清塚信也 OFFICIAL BLOG: DIARY

DIARY

2007.09.23

生きるということ

所沢のコンサートで、自分でしゃべってみて改めて感じたことがあります。

「僕がショパンだったら、もう人生の半分以上は過ごしてしまっています…」
そう。
ショパンは39歳で亡くなるから、24歳の僕はもうとっくに半分は過ぎています。
僕はいつの間にか「もっと長生きする」と思って当たり前になってしまっているけど、
僕がショパンと同じ歳、もしくはそれ以下で死んでしまうことだって充分ありえる。
そう考えてみると、
子供の頃から「自分が死ぬ」という事をリアルに感じたことって無かったな。
そりゃ、いつかは死ぬって解っていても、頭で理解しているだけで、
本当にそのことで「不安」になったり、本気で悩んだりしたことはない。
ショパンの様に、「いつ死ぬかわからない」という恐怖につきまとわれていないのだ。

最近の小学生に多い意見だときいたのですが、
「死んだら生まれ変わってもう一度生きることができる」
と本気で言う子供が増えてきているそうです。
もちろん、宗教上の理由でそう言っているなら問題は別だと思うのですが、
そうでない子供が、本気で「生き返る」と思っているなら、少し問題かなと思います。

雑誌などの取材でよく質問されることがありますが、
「何故ベートーヴェンやショパンの頃、つまり、昔には凄い人が沢山いるのでしょうか?」
という質問です。
確かな事はわかりませんが、理由の一つとしてもしかしたら、
彼らには「死」が身近な存在だったのかなと思います。
常に死が隣にいることによって、
何をするのも「これが最後」だと本気でやってたのではないのでしょうか。
病気や戦争など、死が隣り合わせに存在する事によって、
人生をもてあますことがなかったのでしょう。

北野武さんがエッセイでおっしゃっていました。
「腹が痛いとき、自殺しようとするやつはいない。」
その通りだと思います。
人生がいつも何かの苦しみや不安を抱えている限り、
自分からやめようとする事は少ないと思います。
もちろん、その度合いが強すぎるとまた話は違うと思いますが、
でも、人生を必死に生きるためにこそ、「死」という不安材料が必要なのです。

僕は、果たして「死」を身近に感じているのでしょうか?

きっと感じていないと思います。
それどころか、自分が死ぬかどうか、まだリアルには感じていません。
でも、今夜、明日、いつ死ぬかなんて誰にも分からない。
生きてることには、保証がないんだ。

それでもやっぱり「死」をリアルにするのは難しいけど…
でも、今からは、人生を「いつ死んでもいいように」本気で生きてゆきたいな。
生きてることだけで、どれだけの価値があるか、
自分だけでなく、生きている人全てにそれを伝えていきたいな。

そうそう、所沢で素晴らしい演奏をしてくれた僕の親友、吉田翔平に心からありがとう!
これからも彼とは沢山演奏していくと思うので、皆様是非彼も応援してくださいね!

2007.09.21

DIARY〜東京JAZZ〜

今日は神童でご一緒した浅野和之さんと、国際フォーラムの「東京JAZZ」に行ってきました。
小曽根真さんの演奏を聴いてきましたが、大迫力な中にも繊細で美しい音が入っていて、
さすがにクラシックをお弾きになっているだけあるなぁ、と感動しました。
演奏後に楽屋にお邪魔してご挨拶をしましたが、とても親切で温かい方で、
それは演奏にもハッキリと出ていました。
人柄ってやっぱり大切ですよね〜。
「今度うちに遊びにおいで!」と気さくに言ってくれました。
是非遊びにいっきま〜す!^^

小曽根さん、ご招待頂いて本当にありがとうございました!
浅野さん、連れてってくれて本当にありがとうございました!
三谷幸喜さんの舞台、今から楽しみにしております。

さぁ、明日は所沢だ。
張り切って頑張ります!

2007.09.19

決意

一昨日ワーナーミュージックから発売になる僕のCDが出来上がりました。

クラシックという分野をはっきりと区別しているのは世界でも日本だけです。
「だけ」と言うと極端かもしれませんが、外国、特にヨーロッパでは、
「音楽」という中に全てが入っていたり、分野を分けるのもそれほどハッキリしてません。
そんな中、今日本の中でクラシックブームという流れがやってきました。
けんちゃんも大活躍の映画「神童」や、海外でも賞を獲っている「のだめカンタービレ」。
メディアで取り上げられているからこんな風にブームが起こるわけです。

でも、本当にこのままでいいのだろうか?という疑問が僕の中にはずっとあります。
ブームというのはすぐに過ぎ去ってしまうもので、「きっかけ」にしか過ぎない。
そう。
僕らは今皆さんへ「きっかけ」を掴んでもらったわけです。
しかし、僕らはそのきっかけを人気だと間違えていないでしょうか?
本当の人気とは、本当の良さを理解してもらえてやっと手に入れる事の出来るものです。
そして、本当の良さとは「神童」や「のだめ」だけでは理解出来ないものと思います。
もちろん、かなりクラシックの良さを物語っていると思いますが、
それだけで全てを知ることは出来ないでしょう。
クラシックには数え切れない程の曲数があります。
そして、ピアニスト一人の人生全てを使ってもその全曲は弾ききれません。
そのくらいの重みがある、歴史がある、そんな芸術です。
それを僕は広めていきたい。

ベートーヴェンがどれだけの苦しみを体験して、尚、人を愛していたか。
その愛の深さを表現したい。
ショパンがどれほど苦しい思いをしてピアノを弾き続けたか、生きていたか。
命の大切さを、尊さを伝えていきたい。

そんな決意を、このCDと共に作り上げました。
人の人生を感じることの出来る音楽。
宝箱を空けるかのようにわくわくと、きいてみましょう…

2007.09.16

DIARY

今日は伊藤楽器のイベントで弾いてきました。
クラッチのみんなと一緒にラフマニノフ協奏曲2番の3楽章も共演しました。
伊藤楽器が誇る6人の生徒たち。
本当に感動的でした。
一緒に作り上げるという楽しさ、そしてその感動。
言い表せませんね。
また必ず再会しましょう!^^

会場には1400人ものお客様が。
スイスで少し遠ざかっていた自分の演奏会が、また身体のなかで動き出しました。
この勢いで所沢もがんばるぞ!

2007.09.15

運命のゆくえ

ナポリの王様であり自らの父親でもあるアロンゾーが船の難破によって死んだものと思いこみ、
落胆の様子を隠せない王子ファーディナンド。

まだ物心つかない頃から無人島で暮らしていて、
父親であり元ミラノ大公であるプロスペローと、魔女の子供で醜く性格も悪いキャリバンしか
未だ見たことのない美しいミランダ。

この二人を恋におとすために、プロスペローは召使いの妖精アリエルを使います。
失意のどん底に落とされているファーディナンドをアリエルは美しい歌で癒します。
そして、その癒されたファーディナンドを一目見て、ミランダは恋におちます。

物語は1章の後半。
遂に、二人は出逢います。
まずプロスペローはアリエルを褒めます。
「この二人、一見交わしただけで恋におちた。見事だアリエル。
                     あと少しで自由にしてやるぞ。」
そしてプロスペローは、
ファーディナンドとミランダの恋心をいっそう強く確かなものにするためにも、
ファーディナンドにミランダの間をあえて邪魔します。
プロスペローは、王子の正体を知っていながらも、わざと盗賊だと疑います。
「ミランダ、気をつけろ。こいつは私たちのこの島を横取りしようとやってきた盗賊だ。
 おい!貴様!こっちへ来い!手と足を枷でつないでやる。お前の飲み水は海水で充分だ。
 お前の食料は、木の根で充分だ!!」
それを聞いて顔色を変え、思わず剣を抜くファーディナンド。
「なんだと!僕は王子だ!敵に力でねじ伏せられない限り、そんな仕打ちは断る!」
プロスペローは魔法でファーディナンドの身体を動かなくする。
「あぁ…。だめだ…。なぜだ?力が入らない。
 まるで夢の中にいるかの如く気力が萎えた…。」
一気にテンションが下がるファーディナンド。
「もういい。もういいんだ。父も友人も、皆の死はどうでもいい…。
 僕は、あの娘を鉄格子の中から日に一度だけでも見られるなら、それでいい。」
すっかり萎えてしまったファーディナンドを見ていられずミランダは言う。
「お父様、もうやめて。お願い。もう許してあげて…。私が保証人になります。
 誓って彼は悪い人ではない。だって、あんなに美しい人に悪魔が住みつける訳がない!」
必死にファーディナンドをかばうミランダ。
愛が増してゆく二人をみてプロスペローは(効果覿面だな。)と内心で笑う。
「なんだとミランダ!?父親の意見に逆らうか!?それ以上この盗賊をかばうようなら、
 強く叱りつけるぞ!わかったか!」
迫力のある父親の怒鳴り声にすくんでしまうミランダ。
「よし!お前!こっちへ来い!早く来い!盗賊め!牢屋に入っていろ!」
プロスペローは「しめしめ」と言った感じで牢屋にファーディナンドを閉じ込めます。
そして、次なる手段の準備に取りかかります。
「アリエル!おい!私の妖精よ!ここへ出てこい!自由が欲しければ、早く出てこい!
 次なる手立てを伝える。一言たがわずに聞くのだぞ。全て命令通りにきちっとやれ!」
空気の中からいつの間にか現れたアリエル。
「はい。一言違えずに。」
プロスペローは二人を見事に恋におとした。
それも、ただの恋ではなく、強く深く結ばれた恋。
アリエルの力もあって、ここまでは完璧に復讐の準備をしているプロスペロー。
次なる手段とは、いかに…。
その頃、島の別の場所では、ファーディナンドが死んだと思いこんでいるナポリ王一行に
大変な事が起きようとしていました。
もちろん、プロスペローの手の中での話ですが…

ここで第1章が終わりとなります。
完全に任務を果たさなければ許さないプロスペローからは、
軍隊の司令官のようなストイックささえ感じられます。
アリエルには「自由にしてやる」という言葉を巧みに使い、
若い二人の恋心には少し辛めのスパイスを。
本当に隙のない男です。
恋する二人を結ぶ環境に、何かの「障害」があればある程絆が深まる。
これを心理学では「ロミオとジュリエット効果」と呼びます。
周囲に反対されればされる程、二人だけ熱くなっていく。
そんな人の心理をプロスペローは冷静に巧みにコントロールしているのですね。
アリエルへの絶妙な「アメとムチ」にしても、恋心の「コントロール」にしても、
彼は正に心理学者ですね。

ああ、僕の中で曲が出来てくる。
音があふれ出てくる。
なんて幸せなんだろう。
芸術に触れるって、こんなに気持ちの良いことなんだな…
シェイクスピアさん、ありがとう。

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