
【僕が噂の新入りおーちゃんです☆】
暗い廊下を一歩一歩進み、光の漏れている扉へと恐る恐る手を伸ばす。
僕とおーちゃんとの思い出が走馬燈のように蘇る。
あいつが赤ちゃんの頃からずっと一緒だった。
まだ毛も短くて、足も短足で、寂しがり屋でいつも一緒にいないとすぐ鳴き始めるやつ。
でも、僕の唯一の理解者であり、親友だった。
「生きていてくれてありがとう」
おーちゃんが帰って来たのがわかって、初めて「死」を意識した。
そう、本当は心のどこかでおーちゃんは死んでしまったと思っていたんだ。
でも、怖かった。
そんな妄想が恐ろしかったから母を追求できなかった。
でも、今、この扉の向こうにおーちゃんが…
扉を開けて、僕は絶句した。
毛は短く、短足で、一回り以上小さくて、それはおーちゃんの子供の頃だった。
僕は幻想を見ているのだろうか?
あの時のおーちゃんがここにいる。
首をかしげて僕の事を不思議そうに見ている。
「だれ?」
そんな事を言っている様に見えた。
一瞬の沈黙があって、僕は全てを悟った。
純粋無垢なその瞳からは、おーちゃんの悲しい「死」が映し出されている様だった。
僕の頭の中に、おーちゃんの最期の時が映し出された…
もう、おーちゃんに会う事は出来ない。
扉の向こうには「新しいおーちゃん」がいた。
僕の親友のおーちゃんはもういなかった。
そして、僕はその夜に真相を知る事となった。
おーちゃんは、あの「夢」がかなった2月11日に、死んでしまっていたのだ。
あれから約1年が経とうとしていた。
ようやく真相が明らかになった。
おーちゃんが何かに驚いて急に走っていってしまった事。
逃げ出した後、その日の夜に近くの林で見つかった事。
見つかった時にはもう身体はボロボロで、どうやら車にぶつかったらしいとの事。
そして、母の顔を見ると、最後の力を振り絞ってしっぽを3回だけ振った事。
その直後に力尽きた事。
…おーちゃんは最後の最後まで家族に会える希望を捨てていなかった。
どこの林かわからないところまで入ってきてしまって、それは心細かったろう。
暗い、寒い、怖い、どれだけ孤独だったろうか。
お巡りさんが見つけてくれて、愛犬の捜索願を出していた母に連絡が来たそうだ。
急いで駆けつけた。
そして、おーちゃんは母の顔を見て息を引き取った。
僕の心の中には、怒りが立ちこめていた。
いくら人生の「夢」が叶う大切な時でも、僕はおーちゃんの「死」を知りたかった。
「もし」というのは人生において全て「幻想」だから確かな事は分からない。
でも、
僕はもしおーちゃんの「死」を知っていたとしても、絶対にコンサートを成功させれた。
いや、知っていた方が勇気が出たと思う。
しかし、僕は母の気持ちも理解した。
親と子というのは、そういうものだろう。
姉も母もおーちゃんをよく知っていた母の友人も、皆おーちゃんの「死」を知っていた。
知らなかったのは僕だけだ。
でも、それは、皆からの愛だという事を理解した。
受け止められないくらいの怒りが立ちこめていたけれど、
おーちゃんの最期の勇気や、おーちゃんとの美しい思い出を台無しにしたくないから、
自分の怒りではなく、人の愛を優先させる事が出来た。
何かを守るという事は、何と強い事だろう。
僕は涙一つ見せなかった。
悲しい顔すら見せたくなかった。
皆の愛に応えるために、おーちゃんとの思い出を大切にするために、
「死」という存在を知ったその時、僕は心を平穏に保った。
そして、出来るだけ明るい顔を作って、新しいおーちゃんの事をかわいがるふりをした。
小さいおーちゃんは、あまりにも軽かった。
抱きかかえると、舐めたり噛んだりして甘えてくる。
きらきらとした純粋な瞳。
ポーランドの田舎で見た星のようだった。
泣かないようにとへ理屈をならべて自分を慰めた。
でも、我慢すればするほど悲しみがこみ上げてくる。
僕は自分の部屋へとおーちゃんを抱えたまま歩いていった。
そして、小さくなったおーちゃんの事を一生懸命にみた。
「お前には先輩がいるんだぞ、いいか、ちゃんと言うこときくんだぞ、
じゃないと、先輩のおーちゃんが怒るからな…」
僕がしゃべると、小さいおーちゃんは不思議そうな顔をして首をかしげた。
「くーん」
と小さい声を出した。
…僕の目からは知らぬうちに涙が溢れていた。
そして、力一杯、新しいおーちゃんの事を抱きしめた。
泣いても泣いても、おーちゃんの顔が思い出されて涙が溢れた。
小さいおーちゃんは僕を慰めるように涙をぺろぺろと舐めてくれた。
最期の時、おーちゃんは僕の事を心配していたかな。
明後日のコンサートを、心配していたかな。
「おい、僕がいなくてもしっかりやれよ」
そんな風に言っていたんじゃないかな。
会いたいよ、おーちゃん。
また、僕の話を聞いてくれよ。
僕は抱き抱えているおーちゃんをもう一度よく見た。
前のおーちゃんとは顔が少し違う。
こいつの方が美形だな。
そんな事を考えていると、僕は泣きながら笑っていた…。
「おかえり、おーちゃん」
そんな風に言うと、小さいおーちゃんは少し笑ったようにも見えた。
今、その「新入りのおーちゃん」は元気に暮らしています。
散歩中にピアノの音が聞こえると立ち止まる僕の家にはふさわしい犬です。
僕に似て可愛くないところもあるけれど、憎めないやつです。
犬は、僕ら人間より早く寿命を迎えます。
だから、犬を飼う以上、「死」を意識しないといけない。
犬を飼うという行為は、「生」を意識する事だと思います。
だけど、生きるという事はまた、死ぬという事でもあります。
僕らの生は仮の生。
死という存在に司られた借り物。
美しい生を手に入れたければ、死という暗黒の存在を受け止める事です。
今のおーちゃんだって、死んでしまう日が来るのを僕は認めたくない。
でも、それを受け入れる事によって、また愛が増すという事もあります。
それらは、僕ら人間にだって言える事。
死という存在を意識する事によって、1秒1秒の生を確実に愛せる。
生きている事を感謝する事が出来る。
神は死の象徴かもしれません。
生命とは、与えられるものでも奪われるものでもありません。
ただ、ひたすら、
愛するもの
なのです。
…全ての生命には「死」という儚い運命が架せられている。
その事を僕は今の時代に再認識してもらいたい。
ベートーヴェンやショパン、少し前の時代では、常に死が隣り合わせにあった。
疫病や戦争など、沢山の「生きる不安」が存在した。
だからこそ、命の尊さを感じられたのではないか。
だからこそ、生きる事の素晴らしさを感じられたのではないか。
そんな事を僕はピアノで伝えて行けたらと思います。
明日、遂にワーナーからCDが発売されます。
今回のテーマは「熱情」。
これは、僕からあなたへの、命のメッセージ。
そして、あの時おーちゃんが僕に教えてくれた、生きる勇気が込められた熱い熱情。
音楽は空間に漂う時間の流れを表すものです。
僕たちが生きているという事そのものを象徴しています。
あなたの人生の1秒1秒を愛してあげてください。
音楽には、それを認識させる力があると、僕は信じています。
あなたの勇気を遮るものは何も存在しない。
死という神があなたを見守っています。
死は、生に命を与えてくれる温かい存在です。
39歳で亡くなったショパンからしてみれば、
僕の歳25はもうとっくに折り返しを過ぎている。
僕がいつまで生きるかは分からないですが、
僕は最期の時まで一生懸命生きようと思います。
最期まで頑張ったおーちゃんのためにも。
ずっと不幸な運命と闘い続けたベートーヴェンのためにも。
早くして亡くなってしまったショパンのためにも。
生きていると言うこと、それだけで素晴らしい。
あなたが生まれたという事、それだけが美しい。
だから、1秒1秒を、慈しんで、愛してあげましょう。
それでこそ、人生です。
僕は、あなたが生きていたという事を、絶対に忘れません。
「おーちゃんへ」
おーちゃん、おーちゃんが生きていたという事を、絶対に忘れないよ。
本当に、ありがとう。
僕は今、とても幸せです。
おーちゃんは僕の中で永遠に生き続けている。
だから、見守っていてね。
ありがとう。
心から、愛してる。
いつか、僕がおーちゃんと天国で会える時、僕も最期の最期まで愛を持っていられるかな?
きっと出来るよね?
おーちゃん、沢山話したい事が、たまってるよ。
待っててね。
しんや