中を変える決断をして欲しいわけではない。
でも、政治家を初めとする社会を担っている重要な人々の考えに、

   人への愛や、人を思いやる優しさ、といったようなものが入っていて欲しい。

と、思っている。
その気持ちは、音楽を鑑賞する時と同じように、自然なものであってほしい。
音楽家は高級なパーティで高級なCDコンポ&ステレオの役目を果たす。
政治やビジネスの話に参加する事はないし、その時はどんなに美しい音も邪魔だ。
パーティを華やかにするための道具だし、歯車だし、材料だ。
それでいい。
それ以上の存在にはならなくていい。
でも、音楽家は発言ではなく、表現によってモノを語っている。
それだけは忘れないで欲しいと思う。

そうだ。
僕らは議論や討議をもってして表現するものではない。
音楽で語るのが音楽家だ。
僕が彼らと話したくなかったのも、それが一つの要因かもしれない。
僕はよく喋る音楽家だけれど、
肝心な事は音で伝えていくという大切な事は忘れないで生きていこうと思う。

さぁ、大阪で大胆かつ非芸術的な経費削減を行っている橋下知事の胡錦濤中国国家主席への
「おつくろぎ下さい」というコメントを皮肉った曲でも書こうか。
今、大阪の芸術家は本当に大変な思いをしているのですよ。
もちろん、冗談ですが。

2008.05.08

続、身になった時間

その後、彼らに僕の話を訊かれた。
きっと、僕が彼らとの話を楽しみにしている以上に、彼らは僕の話に興味があるのではないか。
芸能界、レコーディング、コンサート、クラシック音楽etc...
でも、僕は何一つ話す気にならなかった。
どうしてか、ここで僕の話をする価値が見出せなかった。
それは、僕の音楽家としての話が、
彼らと話した「世の中の歯車」の話と、同じ土俵に上がっていない気がしたからだ。
同じ次元での話じゃない気がしたから、ここで話すべきではないと判断せざる終えなかった。
でも、そんなのフェアーじゃない。
だから、僕は「ここで話す気がしない。同じ土俵じゃない気がするんだ」と正直に語った。
彼らは当然困惑した。
医学生なんて、本当に困惑を絵に描いたような表情をしていた。
「僕は、音楽を愛しているし、誇りももっている。
でも、今の音楽に君らと張り合える力があるかと言われると、
今は正直自信がないんだ。だから、ここで僕の悩みや不安は言いたくない。」

音楽界にだってシステムはある。
クラシック界のシステムは、今の時代について行けていなかった。
最近は危機感を持つ専門家が増えてきたので大分変わってきた気もする。
しかし、音楽界のシステムをどうこうと言うくらいなら、僕が出来る事を探していた方が合理的だ。
システムを変えるというより、1人1人の意識を変えるという事が先決だと僕は思う。
勿論、経済学の専門家から言えば、
その1人1人をを変えるという所を計算するところまでが「システム」というところだろう。
まぁしかし、それは向こうの専門家の言う事だ。
僕ら音楽家は、音楽家としての生き方があって、
そこには1人1人アイデンティティーがある。
その1人1人の「意識」というものが変わる事で色んな事が変わってくると思う。
しかし、そこには落とし穴も勿論存在する。
気軽に楽しんでいただくために、簡単な曲ばかりを集めたコンサートをする。
それは、レベルを落とすという事とは根本的に違う。
しかし、それを取り違えたコンサートも世の中には多々存在する。
先日渡辺俊幸さんとお食事させていただいた時に渡辺さんが仰っていた。
「音楽は食事と一緒で、お金の問題を抜きにすれば、誰もが『一番』を手に入れたい。
『今日は2番目に美味しいステーキを食べに行こう』とは誰も言わない」
その通りだ。
だから、結局掃いて捨てるほどいる音大卒業生の中からほんの数人にしか仕事はこない。
それは音楽という分野の宿命であり、音大に入った時点でそれを「覚悟」した事になる。
でも、勿論沢山の人が活躍して欲しいとも僕は思う。
だから、人材の必要になる音楽の仕事を考えるのも僕の仕事だと思っている。
でも、どちらにしても、そこに確かな実力は必要だ。
それを言うと、またジレンマだ…。

しかし、音楽界、いや、その他の世界どこでもそうだろうが、
音楽界にはそんなシステム以外の問題だってある。
それは「時代」や「世代」といった難しい問題だ。
音楽というのは価値観を基盤とする美学だ。
美学という言葉の意味の裏には、いつでも価値観というものが存在する。
そして、その価値観というのは、時代や世代で大きく変わってくるものだ。
それについて行けないと、音楽というのはシーラカンス(生きた化石)になってしまう。
でも、人間には誇りや譲れない意見というものが存在する。
それは歳を重ねるごとに確かなものになっていくし、又、それは頑固なものになっていく。
僕も、アドバイスを幾度となく受けた事がある。

「出る釘は打たれる。でも、出過ぎた釘は打たれない。そこを目指しなさい」

「業界で認められるより前にメディアに出過ぎると潰されるという話だよ」

「上を目指せ。上を目指すために嫌な事をやれ。時には人道的じゃない事もあるだろう。
でも、上にいくべき人はそんな試練を受けなくちゃいけないんだ」

その他も、沢山ある。
でも、それら全ての言葉は僕の耳を空虚に通り過ぎる空気と一緒で、
それは僕にとって五月のそよ風よりも意味のないものだった。
もちろん、言ってくれる気持ちは嬉しい。
でも、僕はそんなに上にいくべき人間だと自分を思えない。
僕は自分に才能があると感じてないし、人の上に立つなんてよくわからない。
だから、僕の意見を通り越して、上だ上だと言われてもという感じだった。

話を戻そう。
僕は、とにかく、フェアーじゃないと思ったので、そんな話をした。
そして、これは僕らにとってとても真剣で深刻な問題だが、
君らと話す気にはどうしてもならない、という事も説明した。
だから、話し合うのは嫌だ。
でも、僕がどうして「同じ土俵にいる気がしないから話したくない」と思うのかを論議するのは有りだね、と僕は言った。

「でもさ、患者は医者に用があるときしか会いにこないし、その時しか必要じゃない。
でも、清塚君のような音楽家はいつでも必要だよ。マイナスを0に戻すだけではなくて、
0をプラスに出来る力を音楽家は持ってると思う。それってすごく格好いいよ」

僕はとても嬉しかった。
医学を司る人を尊敬しているし、
彼はまさに、そう、彼こそまさに医学の「上」に立つべき人間だと思っているので、
その彼から言ってもらえたのは嬉しかった。
でも、まだ何か引っかかっていた。
それは…

つづく

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