魔法を捨て、アリエルとも別れ、ただの男となったプロスペローは、
術が解け、正気を取り戻し、身動きも出来るようになった皆に、心から話しかけます。
プロスペロー:アロンゾー。
ナポリの王よ。
見るが良い、踏みにじられたミラノ大公の今の姿を。
アロンゾー:あぁ、また私は幻覚をみているのか…。
しかし、あなたは本当にここに存在する人間のようだ。
もしあなたが本当にプロスペローなら、どうして生きていられたのですか?
プロスペロー:それは、そこにいるゴンザーロという慈悲深いご老体のおかげなのです。
ゴンザーロ:あぁ、プロスペロー様。
生きておいでで…。
このゴンザーロ、涙が止まりませぬ。
こうしてまたお会いできようとは、夢にも思いませんでした…。
プロスペロー:あぁ、気高きあなたのお体を、またこうして抱きしめる事が出来る…。
それがどれだけ幸せなことか!
あなたは、いつまでも変わらず誠実で、慈悲深いお人柄だ。
それに比べてお前達は…
と、プロスペローはセバスチャンとアントニオの方へ歩み寄る。
プロスペロー:お前達の悪事、ここで全て暴いてもいいのだが、しかしやめておこう。
そなたらがしっかりと改心したものと信じて、もう一度チャンスをやる。
我が弟よ。極悪非道なお前は、決して許されるような男ではない。
しかし、私はお前を許そう。
そのかわり、私の国ミラノは返してもらう。
魔法がなくとも、抵抗するなら全力で取り返すからな!わかったな!!
おどおどするアントニオとセバスチャン。
どうやら二人は負けを認めたらしい…。
そして、アロンゾーが悲しそうに話し出す。
アロンゾー:あなたの国はあなたに返還しましょう。
もう、私には生きる望みがないのです。
あの嵐で、私の大切な息子ファーディナンドを亡くしてしまった…。
プロスペロー:それはお悔やみ申します。
しかし、私も同じ苦しみを味わっています…。
アロンゾー:あなたも同じ目に?
それはなんと言っていいか…。
今二人とも健全に生きていて、ナポリとミラノの統一と共に王と王女になれ
ば、どれだけ私たちは幸せだったでしょう…。
あぁ、神よ、もう一度だけチャンスを下さい。
全ての過ちを悔いて、今はただ彼らの冥福を祈ることしか出来ない…。
プロスペロー:うん。
あなたのそのお心、このミラノ大公プロスペロー、しかと受け止めました。
あなたのそのお心と、ミラノ返還のお礼に、いいものをお見せしよう。
さぁ、涙をぬぐって、私についてきなさい。
奇跡にも等しいこの光景を、喜んで下さい…。
と言って、プロスペローは今いる所と隣の部屋を区切っているカーテンを開きます。
そこには、楽しくチェスをするファーディナンドとミランダがいます。
愛する者同士、輝くほどの純粋な笑顔を見せ、幸せそうにしている。
…死んだと思っていた息子、王子、ファーディナンドがそこに健在しているのです。
やがてファーディナンドも死んだと思っていた父の存在に気付きます。
驚きのあまりファーディナンドは持っているチェスの駒を落として…
ファーディナンド:父上、あのとき死んでしまったと思いこんでおりました…。
またこうしてお会いできるとは…。
アロンゾー:あぁ、これが幻想ならば、二度息子を失うことになる。
ファーディナンドよ、お前は本物なのか?
そうであれば、今私の所へ来て、抱きしめさせておくれ…。
ファーディナンド:父上、本当に良かった。
これほどの幸せを今まで感じたことはないです…。
さ、ミランダ、父上にご挨拶しておくれ。
こちらはミラノ大公の娘で、私の妻となる女性です。
アロンゾー:そうか、しかし、奇妙だろうな…。
父である私が、娘に許しを請わなくてはいけないのだから…。
プロスペロー:いや、ナポリの王よ。
お互いの思い出に過ぎ去った悲しみを背負わせるのはもうよそう。
これからは、彼らの時代だ。
さぁ、皆で語らい合いましょう。
あぁ、そうだ、もう一つ忘れていた。
王の仲間で、半端者だからお忘れかもしれませぬが、
まだここに集まっていない人がおいででしょう?
キャリバン、ステファノーとトリンキュローがここでけばけばしい盗んだ衣装を着て登場。
セバスチャン:はっはっは!
なんだお前らのその格好は!
なぁアントニオ、あの生き物は一体なんだ?
アントニオ:あれはどうみても腐った魚だ!
珍しいな!見たこともない魚だ!腐ってるのに生きている!
これは間違いなく街で高く売れるぞ!
キャリバン:あぁ、やっぱりあなたがご主人様ですプロスペロー様。
もう、悪いことはしないで言うことをちゃんと聞きますから、
どうか、お命だけは…。
プロスペロー:わかったなら、さっさと薪を運べ!
お前の仲間達も連れてな!
全てが終わったプロスペロー。
彼は、お別れしたアリエルに話しかけます。
「アリエル、本当はそこにいるのだろう?
もう私にはお前の姿が見えないが、解っている。
お前のことだから、そこにいるのだろう?
最後に命令ではなく、大切な友人として、頼みを聞いておくれ。
私たちがミラノへ帰る時に、嵐に遭わず、平穏な海を航海できるようにしてくれ。
よろしく頼むぞ…。私のかわいいアリエル…。元気でな…。」
そう言って皆を広間へと案内した後、独りで椅子に座ってプロスペローは独白する。
「魔法も捨て、アリエルとも別れ、復讐も終わり、憎いものは全て許した。
もう、私には微々たる力しか残されていない。
そんな老いぼれの私をここに残そうと、ミラノへ返そうと、それは皆次第だ。
もう抵抗など出来る余力はない。
しかし、私はもういつでも死ぬことが出来る。
何も悔いることは残っていません。
最期になって、人間というのは祈ることによって、希望を持つことによって、
人を許す事が出来るようになる、と言うことを学びました。
今、私はアリエルのように自由です。
憎み、恨みといった呪いから解かれて、自由を手に入れました。
そう、全ては、死という目標に向かっていた…。
こうして、私は安らかに、死ぬことが、できる… 」
劇の最期は、彼が死んだとも、ただ長かった復讐劇を振り返っただけともとれる、
意味深な、深いため息で締めくくられます。
しかし、どちらにしても、プロスペローの中にはもう平和と安堵があるのです。
ミランダとファーディナンドに未来を託し、安らかな気持ちになったのです。
この頃、シェイクスピアは、段々と歳をとってきて「新しい劇」に自分の芸術感が合わず、
現代の芸術のあり方に違和感と疑問を感じ始めていました。
そう、プロスペローの「魔法の杖を折って、書物は全て海に沈めよう」というのは、
シェイクスピア自身の、「ペンを置き、本を書かないようにしよう」という引退宣言でも
あるのです。
この「テンペスト」を境に、彼はもう自分だけのオリジナル作品を書かなくなります。
そんな、芸術家としての儚い誇りが、この物語を生んだのでしょう。
僕は、日頃からピアノの訓練をしています。
幼い頃から沢山してきて、中学の頃は12時間練習していました。
1曲に1年もの時間を費やすことだって多々あったし、命を削って1曲に集中してました。
でも、いざ迎える本番なんて、何分かで終わってしまう。
あっという間です。
何を考えていいやら、あまりにあっけなく終わってしまうから、寂しささえ感じられます。
でも、それくらい本気で準備するから、一回勝負の本番を楽しむ事が出来る。
感じることが出来る。
思い出として残すことが出来る。
いざ「一度きり」という舞台に立たされると、相当な準備がない限り、大体失敗に終わる。
人間なんて、そういうものです。
僕は、僕の練習が「コンサート」のためにあるように、
生きていること自体が、「死ぬとき」のためにあるような気がします。
「どうして頑張って生きなきゃいけないのか?」
その答えが、このテンペストにあったのではないでしょうか。
「やっと死ねる」
プロスペローが言い放った言葉に、深い感動を覚えました。
どれだけ苦しいことでも、もう生きていたくないと思うほど苦しい事でも、
それは、「よく死ぬ」ために乗り切らなくてはいけないのです。
そうでないと、いざ死んでしまうと言うときに、何を考えて良いかも解らないほど、
パニックになってしまうでしょう。
最期の最期、僕たちには人生の成果を見せる「死」という舞台があるのです。
その時のために、今から妥協なく、よく生きてゆきたいなと思います。
今思えば、プロスペローが使ったどの魔法より、最後の「心からの言葉」の効力が強かった
ように思えます。
遙かなる復讐劇の答え、それは、、、
「許す」 ということと 「よく死ぬ」
ということでした。
プロスペローが、安らかに最期の息を引き取る時、そこには「幸せ」が存在します。
きっと、自由になったはずのアリエルが彼の魂を天国へと運んでいったに違いありません。
二人仲良く、今度は友人として、生きてゆくことでしょう。
僕たちの心の中に、いつも二人は存在しています。
あなたが本当に運命の重さに耐えきれなくなってしまったとき、
自分の中にいる2人に話しかけてみてください。
きっと、「許す」という美しさと、「死」という目標を掲げてくれるでしょう。
「偉い人間にならなくてもいい、善い人間になりなさい。」
僕の中のプロスペローは、いつもこう僕に語りかけてくれます…