ダイアリー
「僕の勤めている会社は外資系なんだ」と突然その男は言った。
イタリアかどこかのぴったりとした高級スーツを着こなし、
香水の匂いを辺り一面に漂わせながら、男はパソコンで仕事をしているらしかった。
僕が男の隣りの席で雑誌を読んでいると、突然男は言葉を発したのだった。
「僕の勤めている会社は外資系なんだ」
カタカタカタとパソコンのキーを叩く音を響かせ続けながら、男は決して画面からは視線を外さない。
最初僕に話しかけているのかどうか分からなくて、僕は周囲をキョロキョロと見廻してみたが、
結局誰に話しかけているのか分からなかった。
「外資系はね、能力だけでなく、センスや人柄も評価の対象になるんだよ」
僕らは今、新千歳空港発、羽田空港行きの飛行機に乗っている。
中央の座席は3つ続き、両端は2つ続きになっているが、僕らは中央の3つ続きの席に座っていた。
僕が真ん中、外資系の男は僕の左隣りだった。
「君の読んでいるその雑誌、会員制の割と専門的な経済誌だよね」
男は相変わらずパソコンの画面から視線を外さない。
「君も会社勤め?君も外資系?」
僕は直感的にこの男とは仲良くなれないと感じていたので、あまり話す気にはならなかった。
「いえ、会社勤めではありませんし、雑誌は友人から貰ったもので暇つぶしに読んでいるのですよ」
と、ここで突然僕の右隣りの女の子が泣き始めた。
お母さんが抱いている3歳くらいの女の子だが、突然何かがプッツンしたかのように大声で泣き始めた。
僕は子供の泣く声が好きだ。
コンサート中に泣かれて困る事もあるが、僕はそれでもまだ微笑みたくなってしまう。
子供の泣き声は未来を呼ぶ声だと感じる事があって、その子の未来がとても愛おしいものに感じられる。
僕は大泣きを始めた右隣りの女の子に変な顔をして笑いかけようとした。
「あのね、うるさいですよ。ここはね、飛行機。ヒコウキ。分かりますか?
子供のしつけは親のやることでしょ。さぁ、ここまで言えばわかりますね」
男は初めて画面から視線を外してこちらをのぞき込んでいた。
頬がテカテカしていて、そのテカリにパソコンの青白い画面が反射していた。
「ねえ、君もうるさいと思ったらちゃんと言って良いんだよ」
右隣りの相変わらず泣きやまない子供を抱いた母親は「ごめんなさいごめんなさい」と謝っている。
「いえ、僕は大丈夫です。子供も好きですし、子供の泣き声も結構嫌いじゃないです。
それより、外資系のお兄さん、あなたのパソコンのキーを叩く音の方が僕はイヤです」
と僕がハッキリとした声で言うと、男は神経質そうに右の頬だけをぴくぴくと動かしていた。
それと同時に女の子は泣きやんだ。
それにしても「結構嫌いじゃない」とは我ながら変な言葉だ。
結局、飛行機が着陸するまで女の子は一度も泣かなかったが、
着陸してからスポットに飛行機が到着するまでの間、また雄叫びのような大声を上げて泣き始めた。
CAのお姉さんまで心配になってしまうくらい酷く泣いていた。
その子のお母さんも含め、そこにいる全ての人々が「どうしてここまで大泣きするのか」が分からなかった。
いくら子供とはいえこれは少し泣きすぎだ。
心配になってしまうくらい泣きすぎだ。
やがて飛行機はスポットに到着し、僕らの座っているすぐ左隣りの扉が大がかりに開いた。
そして、開いた瞬間、女の子は僕の方をぷいと素早く向いて、
「ばいばい」
と言った。
それっきり、女の子は泣かなかった。
もし、あの女の子が僕とのお別れを惜しんで泣いてくれていたのだとしたら、
なんだかちょっと心温まる話じゃないか。







