人生は選択肢の連続だ。
時差ボケか、ハードなお稽古のせいか、今までの人生でも数える程しかしたことのない
「昼寝」をしてしまった。
昼寝といっても、もう18時を過ぎていたから、「夕寝」といったところか。
ただでさえあまり長く眠れる体質じゃないから、当然22時頃には目がぱっちりと覚めて、
長い夜をどう過ごすかに悩まされることとなった。
日本のニュースをネットで読んでみたり、作曲の和声進行を考えてみたり、
友人にメールしてみたり、洋服をたたんでみたり、散歩してみたり、、
そんな風に夜の時間を潰して、やっと朝を迎えられた。
皆の目覚めを祝っているかのような朝日のファンファーレ。
窓をそっとあけてみると、河の方から新鮮な空気が流れ込んできた。
闇夜が嘘のように感じ、土曜の聖なる朝が来たのだと実感する。
5感が蘇ってくると、お腹がすいてきた。
さて、何を食べようか。
湖の畔で少し早いお茶をしながら、ゆっくり考えるとしよう。
そうと決まると、なぜだか心の中が忙しくなる。
早くシャワーに入って、支度しなきゃ、せっかくの「早いお茶」が出来なくなる。
土曜なんだから、少しはゆっくりすればいいのに…。
自分に苦笑いだ。
シャワーから出て、開けっ放しにしていた窓から流れ込む朝の新鮮な空気を肌で感じ、
まずは、何を着ていこうか選択する。
>コートは、白か黒か…。 よし、今日は黒にしよう。
>お次は香水とサングラス…。 うーん、爽やかな香りにレイバンのサングラスだな。
そして、アパートから出てきて、早速迷う。
>どの道を行こうか、河沿い?中央…? よし、帰りに河沿いを歩くから今は中央だ。
>サングラスをかけようか、それとも爽やかな朝日を眩しく受け止めようか…。
今日は少し眩しくても、自然な視力で朝日を感じよう!
何とも贅沢な選択肢ばかりだ。
人生の極上のスパイス。それは素敵な選択肢だと思う。
ただ生きているのではなくて、自分が自分の意志によって「選択」するという美しさ。
「人間は考える葦である」「我、思うゆえに我あり」
両方ともその通りだと思った。
葦のように、風が吹いただけでも死んでしまうくらい弱い生き物、人間。
でも、考えることで強く生き抜く事が出来る。
ただ生まれただけじゃなくて、自分が自分だと認識する事によって、初めて生まれる人間。
プライドや意地も、必要かもしれないな。
どんなに格好悪くても、どんなに迷惑でも、自己中な人間がちょっとかわいく見えてきた。
「自分を主張できない人より、自己中くらいの方が、かわいいかもな。」
そんな事を歩きながら呟いてみる。
僕の呟いたのが「挨拶」に思えたのか、
すれ違ったおじいちゃんが、優しい笑顔を見せながら「ハロー」と言ってくれた。
おじいちゃんとおばあちゃん。
二人とも80歳近くいってるだろうか、仲良く手をつないで朝の散歩を楽しんでいる。
おじいちゃんからは、すれ違ったとき柑橘系の甘酸っぱいコロンの香りがした。
ジョンレノンのようなサングラスをかけて紳士帽を深くかぶって、格好いいおじいちゃん。
僕もあんなおじいちゃんになりたいなぁ。
…と、先方を見てみると、朝市が開かれている。
まだ朝なのに、すごい人だ。
これが東京なら、間違いなく人混みはさける。
でも、、、ここでなら何のストレスにもならない。
よし、おもいきってあの人混みに飛び込むぞ!
朝市には様々な品物があった。
右に左に、首をくるくる回しながら、自分が毛繕いをする白鳥になった気分。
>右にはチョコレート屋、左にはチーズ屋…。 うーん、チーズかな!
珍しいチーズがたくさん並んでいた。
じっと見ていると、お店のお姉さんが一切れ食べさせてくれた。
なんてまろやかな味だろう。
朝の新鮮な空気との組み合わせは、
朝食のクロワッサンとエスプレッソの組み合わせを勝った。
「とてもいい味だ!」と言ったら、嬉しそうな顔をして次々に色々な味を試させてくれた。
結局7枚もただで食べさせてくれた。
>しばらくこの味を口に含んでおこうか、それともお茶しにいこうか…。
僕は、結局お茶するのをやめて、湖の白鳥をしばらく眺めていることにした。
口の中にはチーズの香りがいっぱい。
7種類食べたチーズの、どの味をフォーカスしようかを考えてるだけで幸せになった。
湖の静かな風を感じながら、目を瞑ってその音を感じてみる。
そういえば、神童のワオも、こんな事してたっけ。
風が体中を巡っているように感じる。
ふと、さっきのおじいちゃんの事を思い出してみた。
生まれてから今までの人生、あのおじいちゃんにはどんな出来事があっただろう。
色々な苦しみ、色々な喜びがあっただろうな。
彼も、今の僕と同じく、人生の選択を幾度となくしてきたに違いない。
ベートーヴェンのように、
「死んでしまおうか」と思うほどの辛い出来事もあったかもしれない。
そして、その考えを覆す程の喜びも感じたかもしれない。
もしかしたら、もっと平凡な人生だったかな?
どちらにしても、彼は、「生きる」という選択肢をずっとしてきた。
そんな彼の人生で、一瞬だけど、ほんの一瞬だけど、僕はすれ違う事が出来た。
そして、「ハロー」と笑いかけることも出来た。
…なんだか、とても暖かい気持ちになってきた。
うん、今のこの気持ち、美しい音楽を体内に取り込んで、その温もりに浸っている時の感覚
と同じだ。
この気持ちなら、どんな悪事でも抱きしめる事が出来そう。
宮本武蔵が言っていた「水の心」とはこんな状態のことかもしれないな。
気持ちよくなって、そろそろ動き出したくなった。
そっと目を開いてみる。
目の前に広がる湖。
ゆっくりと深呼吸して、さっきより高く上がった太陽を見てみる。
眩しい。すごく眩しい。
でも、気持ちいい。
胸元でサングラスが反射している。
「そうだ。僕はいつも心の目にまでサングラスをかけてしまっているな。」
そう感じた。
どんな形の器にも適応する柔らかい水。
そんな心をいつも持っていたい。
そして、心のサングラスを胸元にかけて、美しい空気の温もりを感じながら、
自分の良心と、自分の考えに背かない、「美しい人生の選択」をしていきたい。
ピアノよりも大切なもの。
自分の命より大切なもの。
愛する人、愛する音。
人生は選択肢の連続だ。
そのどれもが、自分次第で輝く。
そこには間違った答えなんかない。
迷ったって、困ったっていい。
それが、僕らの純粋な考えであれば。
それが、僕らの生きている証拠となれば。
人間は、考えているから美しいんだ。
あなたは、考えているから、そこにいる。
少しクサすぎるぞ、僕。
これじゃあまた「ナルシスト」呼ばわりだな。
はにかむように自分を鼻で笑って、僕は勢いよく湖から歩き出した。
「さぁ、朝食は何を食べよう…?」
そう。
いつまでも僕の「選択肢」は終わらない。
>そろそろチーズも口からいなくなったし、お茶しに行こうか?それとも…?
湖を後にするとき、ふと、白鳥が、どっちに泳いで行こうか一瞬迷っているようにみえた。
「お前も、迷ってるのか」
もう一度、今度は白鳥に、はにかんでみるのだった。