真夜中のTV番組
【ちょっとぶれちゃいましたが、昨年末に笑福亭鶴瓶師匠と青木さやかさんとライブ前に撮った写真です。明けましておめでとうございます!】
僕は眠かった。
とにかく、眠かった。
でも午前3時から観たいテレビ番組があった。
だから、頑張った。
何度も深い深い眠りの谷底に落ちていきそうになったが、
いつも崖っぷちで気を確かに持った。
落ちそうになってはハッとして起きる、その繰り返しだった。
毛布の温かさやテレビ画面の青白い光、
冬の空気の冷たさや夜の暗さまで、
全てが僕の眠りを誘うかのようだった。
0時くらいに急な睡魔に襲われて以来、
ずっとこの拷問のような時が流れている。
僕は本当にこれまで苦労してその番組が観たいのだろうか?
そんな自問自答を繰り返し、
それでも、もう2時間以上この過酷な状況と闘い続けている流れで、
もう眠ってしまおう、という決断を下す事が出来なかった。
携帯のバイブが鳴った。
いつしか僕は眠ってしまっていたらしい。
ここまで眠気と闘ってきたのに、うとうととしてしまうとは僕とした事が…。
時計を見ると2時45分だ。
良かった。まだ3時までは少しある。
これで起きてみたら朝でしたというのだけは避けたい。
携帯の画面が留守番電話に繋いだ事を知らせた。
僕は急いで携帯を手に取り、通話ボタンを押した。
「もしもし」
僕が言うと、相手はすぐにしゃべり出した。
「あぁ、俺だけど、今なにしてんの?」
聞き覚えがない声だ。
「あのぅ、どなたかとお間違え…」
「今何か床に落ちた音がしたなぁ。それ、お前の大切なもんなんじゃないの?」
間違い電話だろう。
「多分…」とその男は言った。
「夢とか希望とか、そんな類だよ。お前、大変だな。
元旦からそんな大切なもん落としちゃってよ、まじで、可哀想だよお前」
「あのぅ、どなたかとお間違えじゃ…」
「でもな、わかるよ。そういう未来への希望みたいなもん持ってると、ことごとく裏切られるかんね。
お前がそういう夢とか希望とかを落としたのもわかる。正解かもしれないな。
世の中、希望じゃなくて、覚悟が必要だもんな。
じゃあ、そろそろあの番組始まるし、起きた方がいいよ。
じゃあな、今年も頑張れよ!」
電話は切れた。
ツーツーツーという虚しい音が嵐や竜巻にやられて廃墟と化した小さな村を思わせた。
僕は眠りから覚めた。
起きたら丁度観たい番組が始まったところだった。
「夢か…」
呟いてみたが、口がカラカラで声にならなかった。
でも、まあ、観たい番組には間に合った。
眠気との闘いには勝てなかったけれど、結果としては良かった。
「もし、ファウストが悪の道にそれたとしても、最終的に神の道に戻って来たのなら、
メフィストよ、お前は自分を恥じるがいい」
ゲーテはそんな事を言ってなかったかな。
催眠術にかけられたような今、僕の思考能力はゼロに近かった。
すべてがうつろでおぼろげな世界。
なんとも美しいような、哀しいような世界だ。
まるで、それはまるで、この世の中そのもののようだ。
すべては夢の如し。
放たれた矢は刻々と僕の脳天に向かっている。
いつかは僕の頭を打ち抜くであろう。
でも、そのいつかまでは、僕は夢の世界のように美しくうつろな感覚を楽しみたいと思う。
観たい番組を点けっぱなしにしたまま、僕は深い眠りに堕ちた。
とても満足な顔をして、まどろみの中へと…。
なぜか、頭の中はチャイコフスキーの悲愴の最終楽章が流れていた。